宇宙船の艦長が、真砂名神社のイシュマールのもとに、相談に来た。宇宙船が動かなくなってしまったということを――。

 このあいだも来たばかりである。

 「そんなもん、わしに言われてもなあ」

 イシュマールは、機械のことはよくわからない。

 「ですが、ほかの計器に異常はないんです――この宇宙船はゆっくり進みますから、到着予定に間に合わないということはないんですが、もう三日になります」

 調べても、調べても、異常は見つからない。艦長たちは途方に暮れて、イシュマールに相談に来たのだった。

 

 「ルナを降ろせっていったからじゃないの」

 イシュマールからすこし離れたところで、ぷんすかしながら絵を描いていたミシェルは言った。

 「え?」

 「は?」

 艦長と、イシュマールが目を丸くした。

 

 「ルナを降ろせって言ったから、神様が怒ってるのよきっと!!」

 

 ミシェルがいちばん怒っていた。

 「ど、どういうことじゃ、ルナに降船命令が?」

 イシュマールも艦長も、青天の霹靂だった。

そもそも、船客をおろすかどうかは、担当役員の一存と言っていい。もめるようなことになれば、担当役員同士の話し合いになり、調査の結果、最終決議はL55の本社がくだすので、艦長はそこまで関与しない。

 艦長は、あくまで宇宙船の運行についてのみ、権限があるのだ。

 

 「ルナに降船指令が」

 イシュマールは、それは仕方ないという顔をした。

 「そりゃァ、こんな事態にもなるじゃろうなァ……」

 「これは――聞いていなかったな」

 艦長も焦り顔になった。

 「ルナだけじゃなくて、アズラエルもピエトも、セシルさんもネイシャもよ! バッカなわがまま娘のおかげで、とんでもないことになってるの!」

 ミシェルは絵筆を洗浄液に突っ込み、怒鳴った。

 

 ミシェルの話を聞いた艦長は、ただちに五人の降船を取り消した――そもそも、「ルナ」という人物は、ぜったいに降ろしてはいけない、地球行き宇宙船の未来さえ背負っている船客である。

L55から降船指令が出たことが不思議で、よく調べてみたら、ルナたちのことをまったく知らない役員が――フローレンス家族と懇意にしている役員が、勝手に決めたことだった。

セシル親子も傭兵、ピエトは原住民、ルナたちもそんなに「ご身分の高い船客ではない」ということで、彼の一存で降船を決定したのだった。

 

「株主であるフローレンス家族に、多大なる迷惑をかけた」という理由で。

 

実態はもちろん、その真逆だったが――。

むろん、L55の本社ではまだ受理されていなかったが、彼は、とっくに申請が通ったものと思い込んでいた。

カザマたちの猛反発を食らった役員だったが、なぜそこまで反発されるのか、彼は最後まで分からない顔をしていた。彼にとっては、権力者の言うことはぜったいで、ほかはどうでもいいのである。

それが周知されてしまった彼は、ただちに解雇された。L55からの正式な解雇だ。

しかも彼は、フローレンスの家族から、ずいぶんな金を受け取り、彼らが気に入らない船客を、何度も勝手に降船させていたことが発覚した。

彼は嘆いたが、だれも彼の解雇を止めようとする人間がいなかったことだけは哀れだろう。

 

おまけに、このことで、E.C.Pの株主であり、理事でもあるエーディト・V・スカルトンも理事を解任された。むろん、解雇された役員のとのあいだにあった、贈収賄の罪が理由である。

彼の理事解任は、E.C.P のL55本社に、「ルナたちの降船」が申請された時点で、決定された。

E.C.Pの本社でも、「特別船客」ルナ・D・バーントシェントの降船が申請された時点で即座に調査をはじめ、すぐに彼らの贈収賄容疑にたどりついた。

フローレンスの父親エーディトは、理事を解任された理由が分からなくて、うろたえていたが、そのとき「逮捕」されても、結末は同じだった。

彼には、これから「あきらか」になるもっとも大きな罪をはじめ――余罪はたっぷり、あったのだから。

 

