『提案があるのだが』

エーリヒは、言った。

『詐欺師の身元も犯罪も、すぐ割れる――ちょっとこの状況を利用させてもらおう』

『利用?』

『ミシェルとリサ嬢に、最後の、話し合いの場を』

『――!』

『別れて数ヶ月、リサ嬢はルナと話したし、ミシェルもアズラエルと話した。それぞれの想いに、そろそろ変化が訪れているのでは? ルナの話では、数億分の一の確率の、赤い糸の相手とか――だとすれば、煮え切らないままで別れるのはよくないだろう』

エーリヒは腕を組んで、考え込むような顔をした。

『リサ嬢は迷っている。だとすれば、ミシェルが降りたあと、追ってしまうかもしれない。ミシェルとともに降りるのなら、ボディガードが着くから安全だが、彼女が一人で行動し、ミシェルを追うのは危険だ』

アズラエルとクラウドもはっとした。

『降りるならふたりのほうがいい。残るなら、きちんと決意したほうがいい。だが、周囲がおおげさに話し合いの場を設けても、うまくゆかんだろう――この場合は――』

『わかったよ、エーリヒ』

クラウドは、即座に理解した。

『利用させてもらおう』

 

 

シナリオを描き、警官のコスプレを提案したのはクラウドだった。彼らはすぐさま警察署へ飛んだ。アズラエルとグレンが、イマリたちの策略によって、宇宙船を降ろされそうになったとき、世話になった警官がいた。

彼に、詐欺師の話をすると、すぐに乗ってきた。

警察のほうでも、要注意人物としてマークしていたからだ。

あの詐欺師は、今日中に降ろされるだろう。

メンズ・ミシェルには、リサを助けるためだと告げて、協力を仰いだ。少し迷った顔をしたが、彼も、リサと話す最後のチャンスであると、わかったようだった。

警官の制服を用意してきたのはなぜかクラウドだったが、出所はだれも知らない。

彼らのシナリオに、警察も、渋々ながら協力してくれた。なにせ、クラウドの探査機は、警察署でもおおいに役に立っているからだ。

 

ルナたちは、リサとミシェルをふたりきりにしようと、ベンチを離れかけたが、リサが言った。ミシェルの肩に、顔を埋めて。

「――やっぱりあたし、ミシェルと一緒に行く」

ミシェルがおどろいた顔をしたのが分かった。

「リサ」

アズラエルはおもわず振り返ったが、クラウドが止めた。

 

「ダメだ――別れるって言っただろ。おまえもそれで、納得したじゃないか」

ミシェルの声は、揺れていた。――なんだ、こっちも未練タラタラじゃないか。

だれもが、すぐに分かった。

それではだめだと、ルナとレディ・ミシェルは顔を見合わせた。

男の方が迷ったら、負け。

恋に関して百戦錬磨のリサに、かなうわけはない。

 

「あたしを置いて行ったら、追っかけて行くからね」

「――リサ」

とうとう、ミシェルが顔を覆った。

「あたしは、あなたのラッキーガールなの。……そうでしょ」

 

 

 

9月も終わるころ、紅葉がうすく色づいてきた椿の宿に、ルナたちはいた。

リサとキラと、ミシェルとルナの四人で。

椿の宿の外観を見たとたんに、キラとリサは、歓声を上げた。

――はじめて、宇宙船内に入ったときと、同じ歓声を。

 

「うわあ~! すてきなところじゃない!」

「こんないい宿、内緒にしてたわけ?」

「あたしたちに教えてくれないなんて、ひどいよルナ!」

 

リサとキラは口々に言い、ウェルカム・ドリンクに際限なく歓声を上げた。

「ン、うまい! あたし好みのコーヒーだわ」

リサは特製ブレンドのコーヒー、ミシェルはおなじ特製ブレンドのアイスコーヒー、ルナとキラは、そろそろ出始めたバターチャイ。

「あたし、この味好きだな」

キラとルナは、あつあつのバターチャイを啜りながら笑いあった。

「もうすこし冷えてくると、紅葉が綺麗になってくるわよね……」

四人は、うっとりと、ロビーから見える中庭をながめた。

 

りんどうの部屋に通されて、リサとキラはふたたび黄色い歓声を上げ、ガラス越しに見える露天風呂、そして美しい星空の写真を撮りはじめた。

えらべる浴衣もアメニティの一部だ。ルナはもちろん、うさぎの浴衣を選んだし、残りの三人は、申し合せたようにネコ柄を選んだので、いっしょがイヤなリサとキラは、しぶしぶ、赤い花の模様と、黄色い小花柄を選んだ。

夕食は部屋に運んでもらい、おいしい和食に舌鼓を打ち、四人できゃいきゃい騒ぎながら大浴場へ。もどってくると、整然と、布団が敷かれていた。

離れたところに寄せてあるテーブルに缶ビールやらカクテル缶やら、スナック菓子を用意して、四人は、なにを話すともなく、夜の景色を眺めた。

 

「おまつりのとき、リサたちも誘ったのに、来なくてさあ……」

「夜の花火には行けなかったのよね。ミシェルとケンカ中で。月の女神の星守りは、いっしょに買いに行けたんだけど」

「あのウェルカム・ドリンクのコーヒー、うまかったわ。買って帰ろうかな」

「売店に売ってたよ」

とりとめのない会話がつづくなか、ルナは、ポテチをしゃくしゃくと食べながら、アホ面で、カクテルを飲んでいた。

 

「四人だけって、そういえば、宇宙船に乗った以来じゃない?」

三本目のビール缶を開けつつ、リサがぽつりとつぶやき、キラが口をとがらせた。

「あたしの結婚前に、K06区で、フレンズ・ドーナツ・パーティーしたじゃない」

「あ、そっか」

リサはすっかり、忘れていた。

でも、それだけ、不思議なくらい、四人だけでいた時間は少なかったのだ。

 

「宇宙船に乗って、はじめて遊びに行ったのが、K12区のファッションビル!」

「あのとき、楽しかったねえ……」

「ハイテンションで買いすぎたと思う」

「キラは買いすぎだと思った」

「だって、たくさんお金もらえたし、あのとき、金銭感覚崩壊してた、マジで」

「マタドール・カフェ見つけて来たの、リサだし」

「リズンは、ミシェルでしょ」

「フレンズ・ドーナツは、ルナ!」

「ルシアンは、キラ!」

四人は、意味もなく乾杯した。

 

「リリザも楽しかった! みんなで、レストランで乾杯したよね。ルナがぬいぐるみ買ってもらってさ、グレンに」

「あたし、リリザ行けなかったのが心残りだわ」

キラが嘆息すると、リサが小突いた。

「マルカで結婚式あげたじゃん!」

「そうだね……マルカは堪能したなあ。あちこち行ったし」

「E353もよかったよね!」

「ルナたちが泊まった水上ヴィラ、最高。うらやまし~!!」

「あたしも、じつはお城みたいなホテル泊まってきました♪」

「マジ!? どんなとこ!?」

リサがドヤ顔でバッグから出したミニアルバムに、三人は食い付き――思い出が、次から次へと、口から飛び出た。

 



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