ルナは、ミシェルとリサを、裏通りのステーキ店へ連れて行った。

 「へえ、いい店じゃない!」

 リサの表情に、すこし元気がよみがえった。ステーキ店と銘打ってはいるが、平日の昼間は、ほとんど女性客か、カップル客ばかりだ。男性だけというのは少ない。

 「ひさしぶりに目いっぱい食べちゃおうかな――コースいく?」

 「いくいく。いっちゃおう」

 昼間ではあったが、カクテルが一杯、サービスでつくコースを頼んだ。

 

 ルナたちがなにか言うまえに、リサが、ポケットの星守りを取り出し、嘆息気味に言った。

 「ミシェルが話しかけるから、結局、これ、置いてこれなかった」

 「え? あたしのせいにするわけ?」

 ミシェルの目がネコ目になった。さっそく不穏な空気だ。ルナは、四人でルーム・シェアしていた時分、よく言い争いに発展していたのを思い出してあたふたしたが、今日は、ミシェルはそれ以上言わなかった。

 「……これさあ、ミシェルと一緒に、買ったのよ」

 リサは、つぶやいた。

 「でも結局、別れる羽目になったし――もう、いいかなって」

 「……」

 ルナとミシェルは、同時に言った。

 「「でも、ミシェルは、話し合って別れたって、」」

 リサは、ちらりと、ふたりの顔を上目遣いで見た。

 「そうだよ? ミシェルは、どうしても、裁判を諦める気はないんだもん――」

 それから、「あー!」とリサにしては、だいぶ投げやりなためいきを吐いて、背もたれに伸びて、天井を仰いだ。

 「あたしが、――つまり、けっきょく、あたし次第なのよね。ミシェルについていくか、いかないか。あたし次第なのよ。分かるわよ、こんなもんに頼ってないで――決めるのは、あたしなんだから!」

 言ってから、リサはぴょこん、と起き上がった。

 「返してこよ。やっぱこれ、返してこよ」

 これがあるままじゃ、あたし、先に進めない。

 リサは、ピンクの星守りを手にして、決意表明をした。

 

 「待ちなよ、それは、持っていた方がいいって」

 言ったのは、ミシェルだった。

 「……そう思う?」

 リサが、星守りと、ミシェルとを、交互に見た。ルナにもはっきりわかった。リサも、迷っているのだ。

 星守りを神社に置いてくるか否かではなくて――ミシェルについていくか、行かないかだ。

 ミシェルについて、L系惑星群にもどるか、ミシェルと別れて、地球に行くか――。

 

 「それは、月の女神さまの星守りだもん! 縁結びの神様よ? 持っていたほうがいいって!」

 ミシェルは力説した。

 「いま離れ離れになっても、永遠の別れって決めつけることはないじゃん! リサは地球に行ったって、永遠にそこに住むわけじゃないんでしょ? ミシェルの裁判だって、永遠に終わらないわけじゃない。ミシェルの裁判が終わって、リサが地球に着いて、L系惑星群にもどってから、またつきあうって手もあるじゃない」

 

 リサは、彼女らしくない困惑顔で星守りを見つめ――両手でぎゅっと握って、額に当てた。

 「……かもしれないの」

 「え?」

 ルナたちは、聞こえなかった。

 「……ミシェルは、裁判が終わったら、死んじゃうかもしれないの」

 ルナとミシェルは、絶句した。

 「あたしが、地球に行って帰ってくるころには――ミシェルはこの世にいないかもしれない」

 リサは震えていた。彼女の涙を見たのは――ルナは、はじめてかもしれない。

 「どうしたらいいと思う? あたし、わからない――着いていくべきなのか、別れるべきなのか――」

 リサは、悲痛な顔を見せたが、すぐに涙をぬぐった。コース料理のスープが運ばれてきたからだ。

 そして、「ごめん。いまは、楽しい話して食べよ?」と笑顔を見せ、食事の最中も、終えた後も、さっきの話をぶりかえすことはなかった。

 店を出たあと、ルナはリサに屋敷へ来るようさそったが、リサはめずらしく断った。

 じっくり、ミシェルとのことを考えたいのだという。

 リサは、自分次第だということをはっきりわかっていて、だれにも相談はしたくないのだと言った。ルナにもわかっていた。いつだってリサは、自分のことは、自分で決めてきた。

 ミシェルに着いて、宇宙船を降りるにしろ、地球まで行くにしろ――リサは自分で決める。ルナたちの言葉は、必要とはしていない。

 結局、リサは、星守りを神社にかえさず、持って帰った。

 

 

 「アズ」

 ルナは、ベッドで本を読んでいるアズラエルに向かって聞いた。

 「ミシェルとリサって、もう完璧別れちゃったの?」

 「そのことなんだがな」

 アズラエルは、すこし真面目な顔で言った。

 「明日の夜、ミシェルと話してくる。俺の分の夕メシはいらねえ。――もしロイドが泣きながらこの屋敷に飛び込んできたときは、俺が話し合ってみる、と言っていたと伝えてくれ」

 「……あじゅ」

 ルナも真剣な顔になった。

 「ミシェルは、」

 「リサと別れたとか別れねえとか、そんな問題じゃねえ。アイツはもともと、死ぬ気でいる――いや、死ぬ気はねえのかもしれねえが、そもそも、やってることがメチャクチャだ」

 「――!」

 「はっきり言うぞ。アイツは異常だ。リサの判断が正しい。別れて当然だ」

 ルナは、目を見開いた。

 「俺は、リサと付き合うことで、アイツがいつか、“裁判”をあきらめてくれるもんだと思っていたが――ダメだった」

 ルナは言葉を失って、うさぎ口をした。

 「俺が説得して、ダメだとなったら、お前に頼みたいことがある」

 ルナはうさ耳を、ぴょこん! と跳ねあげた。アズラエルは、とてつもなく苦い顔をした。

 「――その、おまえの、ZOOカードとやらで、調べてほしい」

 ZOOカード、というだけでも嫌なのだろう。アズラエルは苦々し気にいったが、ルナはうれしげに、「うん!」とうなずいた。

 「ミシェルの言う裁判って、なんなの?」

 ルナは聞いた。昔いちど聞いて、はぐらかされた質問だ。アズラエルは苦虫を噛み潰した顔のまま、「明日、話し合いがダメだったら、話す」と言った。

 ルナは、今日真砂名神社でリサと会った話をした。最終的に、アズラエルは、

 「リサは、いっしょに行かせないほうがいい」

 とはっきり言った。

 「――ミシェルに命の危険があるということは、いっしょにいれば、リサも巻き込まれるってことだ。リサが悩んでるっていうなら、止めろ」

 「……!」

 「とりあえず、まだミシェルが降りるのは先だ――解決は、あした、俺とミシェルが話し合ってからだ。寝るぞ」

 ルナは大きな手のひらで、頭をぽんぽんやられて、ベッドに押し込められたが、なかなか寝付けなかった。

 

 



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