その夜は当然のごとく、ピエトはおとなたちの揶揄の総攻撃を受けたわけだが、総攻撃が一過性で終わったのは、ネイシャとピエトの様子がおかしかったからだった。

ふたりが、というより、主にネイシャが。

普段から、ケンカはしても、次の日にはなかよく登校するふたりだったが、ネイシャが先に学校へ行ってしまったので、ピエトは少なからずショックを受けていた。

 

「こりゃ……マジもんか」

バーガスが顎髭を撫で、セルゲイも、「ちょっぴり、からかいすぎたかもね」と苦笑いした。

いつもの元気な「行ってきます」も言わずに出て行ったネイシャの後ろ姿を、グレンも目で追った。

 

「ネイシャも、そろそろ、そういうお年頃だよ!」

レオナが、朝食のときもずっと無口だったネイシャをおもんばかった。昨夜、野郎どもが寄ってたかって――主にバーガスが――ピエトのモテようをからかったせいもあるだろう。

「アンタが、あんなふうに言うからさ!」

レオナは、ネイシャに嫌われてしまったかもしれないと、落ち込んだ顔をしたピエトを励ますように、バーガスに肘鉄を食らわせた。

セシルは、しょげ返っているピエトをなぐさめるように、肩を撫でた。

「ピエト、ネイシャは、あんたのことを嫌いになったわけじゃないよ。だけど、ちょっぴり傷ついたのさ」

「なんで?」

セシルの言葉は、ピエトにはまだ分からなかった。

「俺は、フローレンスなんかより、ネイシャのほうがずっと好きだぜ?」

おとなたちはそれを聞いて目を丸くし、微笑んだ。

「ネイシャはあんたよりでかいし、まるで女っぽいところはないけど、それでもかい」

セシルが聞くと、ピエトは首をかしげた。

「女ぽくないからいいんじゃねえか」

「こいつは! ピエトにはまだ早いかもしれないねえ」

レオナは笑って、ピエトの頭を撫でた。

「意味分かんねえよ……」

ピエトは困り顔で、バス停までとぼとぼ、ひとりで歩いて行った。

 

「女の子の方が早熟だっていうけど、ネイシャはやっぱり、ピエトに恋してんのかい」

レオナがセシルに尋ねた。セシルは苦笑気味に、

「ずっとだよ。はじめて会ったときから、ネイシャはピエトに恋してる」

ピエトがいつ気づいてくれるか、あたしもネイシャも、待ってるんだけどね、というセシルのウィンクに、ルナは決意したのだった。

 

 

 

絨毯の上にZOOカードを置き、真月神社のお守りを置き、用意万端――「うさこよ出て来い!」と叫んだ。

すると、「ジャータカの黒ウサギ」が出て来た。

 

「あれ?」

『いちおう、わたしもうさこだけど』

黒ウサギは微笑んだ。ルナは、それはそうだと思った。

「うさこ、黒うさちゃん、ピエトの――えっと――導きの子ウサギと、勇敢なシャチちゃんのZOOカードを出して」

『いいわよ』

黒ウサギは、ちらちらと、おもちゃの家を見た。

『あそこで説明していい?』

「うん。いいよ」

 

ルナがうなずくと、黒ウサギは大はしゃぎで、おもちゃの家に飛び乗った。あちこちを見てまわり――『素敵な家!』と言いしえない感動を全身で表したあと――黒板を引きずってきた。

それから、ソファに座って、おもちゃのチョークを手にした。

それは、たしかにおもちゃで、ただのプラスチックだったはずなのだが、黒ウサギがもった途端に、ほんもののチョークになった。

「……」

ルナはもう、なにが起こっても、驚かないことにした。

 

『あ、ごめんなさい。それで、なにを聞きたいんだっけ?』

黒ウサギは、家に夢中で、ルナの言ったことをすっかり忘れたようだった。

「う、うん――えっとね――ピエトとネイシャちゃんのカードを出して」

『そうだ。そうだった』

ルナは、そういえば、ピエトのネイシャの間の赤い糸を調べるのははじめただということに気付いた。友情の太い糸があるのはしっているが、赤い糸は見たことがない。

 

黒ウサギが両手をもふっと合わせると、カードが二枚、出て来た。

「……ふたりのあいだに、赤い糸はある?」

『もちろん!』

パッと、二枚のカードの間に、赤い糸が出た。けっこうな太さだ。おまけに、紫と赤が、らせん状に渦巻いている。

「これは……」

『尊敬しあう間柄ね。ふたりの関係は、きっと生涯続くわ。友情と恋を行ったり来たり――きょうだいのような関係でもあるしね』

ルナは、なんとなく察した。

「じゃあ――ピエトとネイシャちゃんは、――結婚はしないのね?」

『ふたりは、この先、進む道が違いすぎるのよ』

黒ウサギは残念そうに言った。真っ黒もふもふの右手をさっと振ると、ネイシャのカードの絵柄が変化した。名称は「勇敢なシャチ」のまま。

 

『彼女は立派な認定傭兵になって、ブラッディ・ベリーにも負けない傭兵グループをつくるの。メフラー商社から出たザイール率いる“ナンバー9”の幹部にもなるわ』

「……すごい!」

変化したネイシャのカードにあらわれたのは、傷だらけの、かっこいい女傭兵の格好のシャチ。

これが、ネイシャの未来の姿なのだろうか。

『ネイシャは結婚するわ。幾人かと恋をしてから、最終的にはザイールの息子と』

「ええっ!」

ネイシャのカードの隣に、もう一枚カードが浮き上がった。ムキムキの、コンバットナイフを持ったヒョウ――彼が、ネイシャの結婚相手。どことなく、アズラエルに似ている――ということは、ピエトにも似ているのだ。

彼とネイシャのカードの間には、それはそれは情熱的な、真っ赤な糸が結ばれていた。

 

「じゃ、じゃあ――ピエトは?」

『ピエトはね……』

 

黒ウサギが出したカードに、ルナは仰天した。

「えええええっ!?」

腰を抜かすほか、なかった。ピエトの運命の相手にも、――それから、ピエトが進む道にも。

 

「……」

ルナは、あんまり驚いて、言葉を失った。

『びっくりしただろうけど、これは必ず、このとおりになるというのではないわ』

黒ウサギは言い含めた。

『この先、ピエトやネイシャが歩む道によっては、変化していく――運命は変わっていくのよ。かならずこの通りになるのではない』

「……」

『もちろん、ルナ、あなたが進む道も、ピエトの未来に関与してくるからね』

 



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