「意味のあるなしじゃなく、あたしは乗りたいから乗ってるんだバーカ」 何度、それをいって(しまって)、貴重な取材先を失ったかしれない。 「おまえは編集長だから、ただでさえ、いろんな奴らに遭ってイヤなことも言われるかもしれねえけど、くじけるな」 クシラは言った。 「船客に、地球にたどり着くのをあきらめさせるようなことは、担当役員も船内役員も、ぜったい言っちゃいけねえことなんだ」 でも、その決まりを守っている役員は、少ないのが現状。この特別な宇宙船の役員だということで、妙な選民意識を持っている連中もいる。 アニタに、さっきのようなもっともらしいことを言って、宇宙船を降ろそうとする連中がそうだろう。 最初の航海で地球に着けなかった役員は、最初から地球に行けた役員を嫉妬して、アニタに言うようなことを平気で言うようになると。 アニタはくじけなかった。降りなかった。仲間が全員降りても、門出を祝って、いっしょに降りようと誘われても、降りなかった。 有名な出版社から、「編集者としてウチで働いてみないか」と声をかけられたときでさえ。 ケヴィンがいるL52のバートン社からも、声をかけられた。 でもアニタは降りなかった。 たったひとりになっても、地球に着くまで、無料パンフレット「宇宙(ソラ)」は発行し続ける。 この、地球行き宇宙船で。 「現に、たったひとりになっちまったけど、ですけれども……」 アニタははかない笑みをこぼした。 パンフレットのタイトルを、「宇宙(ソラ)」にしたとき、船内のある喫茶店と名前が被ったことに気づき、アニタはおそるおそる謝りに行ったが、彼はパンフレットにその名前をつけることを許してくれた。そこが最初の取材先。 ソラの店長、クシラはいい人だ。イケメンだし――カレシいるけど。 「そう! カレシいるけどね!!」 アニタはせつなく、豪快に笑った。そんなアニタを、周りの人々が不気味そうにながめていく。 アニタには確かに、運命の相手はいなかった。 アニタに、いつまでも「運命の相手」が現れないことが、彼らのよけいな――よけいとしかいえない、お節介を増長させている原因でもあった。 でも、アニタがちょっとでも好きになった人は、いつも恋人がいるのだ。 クシラしかり、ルシアンのカブラギしかり。 「運命の相手が現れないってことはね――あなたが、この宇宙船に縁がないって証拠なのよ」 それをいわれたときには、さすがに怒りを通り越してヘコみ――その日はさすがに酔った。へべれけに酔ってカブラギにこぼしたら、そのバーの女バーテンダーは、次の日、宇宙船からいなくなっていた――もちろん、バーは閉店していた。 あのときはさすがに驚いたが、カブラギが味方をしてくれたことに間違いはない。 しかし、彼はいつでもアニタを励ましてくれるが、恋人ではない。 (ああ――ふたりともカッコいいのに) ゲイである。女は、恋愛対象ではない。 おまけに。 アニタの豪快さとパワフルさに、たいていの男は怯む。悲しむべきことに、傭兵でさえもだ。 その筋の男ですら、アニタの勢いには怯むか――女あつかいしてもらえない。 だいたい、お笑い要員で終わる。 でも、運命の恋人欲しさに、この宇宙船に乗ったわけではないから、どうでもいいとアニタは割り切っていたが――カレシが欲しくないわけではない。 「ソラ編集部」のみんなが、運命の相手を見つけて、結婚したり降りたりしているのに、アニタだけは、一番出会いがありながら、出会いに恵まれない女だった。 「いや! 地球に行くぜあたしは――くじけねえぜ――」 ぶつぶつ言うアニタは、リズンが長期休業中であったことによって、「宇宙(ソラ)」へ向かうのだが、そこも定休日であった。おまけにルシアンも定休日で、年中無休のはずのラガーでさえ、なぜか今日は「臨時休業」だった。最近、ラガーは休業が多い。 もんどりうって、ほかの店さがしをはじめたところで――マタドール・カフェは、昼間、アニタの知り合いで埋め尽くされるので、行きたくない――アニタは、一日何十回となくひらいている、日記帳――取材帳を取り出した。 「ポムポム・カフェも、毬色も、あの三人組がいるかもしれないし……」 どちらも、リズンに並んで、K27区で人気のカフェだ。店長たちは好きだが、さっきの奴らとまた会いたくはなかった。 (しかたがないから、チェーン店のコーヒースタンドにでも行くか) そう思いながら手帳をひらきかけたアニタ。 「アストロス到着がちかいな。そういえば」 次回のパンフレットのメインテーマはアストロスに決まっている。アストロスでは、持ち金の許す限り、あちこちまわって取材するつもりだった。 パンフレットの印刷代は、広告料で、なんとかできている。ソラやマタドール・カフェ、ルシアンなど、船内の店の広告をパンフレットに載せることで、ある程度の収入がある。が、取材費まではまかないきれなかった。 でもアニタは、フリーペーパーを、有料にする気はなかった。 「あ、そうだ」 今日の行き先を考えていたアニタは、歩道のど真ん中で、宇宙船のパンフレットを広げた――乗船時に、だれにもくばられる、宇宙船の案内パンフレットである。図鑑のような厚さの――。 開いた瞬間に、アニタは思いついたのだった。 山奥の、コンビニエンスストア。 L系惑星群で全世界展開されている「グリーン☆マート」。アニタがなかなか、取材に行けていない店のひとつだ。 なにしろ、あのコンビニは、アニタが行くときは、いつも閉められている。 トイレだけは解放されているし、閉店しているわけではないのだろうが、アニタが行くと、いつもやっていない。 「行ってみるか……」 アニタが、シャッターが下りているコンビニのまえで、ガックリと膝をつくまで、あと三時間。 |