今日の夕飯に、サバの味噌煮をつくるという約束をしたルナは、大広間にもどってきた。 「あれ? ピエト。お守りどうしたの」 ルナは、ピエトがいつも首にさげている真月神社のお守りがないことに気付いた。 「あ、あれ?」 辞書を引きながら、いっしょうけんめい新聞を読んでいたピエトは胸に手をやり、そういえば、と思い出した。 「俺、ダニーにあげちゃったよ!」 ピエトは叫んだ。 ダニエルがこん睡状態に陥ったとき、思わず手にお守りをにぎらせて、それきりだった。 「そうなの。じゃあ、あたらしいやつを、あげるね」 ピエトの手を引いて、部屋にもどる。 ルナは、母星のL77にある真月神社で、五つ、魂守りをもらってきていた。ひとつ目は、サルーディーバに。ふたつ目は、エレナに。みっつ目は、ピエトにあげた。ピエトはダニエルにあげてしまったので、ルナは空色のよっつ目を、ピエトに渡した。 「ありがと、ルナ!」 「どういたしまして」 ルナは、残った、青色のお守りを見つめた。ついに、最後のひとつになってしまった。 「ルナ」 ピエトは、不思議そうに言った。 「それ、アズラエルにやらねえの?」 「え?」 ルナはかつて、アズラエルにお守りを渡そうとしたことがある。けれども、そのときアズラエルは、必要ないと言った。 「……」 「俺に貸して」 ピエトは青いお守り袋を持って、アズラエルのもとへ走った。アズラエルは三階の端から、階下に向かってなにか叫んでいた。ピエトが、アズラエルの背中に飛びつく。 ふたりでなにか言い争うような様子で、やがて、しぶしぶと言ったふうに、アズラエルは青いお守り袋を受け取った。 (もらった!) ルナは叫ぶところだった。 (アズがお守りをもらった!) 「アズラエルにあげてきた!」 ピエトは満足げにそう言い、「ネイシャ―!」とネイシャの部屋にかけていく。 ルナは後ろ姿を、見送った。 「あたしの分、なくなっちゃった」 お守りもなくなってしまったが、とにもかくにも、リサが心配だったルナは、ぺっぺけぺーと部屋にもどった。 朝から、リサに電話をしようと思っても、クラウドの解説がはじまってしまったり、グレンのぱんつが廊下に落ちていたり、チロルと「うさぎ体操」のテレビ番組(※約五分)を見たり、ピエトのお守りがなかったり、グレンのくつ下が落ちていたりと、なかなか、電話を掛けられない。 朝は、なにくれと忙しいものだ。 ルナはやっと、ピエトとネイシャを学校に送り出し、グレンのぱんつとくつしたをグレンの部屋のドアの取っ手にぶらさげてさらしものにし、リサのアパートに電話をかけたが、留守番電話につながってしまった。 「……」 昨日も、このあいだも、電話をしたけれど、リサはいない。あちらから、電話がかかってくることもない。最後に彼女と会ったのは、レイチェルたちを見送った日だ。 見送りの日、そういえば、ミシェルはこなかった。メンズ・ミシェルは、あまりレイチェルたちと親しいわけではなかったから、不自然はなかったけれど、そのころすでに、ミシェルとリサは別れていたのだろうか。でも、リズンでお茶をしたときも、リサは、そんなことはなにひとつ言わなかった。 いままでのリサだったら、「別れた」報告ぐらいは、あると思う。 (リサ、どうしたの? どうしてるかな) リサがアパートにいないというのは、珍しいことではない。彼女は、いつも出歩いているから。 このあいだ、リサは、アロマテラピストの資格も取るのだと言っていた。 シナモンと同じメイクの講座にも通っていて、フラワーアレンジメントに、ネイル関係と、講習会三昧で、夜はともだちとの飲み会でいない。もともと、リサは「連絡ちょうだい」と言いながら、いつもつかまらないので、リサから連絡してくるのを待つしかなかった。 「リサ……」 ルナは、留守電にメッセージを入れて、電話を切った。 ルナは、リサの心配をしつつも、その日はミシェルと一緒に真砂名神社に向かった。自分の分のお守りがなくなってしまったので、もらいにいくためだ。 「真砂名神社にも、おなじお守りがあったよ」 教えてくれたのは、ミシェルだ。ふたりはまっすぐ、真砂名神社の拝殿に向かった。階段を上がったところにある、お守りやお札を授ける授与所だ。 「ほんとだ」 真月神社で、ルナがもらってきた肌守りとおなじものが、置いてある。ルナは、真っ白なそれを手に取り、「これください」と差し出した。 無事お守りは手に入ったし、リサのアパートに行くと言ったルナに、拝殿の階段を降りながら、ミシェルが言った。 「リサのアパート、あたしも行くよ」 今日の彼女は、お絵かきスタイルではなかった。作業着である、油絵具によごれたジーンズと木綿のシャツは着ていない。今日はルナにつきあって、真砂名神社に来ただけらしい。 「ほんと?」 「うん。心配だしね。キラも電話して、出られそうなら、いっしょにいこうか」 「うん!」 そういいながら、ふたりで階段を降りきったところだった――めのまえに、見知った顔――これから、会いに行こうとしていた彼女の顔を見つけたのは。 「「リサ!!」」 ルナとミシェルは、声をそろえて叫んだ。 いつも胸を張って歩いている彼女にしては、今日は物思いにふけり――沈んだ顔、すなわち、うつむき気味だった。だから、このひと気のない界隈で、ルナたちに気づかなかったのだ。 赤いタータンチェックのミニワンピース姿のリサは、びっくりして顔を跳ね上げた。 「ルナ――ミシェル!?」 ルナとミシェルは、リサに付き添って、ふたたび拝殿まで上がった。ルナは、リサが、とくに息も切らさず階段を上がっていくのを、微妙な目でながめていた。 「ルナ、……なんで、そんなヘンな目で見るの」 不気味なんだけど、とリサに言われたルナは、あわてて見るのをやめた。 リサは特に、罪とかはあまりないのだろうか。 あまりにも、軽々と上がっていく。 拝殿までついた三人は、ふたたびお参りをした。 ルナは、リサが、古びた「合格守り」と「交通安全守り」を、授与所のそばにある、古札をおさめる木箱のなかに入れるのを見た。 「……リサ、お守り、買ってたの」 「うん、これね。宇宙船に乗るまえに、真月神社でもらってきたの。交通安全のほうは、宇宙船に乗る前、合格守りは、美容師試験のまえに」 リサが、お守りを買っていたとは、ルナには意外だった。そういったものは、まったく興味がないと思っていたのに。 「そっか。美容師試験、合格したもんね」 ミシェルが言うと、リサは微笑んだ。 「あのとき、花束くれてうれしかったよ。ルナ、ミシェル、ありがとね」 リサは、木箱のまえで、まだなにか、ためらっているようだった。リサの手のひらには、ピンク色の星守りがあった。 「……それって、お祭りのときに日替わりで出てた、」 「そ。月の女神さまの星守り」 リサは、ミシェルに話しかけられて、ごまかすように手のひらごとポケットに突っ込んだ。そして言った。 「ふたりとも、今日ヒマ?」 いっしょに、ごはん食べない? というリサに、ルナとミシェルは顔を見合わせた。 「ヒマもなにも、これから、リサのアパートに行こうと思ってたんだよ」 「そうなの?」 リサは目を丸くした。 「留守電、いっぱい入れてたんだけど、気づかなかった?」 ルナの台詞に、リサは本気で驚いた顔をし――、 「――マジで? ごめん――あたし、最近、アパート帰ってないのよ」 「ええ!?」 |