リサは、心ここにあらず、だった。 ミシェルに一方的に別れを告げられ――納得のいかないまま、別れた。 (たしかに話し合いはしたけど、あたしは納得してない) うなずくしかなかったのだ。リサを危険な目に遭わせたくない、というミシェルの、精いっぱいの言葉を聞いては。 (マフィアに追われてるなんて……) 別れよう、別れようと何度思って来たかしれない。自分から別れを切り出したことも、ミシェルが「別れる」といったことも、数えきれない。でも、今回は違った。ほんとうの別れだった。 (ミシェルは、宇宙船を降りる) それが、決定打だった。降りるミシェルと、ついていけないリサ。リサは地球に行きたい。なにがあっても、地球に行くのだ。 そう決めて、宇宙船に乗った。 (たとえ、運命の相手と別れたって) 恋人は、これからだって、いくらでもできる。ミシェルの代わりになる男なんてたくさんいる。 (ウソ) ――ミシェルの代わりはいない。 どんなにメチャクチャでも、情けなくても、ムカついても、ケンカを何度もしたって――ミシェルに恋をした。 アパートにも帰らず、友達の家や元カレの家を渡り歩いても、気は晴れない。それどころか、ますます元気を失っていく。 「リサ、ほんとに君は、女優のようだ――おっと! ちがった、これから君は女優になるんだ」 「――ほんと、よくしゃべるよね」 このおかしな男と、どのタイミングで別れたらいいか、リサは考えあぐねていた。しずんでいたリサをナンパし、いきなり貴族だと言ってブランド品を買ってくれたが、怪しすぎる。 リサは本物の貴族とつきあったことがある。買ってくれるというから受け取ったが、ブランドの中でも一番メジャーで、だれもが持っているバッグだし、本物の貴族は、こんな生地の薄い、テカテカしたスーツなんか着ていない。 (アズラエルだって、もっと上質な、仕立てのいいスーツを着てるわ) ミシェルのスーツも、この男と同じように、着倒して、生地が傷んでいる。 それでも、この男を見るような冷めた気持ちは起こらなかった。 でもリサは、この男を追っ払う元気も、ないのだった。どうでもいいのだ。黙っていても、彼は勝手にしゃべりつづけ、勝手にリサにごちそうし、勝手にリサに貢ぐ。 (……やっぱり、ルナのところに、遊びに行こうかなあ) ルナが誘ってくれたときに、意地を張らずに行けばよかった。でも、なんだか気力がすっかりぬけてしまったように、リサは身動きが取れないのだった。 あちこち連れまわされたリサは、K12区の広いショッピング・センター街の広場の、ベンチに座っていた。いい天気だった。 彼はまだ、リサの耳を素通りする美辞麗句を吐き続けていた。リサの興味が薄れてきたのを見て、必死だ。 一瞬いなくなったと思ったら、缶ジュースを山ほど、リサの隣に置いていた。 貴族だというわりに、高価なブランド品を買い与えたあとは、缶ジュースか。やることがせこい。 「リサ、君をプロデュースしたい! ぼくはこれでも、アイドル事務所を持っていて――」 こんなセンスの悪い社長のアイドル事務所なんて、ごめんだった。 「いますぐにでも契約できる――契約金は、たったの10万デルからだ!」 新手の詐欺か――リサが苦笑気味に聞いていたとき、広場の向こうに、警官の姿が見えた。珍しいな、と思ってながめていると、まっすぐに、こちらへやってくるではないか。 「?」 男は、警官に背を向け、リサの真ん前で、熱心にしゃべっている。 気づいていない。 「カール・C・ラギー。詐欺容疑で逮捕します」 リサは、めのまえの男に、手錠がかけられるのを、あっけにとられて見つめた。なにせ、手錠をかけたのは、どう見ても、クラウドだったからだ。 「だいじょうぶですか。なにかだまし取られちゃいませんか」 リサの手を取り、顔を覗き込む警官の顔を見て、リサは仰天した。 「しっ!」 警官の服装をしたミシェルは――かつての恋人は、口の前にひとさしゆびを立てた。リサは慌てて口をつぐんだ。 「なにをするんだ! わたしは貴族だぞ!?」 詐欺師は、警察官――つまり、エーリヒとアズラエルふたりに引きずられていく。 「な、なに――」 ミシェルは、帽子を取った。 「どういうこと?」 リサの表情に、ミシェルは不思議そうな顔をした。 「知らなかったのか? アイツ、本物の詐欺師なんだよ」 「はあ!?」 なんだか怪しい奴だとは思っていたが、本物の詐欺師だったとは。 「リサは、なにもだまし取られてねえか? けっこう被害届が出てたんだけど、巧妙で、証拠がないから、なかなかつかまらなかったんだ」 「――!」 リサははっと気づいた。アズラエルたちが連行していった先に、本物の警官がいる。 「え? マジ、ほんとに?」 「ほんとに」 「どうして、詐欺師だとわかったの?」 「イマリがさ、アイツの被害に遭っていたんだよ」 「イマリが!?」 「それでな、イマリが、おまえが詐欺師といるのを見かけたってンで、連絡してきたんだ」 「イマリが!!」 リサの驚きようも、半端ではなかった。 「あいつ、貴族区画にある、株主の屋敷を、自分の家だって言って被害者たちに紹介していたらしいんだ。イマリもそれでだまされたって。でも、その屋敷は、株主が節税対策に買ったはいいけど、放置されてる物件で。なにも管理されてなかったんだって。その株主も、だいぶ長いこと、宇宙船には乗ってないし――カギもかんたんに壊されて、中に入れるようになってたって」 「ええっ!?」 そんなことがあるの、とリサは呆れた。 空き家にタヌキが住み着いていた、そういうことになるのか。 「それはじっさいのところ、不法侵入だから。それでつかまったってわけ」 「そ、そうなの――」 「リサ!」 ルナが走ってくる――ルナだけではない。すぐにレディ・ミシェルがルナを追い越した。リサは笑いたくなった。 いちばんに飛び出してきたのはルナなのに、みんなに追い越されて、一番最後にたどりついた。 「リサ――らいひょうふ、らった?」 「ルナ、息ととのえてから、話して」 リサは笑った。 「あたしは大丈夫だよ――そもそも、アイツ、今日あたしをナンパしてきたヤツだったし」 「え!?」 「そうなの!?」 みんなの驚き顔に、リサは、さっきまでのことを思い出して、苦笑した。 「うん。最後のあたりはアイドル事務所だの、おかしなこと言ってたけど、今日はバッグ買ってもらったり、ご飯おごられたくらいで、あたしはなんの被害にもあってない」 リサが両手を挙げると、だれもが顔を見合わせ、ほーっと息をついた。 「心配してくれたのね? ――ありがとう」 ちょっぴりうつむきがちになったリサが、泣いていた。 「ありがとう――」 リサの隣に座った警官姿のミシェルが、リサの肩を抱いた。そして、頭を撫でた。 すると、リサはミシェルに抱き付いた。 ミシェルは困り顔をしたが、リサを引きはがすようなことはしなかった。 |