アズラエルは、その日、帰ってこなかった。彼が帰ってきたのは、次の日の、朝食も終わった午前十時過ぎだった。 「アズ、おかえり!」 「ただいま」 部屋でZOOカードを並べていたルナは、すぐさま聞いた。 「ミシェル、どうだった?」 アズラエルはTシャツを着替えながら、嘆息した。 「ダメだった。やっぱり、おまえの力を借りねえといけねえな」 「まかせて!」 ルナは叫んだ。そして、アズラエルに、きのうロイドから聞いたこと、そして、アンジェリカと話したことを教えた。 アズラエルは、なにも言わなかった。だまって、ルナが展開しているZOOカードをのぞきこんだ。 「なにか、変わったことはあったか?」 『俺に聞きたまえよ、アズラエル』 ルナのおもちゃの家のソファには、メガネをはめたライオン――つまり、“真実をもたらすライオン”がお目見えしていた。 「よう、クラウド」 アズラエルがちいさなライオンを突つくと、彼は不機嫌な顔をした。 『俺は、“真実をもたらすライオン”だ。最近のZOOの支配者はなっていない。ひとをあだ名で呼ぶなんて』 「ルゥ、こいつにはなんてつけたんだ」 「メガクラウド」 アズラエルは、ツッコミをあきらめた。 「ルナちゃん、コーヒー持ってきたよ――あれ? おかえり、アズ」 本体であるクラウドと、今日は真砂名神社にもアトリエにも行かなかったレディ・ミシェル、エーリヒがいっせいに部屋に入ってきた。 「ミシェルってさ、同じ名前でしょ? やっぱり、放っとけないのよ」 レディ・ミシェルはそう言い訳をし、アイス・コーヒーを手に、ソファに座った。 ルナはだれも聞いていないのに、説明をした。 「メガネクラウドの略でメガクラウドなの! でもね、メガクラウドは勘違いして、じぶんはメガよりギガだって、ギガクラウドにしろってうるさくて、それでメガネを……」 「ルナ、カオスは、もう十分だ」 アズラエルが止めた。ルナはふくれっ面をしたが、本題に入ることにした。 「それでね、アズも帰ってきたから、じゅんばんにゆうね?」 ルナは、カードを指さしながら言った。 「いま、“真実をもたらすライオン”さんにしらべてもらったら、やっぱり、ミシェルの裁判は、ムチャクチャだって。確実に負けるって。でも、ミシェルの考えてることに裏はなくって、ほんとうに、恩師さんを――ぽっくりさんを、牢屋から出してあげたいんだって。それが、“真実”」 「ぽっくり、じゃなくて、ホックリーさんね」 レディが訂正した。ルナは、いっしょうけんめいしゃべった。 独自のルナ語判読機を装備しているクラウドと、ルナとはなぜか別次元で会話できるエーリヒとミシェル以外は、よくわからなかった――つまり、アズラエルだけが、いちいち首をかしげた。 真実をもたらすライオンは、いつのまにか姿を消していた。用が済んだからかもしれない。 「もういなくなったの?」 ミシェルが呆れ声で言うと、ルナは重々しく言った。 「いつものことです」 ルナは、絨毯じゅうに広がったZOOカードを示し、言った。 「それでね、ミシェルのことも心配なんだけど、こっちのほうを先になんとかしなきゃいけないかもしれないの」 「こっち?」 アズラエルが聞くと、ルナは、「リサ」と言った。 「リサ? リサがどうかしたの」 ミシェルがいちはやく反応した。 「エーリヒとアズがいると、黒うさちゃんは出てこないからね――うさと、出てきて」 『うん!』 ぴょこり、とチョコレート色のウサギが顔を出す。 「みんな、ここ見て」 ルナは、真ん中付近にいる「美容師の子ネコ」のカードをしめした。 「うさと、お願い」 『まかせて!』 導きの子ウサギが右手を振ると、おおきなジョーカーが、不気味な笑い声を上げて現れた。 「なにこれ!?」 ミシェルが引いた。 「これは、デサストレ、と言います。災厄のことだって」 ルナはもっともらしく言った。 「……初めて見たな」 クラウドが感心の面持ちで、覗き込んだ。 「ルナちゃんもいよいよ、ZOOの支配者らしくなってきたじゃないか」 アズラエルだけは、至極いやそうな目で、様子を伺っている。 「じつは、このあいだアンジェと一緒にリサのカードを見たときは、こんなの出てこなかったの。今日、初めて出てきたの、でさすとれ、は――ええと、」 ルナは、宇宙船からもらった、今年分の日記帳――自分の分と、アズラエルの分としてもらった二冊目を――両方開いていた。星柄の日記帳は、「ZOOカードの記録帳」として、赤いチェックの日記帳は、日記帳としてつかっている。 ルナは星柄のノートをめくり、 「デサストレ、災厄――リサに、災厄がおとずれてます!」 そう、宣言した。 「それで、うさとは“導きの子ウサギ”だから、うさこと同じように、ご縁を結ぶはたらきもあるのね? だから、リサの周りにあやしい縁がむすばれてないか、調べてもらったの――そうしたら、見て」 導きの子ウサギが、もふりと手を合わせると、ぼんっ! と爆発音がして、一枚のカードがリサのそばに現れた。 「「「「タヌキ!?」」」」 みんながそろって、叫んだ。 『これは“詐欺師のタヌキ”。――悪い奴だよ』 導きの子ウサギは、しかめっ面で説明した。スケベ面のタヌキが、手をもむようなしぐさで、リサのカードに近づいている。 ルナは、今度、赤いチェックの日記帳をめくった。 「このあいだ、また“リハビリ”の夢を見て、それが、リサがあたしのママだったときの夢なの」 その夢は、ここにいる皆は、全員把握している。いちおう、アズラエルも読んだ。 「夢の中で、あたしのママだったリサは、“タヌキみたいな男”にだまされて、あたしとママは、逃げる途中で、自動車事故に遭って、死んじゃった――」 「タヌキみたいな男!?」 ミシェルの叫び。 「無関係とは、思えないの」 ルナは心配そうに言った。 |