「ママ……?」 ダニエルを抱え、ルナはムスタファの屋敷内の、シャイン・システムに飛び込んだ。 それを、朝の健診にきた主治医が見て仰天した。 「ちょ、ちょっとお待ちなさい! どこへ連れて行くんです!?」 ルナは慌てて、行き先を考えた。屋敷はダメだ。真砂名神社近辺も、すぐばれる。椿の宿はダメ――。 まるでひらめきのように、気づいた。 (ピーターさん、つかわせてもらうね) 「大変だ! 坊ちゃまが浚われた!!」 主治医の悲鳴――イーヴォが駆けつけて、シャイン・システムに手を伸ばしたところで、扉が閉まった。 「ルナが、ダニーをさらって逃げたって!?」 アズラエルが電話口で絶叫した。 「まさに、ルナの夢の通りではないかね」 エーリヒは感心して言ったが、「そんなこと言ってる場合じゃねえ!」とアズラエルは吠えた。 『いったい、ルナさんはなにを考えている!? 絶対安静なんだぞ!?』 ムスタファは、ひどく怒っていた。 『われわれに何の断りもなくダニーを……! 場合によっては警察を動かす!』 「ま、まってくれ、親父さん」 アズラエルは必死でムスタファをなだめたが、電話は切れた。 「なにやってんだ、ルゥは。どこへ消えた?」 「われわれの知らぬ場所だ。中央区の高層マンションの一室だよ」 エーリヒが探査機を掲げて見せた。 「なんだと?」 「ルナは、この探査機があるのは知ってる。われわれからは逃げるつもりはないのだ」 「どういうことだ……」 アズラエルの声に、ずっとタブレットを見つめていたクラウドが、ついに言った。 「エーリヒ、やはり君の読み通りだ。ダヴリン・システムズは現在、システムインテグレーター業界のトップに名を連ねる会社だが、前身はダヴリン製薬――製薬会社だ」 「は?」 マヌケ声の主は、グレンだ。 「製薬会社だよ――しかも、小児用の保険の取り扱いや、病院や医師の斡旋もしている――ダヴリン製薬は、その名義で会社はべつに残ってる。つまり、ダヴリン・システムズは、ダヴリン製薬と、もとは同じ会社だ」 「なんだ? なんの話をしてる」 フローレンスの両親の会社で、パーヴェルが買収したダヴリン・システムズ。それがいったい、どうかかわってくるのか、アズラエルにもグレンにも――すくなくとも、クラウドとエーリヒ以外にはさっぱりわからなかった。 「つまりだな、結論から言うと、ダニエルがいままで飲んでいた薬は、有害物質だったんじゃないかってことだよ」 クラウドの爆弾発言に、屋敷中が凍り付いた。 「有害物質?」 「つまり――ぶっちゃけいうと――毒だ」 「毒だってえ!?」 バーガスが、フライパンを足に落として悲鳴をあげた。 「最初に、そう思ったのは、セルゲイだ」 エーリヒも解説した。 「彼は、医者の直感だと言った。だから、はっきりしたことがわかるまで、なにも言わなかったのだ。だが彼は、外科医時代、子どもと触れ合う機会が多かった――ダニエルの病について、怪しむところがあったのだと思う」 「ちょっと待て」 アズラエルが、顔をぬぐった。 「なぜダニエルを……? だれがだ。親父さんがか? まさか……」 「犯人は、コイツだ」 クラウドが、タブレットを見せた。全員の目が見開かれた。 「ルナを助けに行かねば」 エーリヒが立った。 「ムスタファは、息子可愛さに軍でも動かしかねない勢いだ。ルナは、セルゲイとは別の方法で、このままではダニエルが殺されるとさとって、逃げたのだろう。――真実を、ムスタファ氏に告げねばなるまい」 「信じるかよ!? 親父さんが?」 バーガスが叫んだが、エーリヒは冷静に言った。 「セルゲイが間に合えば、問題はない」 ルナは、シャインで、ひといきにピーターのマンションまで飛んだ。ベッドにダニエルを寝かせ、中央区の病院から医師を呼んだ。ルナにしては、しんじられないスピードだった。 「急患なんです! 急いでください」 医者は、五分と経たずに来た。 ダニエルの状態を見るなり、「救急車を!」と彼は叫んだが、それを阻む人間たちが、なだれをうって、シャイン・システムから飛び込んできた。 ムスタファが、「ダニエル!」と叫んで寄ってきたが、ルナはダニエルを庇うように、ムスタファとダニエルの間に入った。 「ダメです!」 「いったい、君は何をする気なんだ!」 ムスタファは恐ろしい顔で吠えた。 「わたしの息子は危篤だ! いますぐそこをどけ!!」 「嫌です! ダメですっ!!」 ルナは突き飛ばされたが、すぐダニエルにすがった。 「だって、ダニエルに毒を持ってるんでしょう!?」 ルナはついに叫んだ。 「!?」 ムスタファは、びっくりして、ダニエルにしがみつくルナから手を離した。 「な、なにを言っているんだ!? 君は!!」 「ダニーに飲ませていたのは毒でしょう!? 知ってるんだから!!」 ルナは涙目で叫んだ。中央区の主治医も、ムスタファが連れて来た主治医も、イーヴォも、警察官たちも――ムスタファを見ている。 「いったい、どういうことです?」 中央区の医者が言った。 ムスタファは、焦って叫んだ。 「なにを言っているんだ!」 ルナを押しのけようとするムスタファ――。 「さあ、わたしの息子を返せ!!」 ルナは、襲いかかるムスタファの大きな手から、ダニエルを庇って目を閉じた。
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