やっと、知り合いにぶち当たった。ニックは手を打ち、

 「そう!! ともだち?」

 「い、いえ、ともだちっていうのではないですけど、」

 アニタは、バッグから、ファイルを取り出した。そこには、歴代の「宇宙(ソラ)」が、毎号一冊ずつはさんである。

 「いつだったかな」

 探しまくったアニタが、やがて取り出したのは、リサが表紙の一冊だった。二年目の一月号である。

 表紙には、赤いワンピースを着て、モデルみたいにポーズを決めたリサの姿。

 ニックはおどろいて叫んだ。

 

 「リサちゃん、このパンフの表紙飾ったこともあったの!?」

 「うん」

 一年目も終わるころだったか、まだK27区にも船客がたくさんいたころだ。船客も船内役員も混ぜて、地区の美人&キュートな女の子とカッコイイ男の子のランキングをやったことがあった。

 そのとき、たしかリサは美人系女子二位だった。可愛い系女子三位までと、カッコイイ男子三位までといっしょに、表紙になってもらったことがある。

 アニタは、やっと思いついたように、もう一冊出した。

 「じゃあ、ミシェルちゃんって、この子か」

 二年目二月号は、ミシェルが表紙だった。ミシェルは、美人系女子三位だったのである。

 

 「そうだったんだ……」

 ニックはうなずき、二冊を見比べ、「ほんと、モデルさんみたいだなあ」と感動の声を上げた。

 「メイクとか、髪型も、ぜんぶプロにやってもらったんですよ。髪はヘアモデルもかねて、船内の美容師さんに無料で。服は協力してくれるブティックに、服の宣伝もかねてレンタル。メイクも、かけだしのメイクアップアーティストさんに、ぜんぶやってもらって」

 「すごいな」

 表紙を飾った子たちは、ファッション雑誌の表紙をかざっていてもおかしくない美人やイケメンばかりだった。

 ニックは、毎月の表紙を見ながら、

「ルナちゃんは、リサちゃんやミシェルちゃんの同乗者なんだ」

 「……あ、わかった。なんとなく、わかったぞ」

 アニタは、記憶を探るような顔をした。

 「ケヴィンが、好きだった子だ」

 「ケヴィン?」

 「ウチのサークルのコラム担当だったんだけど、作家になるってんで、降りちゃったの。――そうか、あのルナちゃんか、そうか、そうか――え?」

 「え?」

 「まだ乗ってるの!?」

 アニタが絶叫顔で突っ込むと、

 「乗ってるよ」

ニックは苦笑した。

 「ルナちゃんの周囲の人間しか、残ってないって言った方が正しいね」

 「うそ! じゃあ、リサちゃんも、――え、じゃあ、スーパーにいた、あのマフィアみたいな入れ墨オトコがアズラエルっていうひと!?」

 「マフィア!」

 ニックもボッフオ! と噴いた。

 

 「乗ってるんだ……」

 ニックの暴発には気付かず、アニタはつぶやいた。

 「え、じ、じゃあ会いたいな……あたし、もうみんな仲間が降りちゃって、ともだちいないんだ……」

 先ほどまでの勢いがなりをひそめ、友達になってくれるかなあ、と多少気弱な顔をしたアニタに、ニックは優しく言った。

 「問題ないよ。ルナちゃんたちとは、ぜったいいい友達になれるさ」

 ニックは、右手を差し出した。

 「なんなら、まずは僕と友達になろうよ」

 「……!!」

 アニタが、これ以上ないくらいうれしげな顔で、差し出された手を両手で握った。

 「なります! ならせてください!」

 

 急にコンビニ内に光が差したと思ったら、車のライトだ。ニックが呼んでくれたタクシーが到着したのだった。

 アニタは、ニックの手を両手でぶんぶん振りながら、立った。

 「いや、もうほんと、お休みの最中、すみませんでした。取材はあらためて来ます」

 何度も頭を下げて、レジに紙幣を置いた。

 「いいよ。外で待たせちゃったお詫びだし」

 「そんな! そういうわけにはいきませんよ! 置いていきます! ウチのフリーペーパーも置いてもらってるし!」

 アニタは断固として、紙幣をレジに置いた。

 「そう。じゃ、おみやげあげるね」

 ニックは、さっきのトロピカル系カップ麺を、アニタに持たせてくれた。おまけに、外まで、見送りに出てきた。

 「今度は、フリーペーパー持って、遊びに来ます!」

 「うん。よかったら、来月から、ウチのコンビニの広告も出してよ」

 「ニックさん……!!」

 アニタは、ふたたび涙目で彼の両手をにぎった。

 「マジありがとうございます!!」

 「アストロス出航後、一週間ぐらいまでは休みだけど、それ以降は、いつでもヒマになるから、また来てね」

 「ブフォー! うれしいですほんとありがとう!」

 タクシーの窓から身を乗り出して手を振るアニタは、「さっきのラーメン、七味いれるとたぶん美味しいですよー!」が別れの言葉だった。

 ニックも、両手を振ってお別れした。

 

 (なんていいひとなんだ……!)

 ニックさんみたいな人を彼氏に持った人は、しあわせだろうなとアニタは、タクシーの中で考えた。ふたたびゾウの鳴き声みたいな音で鼻をかみながら。

 (でも、あたしがいいなと思った人だから、たぶんゲイだ!)

 ニックは、抗議してしかるべき疑いをかけられていた。

 

 (いいこだったなあ)

 ニックも、アニタには、彼氏がいるのだろうなと思っていた。あんなに可愛い子なのだから。そもそもニックは、六十代から下は、対象外である。二十七歳のアニタは、見かけだけならお似合いだが、対象外だ。

 (ラグ・ヴァーダの武神との戦いがすんだら、僕にも、アニタちゃんみたいな彼女ができるかなあ)

 ベッタラも、セシルとネイシャという、運命の相手と出会ったことだし。

 (しかし、どうして、あれだけルナちゃんと好みも、行動パターンも似ていながら、一度も会えなかったんだろ)

 

 ニックはまさか、それが“自分のせい”だとは、まったくもって、思いもしていなかった。

 ――今のところは。

 

 雨はすっかり止んだが、曇り空のまま、夜に突入しそうだった。

 もうすぐ、星守りそっくりの群青色の宝石が、夜空に浮かぶ。

 地球行き宇宙船のアストロス到着は、目前に迫っている。

 

 



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