五月も終わろうとするころだ。

 ダニエルはいよいよ、健康そのものとなって、ピエトやネイシャと泥だらけになって遊んでも平気になった。五月は一回も熱をあげなかった。

 なので、屋敷の者は、みんなそろってバーベキュー・パーティーを決行することに決めた。

 キラは二月に出産を終えたばかりなので、ロイドとともに、今回のパーティーには来れず、メンズ・ミシェルは来たが、リサとは連絡が取れなかった。

 

 「……」

 ルナはリサが心配だったが、ダニエルに手がかからなくなってきた今、リサのアパートに行っても、電話をしても、リサは留守のままだ。あちらから、連絡もない。

 (リサ――どうしてるの?)

 

 今回のパーティーの特別ゲストは、ムスタファだ。むろん、イーヴォも来た。

 ムスタファのおかげでもあるが、K08区の湖のほとりで、いつもよりセレブなバーベキュー・パーティーとなった。

 炭火にならぶ、分厚いリブやステーキ肉、霜降り牛肉、海鮮に、ミシェルやジュリははしゃぎっぱなしだったし、氷の器に冷やされた高級シャンパンが、つぎつぎに空けられた。

 

 ムスタファの大盤振る舞いは、一ヶ月ぶりにダニエルを見た瞬間の喜びが、形になったものだった――あろうことか、ちょっぴり陽に焼けたダニエルを見て、ムスタファは歓喜のあまり、小躍りした――ほんとうに、踊ったのだ。

「なんてことだ! なんてことだ――奇跡だ!!」

彼の夢がかなった瞬間だった。

ムスタファは、健康になった息子と、したかったことをした。湖畔で釣りをしたり、ボートを湖にこぎ出して、長い話をした。

息子が、欠片すら食べきれなかった肉の塊をたいらげるのを、驚き顔で見つめた。

ダニエルは、ピエトとネイシャと、湖で泳ぎ回っても、倒れるどころか、けろりとしてつめたいジュースを飲んでいる。おなかをくだすから、冷たいジュースなど厳禁だったのに――。

 

 「もう、君たちにはお礼の言いようがない」

 ムスタファは、涙もお礼も、止めどなくあふれさせた。

 「息子の命を救ってくれた――大恩人だ」

 

 ムスタファは、バーベキュー・パーティーにつどった皆のグラスに、酒を注いでまわった。そのたびに、礼と、喜びの言葉を口にした。

 だれにとっても喜びあふれたバーベキューはまたたくまに終わった――高級食材と酒ををこれでもかと堪能した者たちと――健康になった息子に歓喜した父親と――健康を手に入れ、友達と遊ぶことができたダニエルと――ずっと煮え切らなかったルナでさえ、この日だけは、素直に「よかった」と喜び、ひさしぶりに、バーベキューを楽しんだ。

 このあいだは、偉大なる青い猫の訪問待ちで、ZOOカードの動きが気になって、バーベキューどころではなかったし。

 

 バーベキューの日は、ルナたちの屋敷に帰ったダニエルだったが、次の日は早々に、イーヴォが迎えに来た。

ついに病が治ったのである。ダニエルは、ムスタファのもとに帰ることになった。ダニエルは帰ることを了承したが、目にはいっぱい涙がたまっていた。

 そこには、皆との、長い別れが待っていたからである。

 

 「宇宙船を降りることにする」

 と、バーベキューの日に、ムスタファは言った。

 もともと、ララとおなじく、多忙なムスタファだ。息子の病を治すために、あらゆる業務より優先して地球行き宇宙船に乗った。息子の病が治った以上、長居は無用なのだった。

 すぐに降りるというわけではないが、一ヶ月後には、という話を聞くと、ピエトもネイシャも、さみしそうな顔をした。

 「毎日でもいい。遊びに来てくれ」

 息子と、思い出をつくってやってくれ。

 ムスタファは、ピエトとネイシャにそう言った。

 

 「もう一日、ここにいたい」とねだったダニエルのわがままを、ムスタファは許可した。バーベキュー・パーティーから二日後、盛大な送別会をして、ダニエルは、屋敷を去った。

 「さみしくなるねえ」

 遠ざかっていくリムジンを見送り、そうつぶやいたのはレオナだった。そう思っているのはみんなだ。

 「びっくりするくらい、いい子だったよ」

 セシルは言い、みじかい間だったが、先生としてダニエルと仲良くしていたジュリも、いつまでも泣いていた。

 「ダニー、まだ、バイバイじゃねえぞ!」

 「ガッコ終わったら、遊びに行くから!」

 ピエトとネイシャは、ダニエルが乗ったリムジンを追いかけた。

 

 「……」

 アズラエルだけが――ルナが泣いていないことを不思議に思った。ルナも、精いっぱい手を振りながら、悲しみがこみあげないのを、不思議に思っていた。

 ダニエルが去った悲しみより、落ち着かない気分のほうが上回っていた。

 ルナは首をかしげた。今回は、もやもやすることばかりだ。

 それが胸騒ぎだったということを――ルナは、翌日になってから、自覚した。

 

 



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