K19区の遊園地に、ルナはたたずんでいた。

 入り口からすぐの大広場は、めずらしく、たくさんの動物でごったがえしていた。

 

 (スローモーションになってる……)

 

 椿の宿の古時計は、時間を操る時計。

 ルナが願ったとおり、ルナ以外の時間は、おそろしくゆっくり流れていた。動物たちの動きがひどくおそい。

ルナは人ごみを走り、野外劇場まで来た。すべての動きが停止したようにおそいが、動いてはいる。ものすごく、ゆっくりな、速度で。

 

(いた)

 

おおきなくまのぬいぐるみが、王座ともいえるべき椅子に座って、ゆうぜんとワインを傾けている。周りには、着飾ったキツネや、サル、フラミンゴ、孔雀――、とても華やかな動物の着ぐるみたちが、王様くまを囲み、優雅に談笑している。

 

その王様くまの隣に、鳥かご。

中には、小さな小ぐまがいた――ダニエルがいる。

 

ルナはいっしょうけんめい、怪しいところがないか観察した。

黄ヘビはやはりどこを探してもいなかったし、鳥かごの周りのお菓子やおもちゃをひとつずつ手に取って観察したが、なにもおかしいところはない。

王様のワインを覗き込み、周りにいるひとりひとりを、顔をちかづけて、じっくり観察した。

どこも、おかしなところも、ピンとくるところもない。

 

「お――薬――を」

スロー再生のせいで、間延びした声とともに、真っ黒な老ヤギが、うやうやしくこぐまにスプーンで薬を飲ませる。こぐまはわずかに口を開けてそれを飲み、またかなしげに眼を閉じた。

それらが、おそろしくゆっくりの速度で行われ――。

 

「ああっ!!」

 

ルナは思わず声を上げた。

ついに、見つけた。

一瞬だけ見えた、薬の小瓶――ルナはヤギから小瓶を取り上げた。

ルナは見た。

瓶に貼られている、まっくろな「ドクロ」のシールを。

 

そして、ドクロ―マークの下に、はっきりと、「毒」と書かれているのを――。

 

 こんなところにいてはだめだ。

 このままでは、こぐまの病気は治らない。

 

 ルナは、冷静に、そう思った。

 そう思った意味が分かった。

 

 ダニエルは、毒を盛られていたのだ。

ずっと、ずっと、長いあいだ――。

 病気ではない。

 致死量にはいたらない毒を、毎日薬に混ぜて、すこしずつ、盛られていたのだ。

 

 ルナたちの屋敷にいて健康体に戻ったのは、毒を盛られなかったからだ。

 おかしいと思っていた。ずっと納得いかなかった。

 医者もさじを投げた難病が、食生活を変えただけで治るなんて、ルナは思わなかった。

 セルゲイは、ダニエルの飲んでいた薬は風邪薬だと言ったけれども、あの屋敷に医者がいるのは分かっているから、毒入りではなく普通の風邪薬を持たせたのだろう。

 セルゲイはもしかしたら、ダニエルが毒を盛られているかもしれない可能性を、見破っていた。

 だから、怪しんだ。

 持たされた野菜ジュースも捨てた。毒が入っているかもしれなかったから。

 ダニエルをわざわざ、べつの病院に連れて行ったりした。

 でも、ルナたちの屋敷にいた時分は、ふつうの風邪薬を飲んでいたから、しらべても、分からなかったのだ。

 中央区のお医者さんも、ダニエルを健康体だと言った。

あたりまえだ――毒さえ盛られなければ、ダニエルは健康だったのだ。

 

 (いったいどうして!?)

 

 ムスタファも、イーヴォも、真剣にダニエルを愛していた。ダニエルが健康になったときの、ふたりの涙が偽物だとは思いたくない。

 けれども。

 ルナはこの後の展開を思い出した。

 ルナは、ダニエルを連れて逃げ――ムスタファが追ってくる。

 やはり、ムスタファは、ダニエルを殺そうとしているのだろうか。

 病気に見せかけて、徐々に弱らせて――。

 それがばれたから、怒っているのだろうか。

 

ルナは、ためらわなかった。こぐまの入った鳥かごを持ち上げた。そのまま、走り出す。

急に、時間がもどった。

 

「な、何をするんだ! 私の息子が! 跡取り息子が!!」

「つかまえてくれ!!」

ルナは、人ごみの中を走った。

「だれかそのうさぎを捕まえろ! ピンクのやつだ!!」

ルナは懸命に走った。大きな手が、追ってくる。おおきなくまの大きな手が、ルナと鳥かごを捕まえた。

 

「さあ、わたしの息子を返せ!!」

 

 

 

 びくり! 

ルナは痙攣して飛び起きた。

 ダニエルが、意識を失ったように寝ている。ルナは、ネイシャとピエトを起こした。

 「ルナ……?」

 「どうしたの、ルナ姉ちゃん……」

 「ふたりとも、あたしのいうことを聞いて。いますぐここから、ダニエルを逃がします」

 ルナのいつにない緊迫した声に、ピエトもネイシャも、一気に目が覚めたようだった。

 「ぜんぶ、あとから説明します。ダニーを逃がすの。ダニーはね、毒を盛られていたの。ここにいたら、死んじゃう――」

 「ど、どく!?」

 ピエトとネイシャは顔を見合わせ、うなずいた。

 「あ、あたしたち、どうすればいい!?」

 「ダニエル、ダニー、起きて!」

 ルナが必死でダニエルを揺さぶった。ここには置いておけない。今度こそ、殺されてしまう。ルナはシーツごと、ダニエルを抱きかかえた。自分にそんな力があるなんて、ルナは想像もできなかった。

 イーヴォも主治医も、ここにはいないのが救いだった。

 



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