ピエトとネイシャは仲直りしたらしく、手をつないで帰ってきた。ルナはほっとして、「今日のおやつはシュークリームだよ!」と冷蔵庫に走った。

 バーガスがつくってくれた、カスタードたっぷりのシュークリームである。

 「いやった!」

 「手、洗ってこよ、ピエト!」

 「うん!!」

 洗面所に向かった子ども二人を、セシルとレオナといっしょに、微笑ましい目で見つめたルナは、とつぜん鳴ったインターフォンに、うさ耳をぴーん! と立たせた。

すこしばかり、イヤな予感がした。

 ドアを開けると、そこにはやはり、フローレンスがいた。

 

 「ごきげんよう」

 彼女は昨日と同じく、すまし顔であいさつした。今日は、ケーキの箱を手に提げていた。

 「お邪魔しても、よろしくて?」

 きのう、ピエトに拒絶されて、泣きながら帰ったことはすっかり忘れているようだった。

 ルナは、彼女のカードがヘビだったことを思い出した。

 

 ヘビの象意は「忍耐強さと、しつこさ」。

 

 「え、あ、ピエトは……」

 ルナがなにか言う前に、「ルナあ! 手ェ洗ったぜ、シュークリームどこ……」とピエトが出てきてしまったので、フローレンスは、「ピエト! 遊びましょう!」と屋敷に入ってきてしまった。

 

 「うちのデザート・シェフがつくったのよ。彼はL55の首相官邸でシェフをしたこともある高名な方なの。一般人の口にはいるお菓子じゃなくってよ」

 フローレンスがあけたボックスの中には、繊細なかざりつけのケーキが八つほど入っていた。

 「あたし、パションのダージリンしか飲まないの。庶民のおうちにはないってママがいってらしたから、今日はそれも持ってきたわ。淹れてくださる?」

 バッグから、紅茶缶も取りだした。セシルとレオナは苦笑いで、フローレンスを見ている。ピエトは困り顔で、ダイニングに入ってきて細かに支持するフローレンスを見ていた。ネイシャのほうが、一度波を越えたのか、自分からフローレンスに声をかけた。

 

 「ケーキと紅茶は、母ちゃんが持ってきてくれるから、ピエトの部屋で遊ぼうよ」

 「構わないわ。ピエトの部屋に入れてくれるの」

 

 ぱあっと、フローレンスの顔が明るくなった。

 あれだけ露骨に拒絶されても、ピエトが気に入ったから来たのだろう。彼女なりに、ピエトと仲良くなりたくて必死なのだ。

たしかに、ZOOカードでは災厄をもたらすといわれたけれども、悪い子ではないのだろう。

 ルナは、このところまったくつかっていないティーコジーをさがすことにした。このお嬢様は、淹れ方にもきっとこだわるかもしれない。

 

 「あたし、これとこれ。ピエトと、ネイシャさんもお好きなのを選んで。のこりは、みなさんで召し上がってくださいな」

 フローレンスは、ピエトにエスコートを求めた。ピエトがムスタファの屋敷で、ダニエルから教わっていなかったら、彼女が手を差し出した意味も分からなかっただろう。ピエトは渋々、彼女の手を取り――ネイシャまで、もう片方の手を取った。

 三人の子どもがダイニングを出て行ったのを見ていると、バーガスがそろ〜りと、大広間のほうからやってきた。

 

 「なんだいあんた、かくれてたのかい」

 レオナが呆れ声で言った。

 「だってよ、あのお嬢ちゃんが俺を見たら、ひっくりかえるかもしれねえじゃねえか」

 バーガスがこわごわ、そういうのに、セシルがプーッと噴き出した。

 「ようセシル。笑いごとじゃねえよ」

 「たしかに、今まで会ったこともないキャラクターかもしれないね」

 「あれじゃァよ、ピエトも苦労するわ」

 バーガスの苦笑い。

 ルナは、紅茶を三人分淹れ、ケーキを皿にのせて、ピエトの部屋まで運んだ。部屋に行くと、三人はクラウドからもらったボードゲームで遊んでいた。

 

 その日は、なにごともなかった。

 フローレンスは五時すぎには帰っていった。

ピエトは「なんだかつかれた」と言ったが、ネイシャは、「悪いヤツじゃないよ。たまにカチンとくるけどね」と、肩をすくめて言った。

 

 フローレンスは船内の富豪ばかりが通う学校に通っていて、放課後はピアノとバレエのレッスンが、日々交互にあるのだという。

彼女はテレビゲームにもゼラチンジャーにも興味はなく、そういったもので遊ぶ子どもを、軽蔑しているようだった。クラウドが買ったボードゲームは、どちらかというと頭をつかうゲームなので、彼女はお気に召したようだ。

 

 そしてその日も、ルナは、あの夢を見た。

 大きなクマのところから、子グマのはいった鳥かごをかっさらい、追いかけられる夢。

 ルナは大クマの周りにいる動物を、片っ端からさがしてみたが、ヘビは一匹たりともいない。

 目覚めたルナは、真っ暗な天井を見つめながら考えた。

 (この夢と、フローちゃんがもたらす災厄は、ちがうものなの?)

 災厄のことを調べてくれると言った黒ウサギから、まだ連絡はなかった。

 

 



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