ルーム・サービスが、運ばれてきた。 まったく、ホテルの最上階スイート・ルームを貸し切って、特大マンゴー・パフェを食べる機会などは、そうそうあるものではない。 いろいろあったが、マンゴーパフェですべてが解決した。 三十センチもあるような巨大グラスに盛られたマンゴーパフェをつつきながら、ルナはアンジェリカに、あらためて言った。 「アンジェ、いそがしいとこ、ほんとにごめんね」 「いいよ、だいじょうぶ! ――どっちにしろ、さっき占術をしたのは、あたしじゃなくて、“アンナ”だったから」 「じゃあ、やっぱり、うさこが“アンナ”のリカバリをしたんだ」 「そうみたいだ」 アンジェリカは、自分の両手を見つめ、 「あたしは、“アンナ”をリカバリしといても、不自然はないみたい」 「ルーシー」たちが、このホテルのスイート・ルームでスカルトン家族を待ち構えたのは、決して謝罪を受けんがためではない。 フローレンスに占術を施すためだったと――ルナたちが気づいたのは、すべてが終わってからだった。 ともかくも、ルナたちは、リカバリされた「中身」の意志通りに動いた。 というか、動かされた。 怒りまくっていたルナはたいへんに文句を言ったのだが、 「ホテルのマンゴーパフェはきっと美味しいよ」 という「パーヴェル」のひとことによって、おとなしくなったという説がある。 スカルトン家族が去るのを見届けたミシェルが、もどってきた。 「よお、ミシェル弁護士」 アズラエルがクソまずい高級葉巻の箱を、ミシェルに投げた。ミシェルは受け取り、 「おいおい、こいつ、けっこういい葉巻だぜ? ほんとにいらねえの」 「やるよ。胸焼けがする」 「ミシェル! 弁護士さん役、ほんとにありがとね!」 ルナが叫び、ミシェルはネクタイを緩めつつ、「いいや」と笑った。 「気分良かったなァ、けっこう楽しかったよ。でもこれで、ルナちゃんたちが、宇宙船降りずにすむことになったってわけだ」 ミシェルも、パフェを一口失敬した。生クリームとマンゴーの部分をたっぷりと。 「うん、イケる」 ミシェルを弁護士役につかおうと言ったのは「パーヴェル」だった。 ミシェルの「リカバリ」はなされなかったが、ミシェルの前世は、パーヴェルが懇意にしていた弁護士だったらしい。 今回、ミシェルは案内役として「弁護士」を演じただけで、フローレンスを占術のために呼び出すのが目的だったから、「弁護士」としての役割は必要なかった。 「しかし、千年前の会社が、あいつの会社を買収したなんて――いまだに信じられねえよ」 ミシェルは両手を広げて、そう言った――セルゲイたちは、すべての顛末を、パーヴェルたちの記憶のよみがえりとともに、理解していた。 ルーシーの死後、パーヴェルとビアードのよき相談役となったアンナは、ルーシーの殺害によって、長期間刑務所に入ることになったアロンゾともつながりを持った。 ビアードとアロンゾは、晩年和解し、事業提携を結んだこともある。仲立ちをしたのがアンナだった。 彼女は、生涯歴史の表舞台に出ることはなかったが、52通の、遺言書という名の予言書をのこして、世を去った。 おそらく、ウィルキンソン本社で、その予言書が開示された。 ダヴリン・システムズと、ヒューストン航空が買収されたのは、おそらくアンナの指示だ。 アンジェリカは、ZOOカードのほうを見ながら、言った。 「オチはまだ、ついてないよ」 「オチ?」 「アンナの残した予言書は、ウィルキンソン財閥にとって“いい話”なわけだから、きっとこれで、終わりじゃない。会社の買収は、ルナたちを助けるためでもあったかもしれないけど、それだけじゃないはずだ」 ルナは、巨大なアイスの塊をやっとひとつ片付け――ふうとためいきをついた。 セルゲイも、スプーンをパフェに突っ込んだ。 「まだ、ぜんぶ解決してないってこと?」 「そうだね――ともかくも、あのフローレンスって子を、月を眺める子ウサギは救済した」 「救済?」 どう見ても、身ぐるみはがされたって感じだろ、とグレンは言ったが、アンジェリカは首を振った。 「彼女の父親は、ずいぶんな罪を重ねてる。たぶん、これから、刑務所に入るよ。両親は離婚。会社は社長の逮捕で崩壊――母親は親権を手放すだろうから、フローレンスは最悪、14歳の身空で、会社の借金を全部背負って、人生を破壊されるところだった」 「――!?」 ルナは、マンゴーをごっくんと丸のみした。 「それが回避されたのさ――彼女の持つ“すべての財産”を失うことで。たしかに“身ぐるみはがされた”けど、いちばん金の動きが大きい二社が、さらにでかい会社に買収されることで、二社の社員たちは、本社の崩壊に巻き込まれて、路頭に迷わずに済む。フローレンスも、いま父親と離れることで、借金の肩代わりをすることはなくなるだろうってこと。おまけに、まっさらの“赤子”の状態で、厳しいと評判の叔母のもとで再教育される――」 アンジェリカは、真っ白な空間で膝を抱えている黄ヘビのカードを、箱にしまった。 「フローレンスは、最高にステキなレディになるのよ――これが、月を眺める子ウサギと、アンナからの伝言」 「……」 ルナは、マンゴーを突き刺したスプーンを握りしめ、アンジェリカの言葉を聞いた。 すべてが流れていくカードの中で、必死に助けを求めていた黄ヘビが、救済されたと思っていいのだろうか。 両親は離婚してしまうだろうし、これからフローレンスにおとずれる運命は過酷だが、厳しく、肝の座った叔母のもとで、彼女は強く、気高く、ほんとうのレディになれるのだろうか。 すべては、月を眺める子ウサギが知るのみだ。 ルナは、ZOOカードボックスを見つめた。 ルナにとっては、今回の「舞台」の意味は、それだけではなかった。 月を眺める子ウサギがセッティングした、この「舞台」――。 きっと、千年前、パーヴェルとアロンゾと、アイザックと――四人で並んで座ることはなかったかもしれない。 ルーシーを間に、さまざまな思惑が絡んだ関係の中で、協力し合うことなど決してなかった。 ルーシーにとっても、不思議な空間だったにちがいない。 ルナは、ルーシーの心が、不思議なあたたかさに満たされているのを感じた。 ルーシーの心が、ちょっぴり癒されている気が、ルナにはした。 「もう! 食いきれないよ。ながめてないで、手伝ってよ!」 アンジェリカが、男たちに催促した。セルゲイがさっきからいっしょうけんめい手伝っているが、まったくパフェは減らない。 「甘いものは苦手だ」 敬遠するグレンに、アンジェリカの目がギラリと光った。 「甘党の連中をリカバリしようかな――捜すか」 「待て。食うから待て。リカバリはたくさんだ」 ルナに踏まれる気はねえ、とあわててスプーンを手にするグレンの横で、ミシェルが笑い、アズラエルは屋敷に電話をかけていた。 「おい、シャインでこっち来れねえか――仕事は片付いたが、パフェが片付かねえんだ」 ひと口で弱音を吐きだしたグレンを小突き、アンジェリカが笑う。 パフェと聞いて、大喜びで、甘党のセシルとレオナがかけつけるのに、数分とかからなかった。 その日。 ――すべてが終わり、ルナはひさしぶりに、おだやかな気持ちでベッドに入った。そして、眠りについたはずだった。 |