「アンナ」 ルーシーは、彼らの謝罪も、フローレンスの八つ当たりも、必要ないという態度で、だれかの名を呼んだ。 “アンナ”は、ルナたちのソファの真後ろに座していた。 ZOOカードを展開させて――。 彼女の眼前には、バチバチと電光を発する、「わがままな黄ヘビ」のカードがある。 「“セリャド”(封印)」 アンナがつぶやくと、カードの雷は消え――動く絵柄は停止した。とたんに、黄ヘビの周囲から、おもちゃや服、アクセサリーはなくなった。 それだけではない。黄ヘビは、ただの黄ヘビになった。 周囲から品物が消えただけではなく、ヘビが着ているドレスもリボンも、アクセサリーも、完全に消えた。背景も消えた。 真っ白なカードの中に、ぽつんと、ただの黄色いヘビがたたずんでいる。 「“ベベ”(赤子)」 アンナは、カードに向かって、最終宣告を告げた。 紫と白金が混ざった光がカードを包み込み――黄ヘビのすべては、リセットされた。 なにも持たない、「赤子」の時期まで――。 ――フローレンスは、急に、自分がなにも持っていないような気にさせられた。 裸になった気分だ。 彼女は慌てて、自分の様子を探ったが、裸にはなっていなかった。 服は着ている、靴も履いている。お気に入りのリボンも着けている。 「フロー?」 急に静かになった娘を、母親がいぶかしく思って、名を呼んだ。 なぜか、心細さがこみ上げて来た。 ホールのケーキをもらったのに、そのケーキがなんであるかも知らないうちに、いつのまにか、欠片すら残さず消えた――そんな感じだ。 でも、たしかに、ケーキはそこにあったのに。 自分にはいつでも、うんざりするくらいのケーキが与えられ、好きなものを好きなだけ、選べたはずなのに。 「……」 ケーキはない。なにもない。選ぶどころか、ケーキは欠片もないのだ。 怒りすら込み上げてこない。 腹の底に残ったのは、虚無感だけ。 フローレンスは、自分が、とてもちっぽけな存在に感じられた。 だって、自分は、なにひとつ持っていず――あまりにも心細いのだ。 「ママ……帰る」 フローレンスは、母親に訴えた。 彼らはまだ、謝罪の言葉すら口にしていない。 「帰るんだな」 アロンゾが葉巻の煙を吹かしながら低く告げた言葉に、父親の肩は大げさに跳ねた。 「お客様のお帰りだ」 アイザックの声。 「お車をお呼びしますか」 ミシェルが案内するまえに、スカルトン家族は、抜け殻になった娘を抱きかかえ――逃げ出すように最上階をあとにした。 「リカバリ、解除」 “アンナ”こと、アンジェリカが指をパチリと鳴らすと、まず最初に、アズラエルが噎せた。 「うごっ! うぐほおっ! なんつうタバコ吸ってやがんだコイツ!!」 アズラエルはアロンゾの葉巻の趣味に文句をつけた。高級葉巻らしいが、アズラエルの口にはまったくもって合わない。 「はあーっ。リカバリって、けっこうたいへんだな」 ラスボス顔のパーヴェルから、ヘタレ顔のセルゲイにもどり、彼は過去の自分に変装するために着けていた口髭を、苦心して取った。 グレンは煙草に火をつけ、 「アイザックとは、共存していてもよさそうだな」 と呑気に言ったが。 「……ルナちゃんに踏まれるのが好きだったのか。意外だな、グレン」 「え?」 セルゲイに白い目で見られて、グレンが間抜けな声を上げた。 「そっち方面では一致しないんじゃないの」 「踏まれ……?」 「でも、アンナの真似までする必要はなかったかも?」 アンジェリカのまんまでよかったんじゃないかな? すっかりルーシーが消えた、アホ面うさぎが首をかしげて言うと、アンジェリカは口をとがらせた。アンジェリカは、L03の衣装を着て、装飾品もまんべんなくつけてフル装備で今回の仕掛けに臨んだ。 「ええーいいじゃん! パーヴェルとアロンゾ、ルーシー、アイザックでそろったら、アンナでいかないと!」 そこは、こだわりがあったらしい。アンジェリカは主張した。 「それより、ルナ! 報酬報酬!」 「うん! 特大マンゴーパフェ食べよーっ!!」 「おーっ!!」 ネズミとウサギが、大歓声を上げた。 |