彼は、ララのもとにも行った。ララの返事はムスタファと同じで、まったくなにも、知らないようだった。

 「ニュースは見たよ」

 ララは、だいたいムスタファと同じことを言った。

 「タキは身内だ――知らん人間じゃないからね、なんで買収したのか聞いてみるよ――ま、裏があることは確かだ。あの子が航空会社を欲しくて買収したんじゃないだろう」

 「裏?」

 フローレンスの父親は目を見張った。

 「それはやはり――ルナという女性と、関係があるのですか」

 「おおありさ」

 

ララは、ルナが降船されるところだったということは初耳で、目を丸くしたが、怒りはしなかった。「なるほど」と、今回の異常事態の原因が分かったような顔で、逆に、気の毒そうな目で彼を見た。

 「……ほんとに、いや、わたしも、今回のことはほんとに知らないが、……おまえさん、そりゃ、触れちゃならんもんに触れたんだよ」

 「わたしも、そう思っていて」

 力なく彼は言った。

 「たぶんね、アンタがどうこうできるような人間じゃないからね、あのひとは」

 ララは、パイプをふかしながらそう言い含めた。

 

 「――何者なんです?」

 

 たしか、L77から来た、ふつうの女性だったはずだ。娘が交際する相手として、ピエトのことや、その義両親となるアズラエルやルナ、同居人のこともある程度調べた。軍事惑星群の名家である、ドーソン家の嫡男がいっしょに暮らしていることはおどろいたが、ピエトはまぎれもなく原住民で、その義両親は、傭兵とL77の中流家庭の子。

 彼は、ここまで大問題になるとは思いもよらなかったのだ。

 

 ララは、エーディトの傲慢さにはあきれ果てていたが、理事を解任され、会社をふたつも買収されてしまっては、気の毒だと思った。

 ――おまけに、L系惑星群に帰れば、彼には、警察星への出頭が待っている。

ララは知っていたが、彼のまえでは言わなかった。

 

 「“亢竜悔いあり”という言葉を知っているか」

 「――は?」

 「うちの一族に代々伝わる、易の言葉でね。ひとの人生には波がある――あんたはすこし、自分を慎むべきだった」

 「……」

 「これに懲りて、娘のわがままにつきあうのはやめるんだね」

 「……そうします」

 なにもかもを見下したような傲慢な男だったが、ララも気の毒になるくらい、ちいさくなっていた。

 「わたしから、ルナに口利いてやるよ」

 ララは、「何者なんです?」という彼の疑問に対する返答はしなかったが、そういった。

 「謝罪がきくかどうかは知らないがね」

 

 生体認証は、もう一度登録しなおすとしても、会社のトラブルを立て直すために、彼は早晩、宇宙船を降りなければならなくなっていた。

 今朝がた、ヒステリックに離婚を突きつけて去った妻との話し合いも必要だし、娘は、屋敷で、執事に当たり散らしている。

 なにもかもが、メチャクチャだった。

 だが、こんな事態を招いたのは、すべて、娘を甘やかしすぎた自分にもあると、エーディトは自覚していた。

 

 携帯電話が鳴った――彼は、「失礼」といって電話に出た。

 

 「旦那様、航空会社を買収したのは、タキという人物の“潜龍”ではなく、“セプテントリオ”という、傭兵仲介業者です」

 「――セプテントリオ?」

 

 ほんとうに、聞いたことがなかった。

 「代表取締役は、タキ・W・シンギョウジ。でも、名義が――アロンゾ・D・ヴォバールとなっていて――ダヴリン・システムズは、同じく“セプテントリオ・ホールディングス”に。代表者名が、サクラ・B・ウィルキンソンですが、名義はパーヴェル……」

 

 彼は最後まで聞けなかった。

 「ウィルキンソンだと!?」

 

 L系惑星群内に8社を持つ彼の会社より、巨大な財団である。サクラ・B・ウィルキンソンは、いまや、その巨大な事業を運営するトップの名で、経済界では有名な人間だ。

ララの高笑いが、彼に電話を切らせた。

 

 「……なにがおかしいんです?」

 「あはっ! アハハ! そういうことか!」

 ララは膝を叩いて笑った。電話の声は、ララにも届いていたらしい。

 「謝罪に行くんだね。そうでないと、アンタの会社は消滅するぞ」

 

 ――千年まえの会社が生きているなんて。

 ララは戦慄した。

 パーヴェルもアロンゾも、やはりただ者ではなかった。

 

 

 

 フローレンスが父と母とともに訪れたのは、K38区の屋敷ではない。中央区のロイヤル・ホテルだった。

 母親は、多少頭が冷えたのか、屋敷に帰ってきた。フローレンスが、涙ながらに飛びついたが、自分のことで手いっぱいの母親は、「頭痛がするから近寄らないでちょうだい!」と娘を拒絶した。

 フローレンスは絶望し、ふたたびわめいて、執事相手に怒鳴り散らしたが、なにも解決はしなかった――やがて、げっそりとした父親がもどってきて、

 「こうなったら、真摯に謝罪するしかない」

 と言った。母親も、父親に賛成した。

 「どうして、あたしたちが謝らなきゃいけないのよ!!」

 フローレンスは嫌がったが、もともと、彼女が招いた事態である。彼女が行かないというのを、今度こそ、両親は承知しなかった。

 

いつも利用しているホテルの、最上階のスイート・ルームに行くのが、まるで裁判所にでも向かっている被告人の気持ちになる。

 彼らの想像は、あながち間違いでもなかった。

 スイート・ルームで彼らを迎えたのは、ミシェル・K・べネトリックスという、弁護士だった。すくなくとも、そう、自己紹介された。

 奥の部屋にとおされたとたんに、父親は、「触れてはならない存在」の意味をあまりにも重く、実感することになった。

 

 コの字型のソファに座る四人の男女――このなかのたったひとりと応対してさえ、彼はいつも通りではいられなかっただろう。

 

 「左から、アイザック・B・フェルトン、パーヴェル・J・ウィルキンソン、ルーシー・L・ウィルキンソン、アロンゾ・D・ヴォバール氏です」

 

 フローレンスは目をこすった。グレンとセルゲイ、ルナとアズラエルのはずなのに、まったくの別人に見える。

 「だましてたの!?」

 フローレンスは叫び、母親があわてて止めようとしたが、「ルーシー」はぴしゃりと言った。

 「おだまり、小娘」

 「パパ、ママ、このひとたちは、だましてたんだわ、あたしを、あたしたちを――!」

 フローレンスは金切り声で叫んだ。

 「弁護士を呼んでちょうだい!」

 

 「ええ。いいですよ。呼びましょう」

 言ったのは、ミシェルだった。

 「そのかわり、告訴するのはこちらです。フローレンスお嬢様を――」

 

 「ま、待ってください、われわれは、謝罪にきたんです!」

 「だましたのはそっちでしょう!?」

 フローレンスはわめき散らしたが、

「いい加減にしろ!!」

怒鳴ったのは父親だった。

ここには謝罪に来たのだ。これ以上、事態を悪化させる気は、彼にはなかった。

 



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