ルナの部屋で、リサの危機を皆が心配している時分――イマリは、K12区のショッピング・センター街を、ベンとともに歩いていた。

任務で忙しい彼と久しぶりのデートで、イマリは浮足立っていた。すてきなレストランにカフェ――あたらしい洋服も買ってもらったりなんかして、あいかわらず彼女は幸せだった。

じっさいイマリは、自分が世界一しあわせだと思っていた。

 

(あれ?)

イマリは、けっこう高級なブランドショップが立ち並ぶ店舗の、ガラス戸の向こうに、見たことのある顔を見つけた。

(リサだ)

イマリにとっては、ルナの仲間の中では、比較的声をかけやすい人物だ。バーベキュー・パーティーの一件以来、リサにも無視されたことがあるイマリは、声をかけることなく見過ごしたが、なにか、変だった。

リサの様子がおかしかったとか、そういう意味ではない。

 

「……?」

リサと連れは、たのしげに話しながら、高級ブランドの店に入っていく。どうも、リサといっしょにいる男に、見覚えがあるのだった。

「……」

イマリは、一度気になったら、たしかめずにはおられない。

「ベン、ちょ、ちょっと待ってて」

「え?」

イマリは、リサと男が姿を消したブランドショップに駈け出した。吹き抜けをあいだに、真向かいの店舗。ぐるりと回っていかなければ、そちらへは行けない。

その店は、かなり広く取られていて、ガラス越しにでも店内が見える。あちらからも、イマリが見える可能性はあったが、イマリはまるでスパイのように――こっそりと、身を潜めて、中をうかがった。

 

(――あっ!!)

イマリは、大声をあげそうになった。違和を感じたのは、リサにではない。リサの連れに、である。

(あの男――!)

 

リサといっしょにいる、タヌキ面の男は、イマリがベンと出会う直前まで、イマリと付き合っていた、詐欺師だった。

 

(しんじられない! まだ宇宙船を降りてなかったの)

 

イマリは、彼にどれだけお金を取られたか分からない。でも、役員には言わなかった。いままでも数々問題を起こしてきたから、いまさら言っても信じてもらえないと思ったからだ。

(お金を取られたって証拠もないし……)

でもまさか、今度は、リサがだまされそうになっているなんて。

 

「……」

「どうしたの、マリィ」

とつぜんかけだしたイマリを、ベンは追って来た。

(どうしよう)

イマリは、迷った。

いきなりリサのもとへ行って、「コイツは詐欺師だ!」と言っても、信じてもらえるかどうか。もはや敵のような目で見られているイマリと、あの詐欺師のどちらを信用するか、明白だった。あの男は、伊達に詐欺師ではない。イマリも、ほんとうに、だまされたのだ。

(……)

しかし、べつに、リサに教えてやる義理もない。リサがだまされて、痛い目を見るまで、黙っていた方が得だ。

イマリは、そう考えた。

 

(――でも)

でも、イマリも、傷つけられた。あの男には、ずいぶんと。

 

あの男にだまされた日、イマリは、ベンと出会わなかったら、宇宙船を降りていたかもしれない。さんざんつらい目に遭ってきた最後に、あいつにだまされたショックは大きかったのだ。

 

「マリィ?」

ベンと出会っていなかったなら、こんな気持ちにはなれなかったかもしれない。リサに言っても信じてもらえないのはわかっているし、教えてやる義理なんかない――でも。

 

「ベン、ちょっと来て」

イマリは、ベンを、隣の店舗の隅っこまで腕を引いて、連れて来た。ここから、店を出てくるリサと詐欺師が見える。

リサの手にブランドの紙袋がある。彼に買ってもらったのだろう。あの詐欺師の手だ。イマリも引っかかった。最初にブランド物を買ってあげて、そのあと、お金をむしっていく。

「あの――あそこ、そう、赤いスカートの子、あの子リサって言って、――その、ルナやミシェルのともだちなの」

「それが、どうかしたの」

「一緒にいる男、詐欺師なのよ!」

イマリは、小声で叫んだ。ベンも思わず、そっちを見た。

「あたしも、ベンと会う前にだまされたの――このあいだ話したでしょ?」

「ああ」

「リサもきっと、知らずにつきあってるのよ。ど――どうしたら、いいと思う?」

「……」

 

 

 

「リサが、詐欺師といるのを見たって?」

クラウドが電話口でそういうのに、ルナたちがわっと押し寄せた。

「うん――うん――わかった。わざわざありがとう」

電話はすぐ終わった。ルナとミシェルは、待ち構えていたように、クラウドに聞いた。

「いまのだれ? だれか、リサを見たの?」

「落ち着こう、ネコちゃん、うさちゃん」

クラウドは、大広間のソファまで子ネコと子ウサギを引きずった。

「今の電話はベンからだ」

「ベンさん!?」

「ああ。彼がイマリと、K12区のショッピング・センター街でデート中、リサが男と買い物をしているのを見た。その男が、かつて、イマリもだまされた詐欺師だったそうだ」

 

「ちょ、ちょっと待って」

ルナは驚いて言った。

「イマリがだまされた? イマリも、詐欺師に?」

ルナは、月を眺める子ウサギが、イマリを宇宙船からおろすために、詐欺師に引っかからせたこともあると言っていたのを思い出した。

それよりも、もっと驚くことがある。ミシェルも叫んだ。

「リサがだまされそうだっていうのを、教えてくれたの? わざわざ? イマリが?」

 

クラウドはうなずいた。

「イマリがリサのもとへ行って、男の正体を暴いてもよかったんだが、イマリのいうことは、リサは信じないだろうからって、ベンに相談した。で、ベンが、俺たちに知らせてくれたってわけさ」

ルナとミシェルは、信じられない顔で、互いを見合った。

 

「ふむ――ルナの夢のとおりだ。生まれ変わっても詐欺師だなんて、もうちょっと、ほかの生き方を選べなかったものかね」

エーリヒは呆れかえって言ったが、――やがて、ひらめいたように、指を鳴らした。

「現行犯逮捕しかねえな」

「ああ」

アズラエルがソファから立って指をごきりと鳴らし、クラウドも「リサちゃんがなにか盗られるまえに助けなきゃ」と立つのを、エーリヒは止めた。

「まあ、待ちたまえ」

 



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