 五人の降船を取り消すと、急に宇宙船は動き出した。

 艦長と副艦長たちは、なにか言いたげな――それでも、言葉にならない目つきで、互いを見合ったのだった。

 

 真砂名神社で、イシュメルとノワが、にっこり笑っていたことは、だれも知る由もない。

 ちなみに、フローレンス家族の生体認証を「見えなく」したのはノワで、宇宙船を止めていたのは、イシュメルだった。

 

 

 

 「いや、わたしは、まるで分からない」

 ムスタファは、助けを求めて飛び込んできたフローレンスの父親――エーディトを、応接室に通したが、彼の言い分には首をかしげるところばかりだった。

 しかし、鷹揚で知られた彼は、怒ることもなく、だまって話を聞いた。

 「ニュースは見たよ。本当に驚いた」

 「あなたでは、ないのですか……」

 

 フローレンスの父親は、てっきり、黒幕はムスタファだと思っていたのである。彼が娘に頼まれて、降ろそうとした人物は、――つまりアズラエルは、ムスタファと懇意だった。だから、ムスタファを怒らせたのではないかと、彼はようやく思い当ったのだ。

 詫びに来た彼を、ムスタファはいつもどおり親切に屋敷に通した。

 予想に反して、ムスタファは寝耳に水、という顔だった。ほんとうに、彼は関わっていないらしい。

 そもそも、取り乱してムスタファを詰問したが、彼がダヴリン・システムズとヒューストン航空を買収する目的が見えない。

 ムスタファとは、事業を通じて、昔から懇意にしていた。宇宙船に乗ってからの仲ではない。

 ムスタファ親子の乗船チケットを手配したのも、彼だった。

 

 「では、いったいなにが……起こったのだ」

 彼は翌日、屋敷から救出されて、やっと事態を知ることができた。

 三日間は、会社のパニックをしずめるのと、なにが起こったかを詳しく調べることで手いっぱいだった。

 彼は、ルナたちの降船を、やはり取り消してもらおうと連絡を取ったが、ルナたちの降船を手配した役員は、すでに解雇され、宇宙船を降ろされたと聞いて、仰天した。

彼はやはり、触れてはならないゾーンに触れてしまったことを痛感した。

 

 「わたしだけではなく、ララも、彼らと懇意だ」

 「ララ殿が……!?」

 同じ株主同士で、知らない仲ではない。

 「だが、彼は、私情をはさむ人間ではないだろう。それに、わたしもニュースを見たが、ヒューストン航空を買収したのは、ララの会社ではない」

 「……」

 「ララは、ヴォバール財団の代表ではあるが、知らないと言っていたよ。彼が経営する傭兵仲介業は上場企業ではないし、社名は「ベテルギウス」だ――もっとも、傭兵仲介業で上場というのは少ないが――タキという人物は、おなじヴォバール財団内の経営者だといっていた。おそらく、ララに頼めば、ヒューストン航空の買収は取り消せるのではないかね。彼も、なぜヒューストン航空の買収が必要だったのか、理解できない顔をしていた」

 

 「――あ」

 彼は、すっかりそのことを忘れていた。ララも、傭兵仲介業を展開している――最初に、ララのもとに向かうべきだった。

 

 「こんなことをわたしが言えた義理ではないが、フローからすこし、離れてみてはどうかね」

 憔悴したエーディトを労わるように、ムスタファは言った。

 「彼女のわがままを増長させた原因が、自分にもあると自覚しているならば、そうしたほうがいい――L67に、君の妹が、つつましい暮らしをしているとか」

 「……ええ」

 「わたしも彼女を知っている。若いころは、社交界の花であった女性だ――厳しくも、あたたかい人物と聞いたよ。どうかね、しばらく、フローを彼女のもとに預けてみては」

 「それを、わたしも考えていたところでした」

 エーディトの、その言葉は本音だった。実際、彼は娘を甘やかしすぎたことをひどく後悔していた。

 おそらく、妻とは離婚することになるだろう。彼女は、フローレンスを屋敷に放り出して、ひとりホテルに逃げている。

 

 



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