その夜、ルナは、また夢を見た。 入り口からすぐの大広場は、めずらしく、たくさんの動物でごったがえしていた。 ずいぶんなひとごみに紛れ込んでしまったので、観覧車を目印に、ルナはまっすぐ進んだ。どうしてこんなに人が集まっているのか、不思議に思ったが、しばらく進んで分かった。派手な音楽が聞こえてきたからだ。 大きな野外劇場で、ミュージカルが行われているのだ。みんな、それを観に集まっているのか。 「あっ!」 人にもまれ、ルナは転んだ。 「いたた……」 起き上がると、目線の先に、おかしなものを見つけた。 それは、観劇のための特等席なのか――おおきなくまのぬいぐるみが、王座ともいえるべき椅子に座って、ゆうぜんとワインを傾けている。 周りには、着飾ったキツネや、サル、フラミンゴ、孔雀――、とても華やかな動物の着ぐるみたちが、王様くまを囲み、優雅に談笑している。 その王様くまの隣に、鳥かごが置いてあるのだ。 中には、小さな子ぐまがいた。 こぐまはだるそうに、眼を閉じてしまっている。 鳥かごの周りには、おいしそうなお菓子や、あふれんばかりのおもちゃが並べられている。こぐまはそれらに見向きもしない。 「お薬を」 真っ黒な老ヤギが、うやうやしく、瓶から透明な薬を、スプーンでひとさじすくい、こぐまに飲ませる。 こぐまはわずかに口を開けてそれを飲み、またかなしげに眼を閉じた。 ルナは思わず叫んだ。 「どうしてこんな鳥かごに入れてるの!? かわいそうじゃない!!」 王様ぐまは驚いてルナを見たが、鷹揚に微笑んだ。 「危ないからだよ」 王様ぐまは、「私は跡取り息子が大切なのでね」といい、「お嬢さんもワインをどうかね」と勧めてきたのだが、ルナは断った。 こんなところにいてはだめだ。 このままでは、こぐまの病気は治らない。 ルナは、こぐまの入った鳥かごを持ち上げた。そのまま、走り出す。 「な、何をするんだ! 私の息子が! 跡取り息子が!!」 「つかまえてくれ!!」 ルナは、人ごみの中を走った。 「だれかそのうさぎを捕まえろ! ピンクのやつだ!!」 ルナは懸命に走った。大きな手が、追ってくる。おおきなくまの大きな手が、ルナと鳥かごを捕まえた。 「さあ、わたしの息子を返せ!!」 「むきゃっ!!」 ルナは悲鳴を上げて飛び起きた。このあいだ見た夢と、そっくり同じである。 アズラエルも飛び起きて、つぶやいた。 「ルゥ? またおかしな夢か?」 「う、うん……」 「だいじょうぶか?」 「うん……」 ルナは、同じ夢を二度も見たことがないので、不思議な思いで、クローゼットを見つめた。ZOOカードは、ピカリとも光らない。 (うさこ?) パーティーから、二日ほどたった日のことである。 ピエトはネイシャと一緒に学校から帰ってき、手を洗って、今日のおやつである、ルナの手作り蒸しパンに手を伸ばそうとしたときだった。 インターフォンが鳴ったので、ルナは、ココアを溶かす手を止めて、玄関に走った。 「ピエト、あとミルクいれるだけね」 「うん」 牛乳パックをピエトに手渡し、ルナは「はいはーいっ!」と叫びながら、広い廊下とリビングを走った。 玄関ドアを開けて、そこにいたのは、ルナの友人でも、郵便配達人でもなかった。 「ごきげんよう」 おすまし顔で、スカートをつまんでご挨拶する子どもは、このあいだのパーティーで、ピエトを独り占めしたくてがんばっていたご令嬢だった。 「フローレンス・K・スカルトンといいます。ピエトくんは、いらっしゃいますか?」 「い、いらっしゃいます……」 「失礼して、よろしいかしら」 ダイニングキッチンに姿を現したフローレンスを見て、ピエトが「げっ」という顔をした。ほんとうに「げっ!」と言ったかもしれない。そして、「なんで入れたんだよ!」と半ば責めるような目でルナを見つめたが、ルナとしては、追い返す理由もなかったし、できなかった。 「ピエト!」 フローレンスは、遠慮なくピエトに抱き付いた。 そのとたん、こわばったネイシャの顔。 「遊びに来ちゃった!」 フローレンスは、無邪気に言った。 「どうやって俺の家を知ったんだよ!」 「パパは、宇宙船の株主ですもの。そのくらい、すぐわかるわ」 ピエトはしかめっ面をかくさないのだが、フローレンスは上機嫌だった。よほどピエトが気に入ったらしい。 ルナは、とりあえずフローレンスの分もココアをつくり、蒸しパンを皿に取りわけて出したが――。 「あたし、そういうの、いただかないの」 「へ?」 ルナは思わず間抜けな声を上げた。 「ピエト、行きましょ。美味しいケーキ食べさせてあげる」 フローレンスは、ピエトの手を取って玄関に向かおうとした。だがピエトは動かなかった。 「俺、行かねえよ」 ピエトの拒絶に、フローレンスは信じられない顔をした。 「またレディに恥をかかせる気!?」 「そんなの知るか! いきなり来て、なんなんだよてめえ! 俺はケーキなんか食いたくねえし、どこもいかねえ!」 「……!」 フローレンスの頬が急激に真っ赤に染まって、ぶるぶるとちいさな肩が震えだした。 「失礼するわっ!」 泣くのを必死で我慢した彼女は、踵をかえして、足音も荒く、部屋を出ていく。 「フ、フローレンスちゃん……!」 ルナはあわてて、フローレンスの後を追ったが、ドレスを着たわりに機敏に動く彼女は、さっさと屋敷を出てしまっていた。 「ピエト! あんな言い方ないでしょ?」 ルナはピエトを叱ったが、ピエトはふて腐れて、蒸しパンを頬張った。 「俺はよくわかんねえケーキより、蒸しパンのほうがいい!」 |