(そもそも、なのです)

 翌日、ルナは、広く長い階段にモップをかけながら、夢の内容を復習していた。

 夢のなかの大ぐまはムスタファで、子ぐまはダニエル。そして、お薬をのませている黒ヤギがイーヴォ執事だろう。

 ルナは夢の中で、このままでは、こぐまの病気は治らないと思って、鳥かごごと持って逃げようとする。

 すると、大ぐまが怒るわけだ。息子を奪うな、と。

 全体をまとめると、こんな感じである。

 

 こぐまの周りには、おもちゃやら、お菓子やらがおいてあるが、こぐまは見向きもしなくて――。

 (ふむ)

 ルナは、モップの柄に顎を乗せて、座った目をした。

 雰囲気的には、フローレンスと似た状況だ。フローレンスも、ダニエルも、おもちゃやお菓子に囲まれているが、それらを見向きもしない。そして、親に甘やかされている環境――。

 鳥かごに入れられて、置かれている環境が、まさにそのままだ。

 (でも、ダニエルは仕方ないよね。病気なんだから)

 甘やかされているから、治らない?

 そんな簡単な問題ではない気がした。ダニエルはれっきとしたなにかの病気で、あれではつらいだろう。

 いつも、高熱を出し、寝ていなくてはならない。

 遊びたい盛りの子どもが。

 おそらく、好きなおもちゃで遊ぶことも、お菓子をたっぷり、食べることもできはしないのだ。めのまえに、あふれんばかりのそれらがある環境で。

 

 (……)

 アズラエルから聞いた話によると、ダニエルの母親は、ダニエルを生んだあと、ムスタファと離婚して、本人はリリザで悠々自適の生活をしているらしい。どうも、金目当てで結婚したという話だ。

ほんとうかどうかは分からない。

すくなくとも、ダニエルは、母親に、一度もあったことがない。

 ムスタファは息子を溺愛しているが、多忙な父親だ。

ダニエルはさみしいだろう。

いつも寝たきりで、イーヴォ執事くらいしか、話し相手はいない。

 でも、ムスタファも、ダニエルを放っているというわけではないらしい。それどころか、息子を本当に心配し、気にかけていて、毎日、どんな多忙なときでも必ず一度は、ダニエルと話をする時間をつくる。

それに、ダニエルの病気を治すために願掛けをしていて、彼の病気が治るまでは息子ひとすじ――再婚はしないと決めている。

 恋人はいることもあるらしいが、ダニエルを思って、結婚はしないらしい。

 

 (う〜ん?)

 そもそも、あの夢は、なにを示唆している。

 (うさこは、あたしに、なにをしてほしいのかな?)

 ルナが助ける人物の中に、たしかに「かごの中の子ぐま」のカードはあった。

 (だめだ。さっぱりわかんない。うさこに聞こう)

 

 ルナは大急ぎで階段じゅうにモップをかけ、掃除をし終わると、部屋にこもって、ZOOカードに向き合った。

 「う、さ、こ」

 ルナは呼んでみたが、うさこは出てこなかった。どのうさこもだ。ピンクも黒も、白もチョコレート色も出てこなかった。

 「……」

 ルナのほっぺたは、たちどころに膨らんだが、ルナのほっぺたのふくらみ次第でうさこたちが出てくるのならば、苦労はない。

 だれかが、ルナの部屋のドアをノックした。

 「ルナ。お茶でもしないかね」

 「行く」

 ルナはエーリヒの誘いに、カンタンに乗った。

 

 

 

 「最近は、ルナちゃんがぜんぜん相談してくれないから、俺たちはお役ごめんだと思ってたんだよ」

 クラウドはつまらなそうに言った。

 「そういうわけじゃないの」

 ルナはホットチョコレートを手にして、ため息交じりに言った。

 「あたしもね、じぶんで考えなきゃいけないって、うさこにゆわれたの。だから考えてるの。でもわかんないときがある」

 ルナとクラウド、エーリヒとセルゲイの四人でマタドール・カフェに来ていた。最近は、四人でここに来ることが、気分転換の日課だ。

 

 「今度は、ダニーのこと?」

 セルゲイが聞いた。

 「あの子はいい子そうで、よかったよ」

 十四歳の女の子に、恋の駆け引き相手にされたセルゲイは、肩をすくめて過去を振り払った。カレンが聞いたら、大笑いするに違いない。

 

 「セルゲイ、君はダニエルの病気をどう見るかね」

 「どうって、言われてもなァ……」

 エーリヒに問われたセルゲイは、自分が担当医なわけではないし、と困り顔をした。

 「病弱、の域を超えてることだけは分かる。子どもは病気がちなものだけど、やっぱり、なにか大きな病気が潜んでいるのではないかな。先天的に、疾患があるとか」

 「でも、原因不明なんだろ?」

 クラウドは言った。

 「ムスタファの権力で、あらゆる医者に診てもらってもダメだった――カレンと同じパターンだ」

 「だが、カレン嬢とちがうところは、ダニエルの病はまったくもって、“原因不明”だということだ」

 「そうだね。カレンの場合は、アバド病だということは分かっていたわけだ。治らないだけで」

 おとなたちは、しばらく黙った。やがて、セルゲイが、ひとりチョコをもふっていたルナに言った。

 「ルナちゃん」

 ルナのうさ耳が、ぴょこたん、と立った。

 「……あまり、ダニエルのことにはかまわないほうがいいんじゃない?」

 セルゲイにしては、薄情な意見だった。

 

 「ど、どうして?」

 「カレンと同じパターンで行くと――というより、ピエトと同じと考えると、ルナちゃんは、ダニエルのためにご飯を作ってあげたり、生活を守ってあげることになるんじゃないかな。規則正しい生活をさせたり――ほら、ピエトを引き取ったときのように」

 ダニエルと一緒に暮らしながら、とセルゲイは言った。

 「……!」

 「なるほど」

 クラウドもうなずいた。

 「ピエトのアバド病も、カレンも、極論だが、それで完治した――ダニエルもそのパターンで治す、ということになると――ムスタファは、けっこうダニエルを溺愛してる。ダニエルがルナちゃんに懐いて――もしかして、ムスタファが、ダニエルを奪われた、と思ってしまうことになるかも?」

 「夢は、それを警告しているのかね」

 エーリヒの問いには、セルゲイがこたえた。

 「もしかしたら、ってことさ」

 「……」

 

 ルナは考えた。

 セルゲイやクラウドの言うことも、もっともである気はするし――ちがう気もした。

 今度ばかりは、なぜかルナは、まったくそんな気になれないのだった。

 そんな気とは――「ダニエルの、病気を治そう」という気に、である。

 以前、ピエトを引き取ろうとしたときのように、すぐさま、ダニエルのお世話をしよう! という気にはなれないのだった。

 それは、なぜなのかわからない。

 ダニエルには、ルナが口を挟む環境はまったくないことも理由だろうが――ダニエルは孤児ではないし、なんでもしてあげられるお金持ちの父親がいて、執事までいる。

 あんなに小さな子が、寝たきり状態なのもかわいそうだと思うし――なんとかできるものならしてあげたいが――。

 「……」

 (病気?)

 ルナはちいさな頭を抱えて考えたのだが、わからないのだった。

 (なんだか、べつのところに、問題がある気がする)

 これは直感だから、どうにも説明がつかないのだった。

 

 



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