「あたし、この四人で宇宙船に乗れたの、ほんとによかったと思ってるよ」

リサは、感慨深く言った。

急に、しんみりとした空気になった。

「――ほんとに、降りちゃうの」

リサとはケンカばかりだったキラが、半分涙ぐんで言った。おどろいたのはリサだ。

「ヤダ! 泣かないでよ。でも、うれしい。あたし、あんたに嫌われてたわけじゃなかったんだ」

「嫌うなんて――」

キラは目をこすった。

「そりゃ、ムカつくときもあったけど、四人で乗ったじゃない……!」

 

そうだ。

 リサにチケットが当たって、ルナの家に飛び込んできた。それから、キラもチケットが当たって、ルナを誘ってくれた。ふたりとも、ほかに誘える人がいなくて、さんざん悩んだ。けっきょく、ルナの友達ということで、ミシェルが行くことになったのだ。

 おととしの1414年10月にこの宇宙船に乗って、今年は1416年――早二年、たとうとしている。

 来年には、いよいよ、地球に着くのだ。

 

 「ほんとに、長いようで、みじかかったなあ……」

 リサは、つぶやいた。

 

 不思議な縁でそろった四人。リサが、ほかの友人を連れて行くと決めたり、キラがお母さんと乗ることを選択していたら、ルナとミシェルは、ここにいなかったかもしれない。

 

 「感謝しなきゃね。あたしを乗せてくれて、ありがと」

 同じことを考えていたのか、ミシェルは、リサとキラに言った。

 「ううん。あたしもさ、あのとき、よく考えたらママといっしょに乗ってもよかったんだけど、不思議なくらい、そのことを考えられなかったの」

 キラは、首をかしげながら言った。

 「でもけっきょく、ママも乗れたし――」

 「あたしもなのよ」

 リサも言った。

 「今考えると、あのとき、チケットが当たったショックで、わたわたしすぎてて、動揺してたのよね――あとから考えたら、ほかにも誘えるひといたのよ、あたし」

 「そりゃ、リサはいるでしょ」

 ミシェルは呆れ声で言った。

 「でも、あのときはね、なにがなんでも、ルナと行くと、そう思ってたの、あたし」

 リサは、思いにふけるように、窓の向こうを見た。

 

 「きっと、ルナを乗せるために、あたしにチケットが来たのよ」

 

 ルナはどきりとした。

 「あたし、そう思ってる」

 リサは言った。――確信を込めて。

 

 「サルディオネさんにも言われたけど、あたしは“美容師の子ネコ”。どこにいったって、美容師はできる」

 リサは、仰向けに寝転んで、天井を見上げた。

 「きっとまた、お金を貯めて、この宇宙船に乗るわ」

 

 

 『方法はある』

 リサがミシェルに着いていくと決めたのを、反対したのはアズラエルだった。だが、エーリヒもクラウドも、反対はしなかった。

 『リサがいっしょに行くのはやめたほうがいい。危険すぎる』

 アズラエルは譲らなかったが、

 『アズラエル、かならず、方法はある。ミシェルも、リサ嬢がそばにいれば、冷静に判断することもできるだろう。すくなくとも、投げやりにはならんはずだ』

 『俺もそう思うよ、アズ』

 クラウドもエーリヒの肩を持った。

 『リサがミシェルと一緒に行くっていうのは、すくなくとも、ミシェルの心理的には、無謀な行動のストッパーになると思う』

 アズラエルが、エーリヒとクラウドに理屈で勝てるわけはない。彼はお手上げといったふうに、両手をあげて、ソファに座った。

 『じゃあ、どうする?』

 『そのことなんだが、ララに相談して、マフィアのほうは、なんとかしてもらう』

 『ララが、無償で動くかよ――ルナのことでもあるまいし』

 『もちろんだ。無償じゃない』

 クラウドは、言った。

 『依頼金は、ミシェルが一生かけて、ララの組織に払うことになるだろう――だけど、命までは狙われない。ララがそうする』

 『……』

 『ルナちゃんのZOOカードや、ロイドの話から推測できることは、とにかく、ホックリーなる人物を、“牢屋から出せばいい”ってことだ』

 『そう、物理的に』

 『物理的?』

 エーリヒの言葉をアズラエルが復唱した。

 『ミシェルは、ホックリーの無罪有罪にこだわってない。こだわってるのは、“先生を、牢屋から出してあげなきゃいけない”ってことだ。つまり、ホックリーなる人物が、牢屋から出る姿を見れば、もしかしたら、ぜんぶ円満解決かもしれないんだよ』

 『――は?』

 さすがのアズラエルも、素っ頓狂な声を上げた。

 『そのあとホックリーが刑務所に入ろうが、裁判に出ようが、とにかく、ホックリーが牢屋から出る姿を、ミシェルに見せれば、すべてが解決ってことかもしれない――あくまで、俺とエーリヒの予想だけど』

 『ためしてみる価値はある』

 エーリヒはつづけた。

 『白龍グループのヤンという青年が、ミシェルの帰路に同行する。われわれの作戦は、つたえておいた。すべては、彼が現地で取り計らってくれるだろう』

 

 

 ルナは、エーリヒたちの会話を思い出していた。アズラエルは、まだ納得がいかない顔つきだったが、ララがマフィアをなんとかしてくれて、ヤンがついていってくれるなら、希望はあるのではないかという気はしていた。

 (けっきょく、ミシェルのことは、ZOOカードでは解決しなさそうだ……)

 ルナは、導きの子ウサギや、ジャータカの黒ウサギとも相談してみたが、やはり、動物の姿が出ていないカードは、動物の姿が出てくるまで、お手上げだという。

 アンジェリカの意見と、二羽の意見は、おなじだった。

 

 「せめて、アストロスで一緒に遊んでから、降りない?」

 キラの声に、ルナは考えごとから引き戻された。

 一日くらい、いいじゃない、とキラは言ったが、リサは首を振った。

 「ダメよ。ミシェルの裁判に間に合わなくなっちゃう」

 リサとミシェルが宇宙船を降りてL系惑星群に旅立つのは、アストロス到着とほぼ同時だった。

 

 ルナはふと気づいた。

地球行き宇宙船のカレンダーが、ゆっくりと、9月から10月へ変化しようとしている。

 アストロス到着まで、あと、10日ほどになっていた。

 

 



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