「よおし! ドンとあたしに、まかせときな!!」

 メスライオン・エマルは激しく胸を叩いた――ゴリラのように。デビッドも、冷や汗をかいていたが、

 「激戦区か……腕が鳴るぜ」

 そうつぶやいたあと、弓矢を見て眉をへの字にした。

 「最激戦区に連れてく相棒にしちゃ、ちょっとたよりねえなあ」

 デビッドは、長年連れ添った相棒である狙撃銃も持っていくのだが、いざ戦闘になったときに、相棒となったのは、弓矢のほうであった。

彼はそれを、まだ知らない。

 

 「それから、オリーヴさん、ベックさん、ボリスさんは、サスペンサー大佐の部隊の後方に控えてください」

 「後方?」

 「ええ。エマルさんとデビッドさんは、常に部隊の前方にいるように。オリーヴさんたちは、後方――しかも部隊から百メートルくらい離れた位置で、状況を伺ってください」

 「え?」

 「サスペンサー大佐が陣を敷くあたりは、広大な平地です。……さえぎるものがないから、前線の様子は、ぜったいに観察できます」

 「い、いやでも……」

 ベックの戸惑いに、アントニオは断定した。

 「“見えます”。かならず」

 「……」

 「そのでかい目印が現れてしまったら――いいえ、光のマス目が広がってきたら、一目散に逃げてください。ぜったいに、マス目の中に入っちゃダメです」

 

 「……どういうこと?」

 オリーヴも、さすがに、ポテチをつまむのをやめた。

 「逃げて、逃げて、マス目が届かないところまで来たら、待ってください。――そして、逃げ遅れた――いいえ。生き残ったひとが出たら、彼らを連れて、撤退してください。フライヤさんのところまで」

 「――は?」

 「そして、見たものを、そのまま、報告してください」

 アントニオは、苦渋に満ちた顔で言った。

 「俺も、“シャトランジ”の全容は知らない。説明できるのは、これくらいしか……」

 

 「シャトランジ――」

 メフラー親父が、つぶやいた。

 「サスペンサー大佐の部隊が逃げることができたなら、さいわいだ。だが、おそらく、シャトランジが起動されたとたんに、逃げ場を失うでしょう」

 「ちょ、え、じゃあ、母ちゃんは!?」

 オリーヴが母親の腕にすがったが、

 「エマルさんとデビッドさんのお二人は、おそらくだいじょうぶです」

 「おそらく!?」

 アントニオも、言葉を必死で選んでいた。

 「その星守りが、お二人を守る」

 ふたりは、ふたたび、すがるように星守りをその手で握った。

 

 「ちょお、待て」

 メフラー親父が、アントニオの言葉を止めた。

 「おまえさんが、わしらを怯えさせんために、説明しようとしとるのは分かる。だが、わしらはL03でも、L4系でも、原住民と戦ってきた」

 「親父さん……」

 ボリスが、メフラー親父を支えて、立たせた。

 「隠さんで、ぜんぶ言え! そうでないとワシらは動かん――そのかわり、おまえさんのいうことは、ぜんぶ信じる」

 「……」

 「ぜんぶ、信じる。どんな、荒唐無稽な話でもな――だから、正直に、ぜんぶ話せ」

 メフラー親父は、じっとアントニオをにらみ据えた。根負けしたのは、アントニオだった。

 「まいったな……」

 アントニオは目を閉じた。そして、額に汗を浮かべながら、重い口を開いた。

 「では――すべて、お話します」

 

 

 

 オリーヴは、いまだに、アントニオの話をぜんぶ飲み込めていなかった。オリーヴだけではなく、ほぼ全員だ。

 ポーカーフェイスを保っていられたのは、メフラー親父くらいなものだったろう。

かつてないほどに、過酷な任務だということは、オリーヴの脳みそでも、理解していた。

アマンダは、息子をL18に置いてきたことを、これほどよかったと思ったことはなかった。デビッドは、もっと妻を抱いておけばよかったと心底思って抱きしめた――めずらしく、ツンデレ妻は抗わなかった。

ボリスは、アダムに、「アダム・ファミリー」を継げなくなるかもしれないことを心の中で詫び、手紙を書いておくかどうか、迷っていた。

ベックは、L18の恋人のことを考え、オリーヴは、なにがなんでも任務に向かうまえに、スタークとフライヤに会うと決めていた。

まったく死ぬ気がしていないのは、エマルだけだった。

 

 アントニオが去ったあと、すぐにエマルとデビッドは、サスペンサー大佐の部隊と合流するために、ガクルックスに向かった。

 ふたりは一足先に、ガクルックス本部にそろそろもどるだろうスタークの顔を見てから、最北端の駐屯地へ向かうといって、旅立った。

 オリーヴたち三人は、明日、バスコーレン大佐の部隊に合流するアマンダとメフラー親父とともに、最後の晩餐ともいえるべき夕食を取った。

 

 沈鬱な傭兵部隊は、警察署の外に見える商店街をながめた。

 彼らがアストロスに着いた時点では、まだ活気があった街並みだった。住民全員が避難してしまって、いまや、シャッター街と化していた。レストランも閉店しているので、彼らが口にするのは、もっぱらレトルトばかりだ。

 アストロスに着いたら行こうと思って調べていた、有名なピザ屋も軒並み閉店していたことを知ったときのオリーヴとベックの絶望と言ったら、なかった。

 ピザのために、メルヴァへの戦闘意欲を倍増ししたくらいだ。

 

 「シャトランジ、なあ」

 レトルトのカレーをつついていたメフラー親父が、ぽつりと言った。

 「知ってんのかい。父ちゃん」

 アマンダがカレーをすくうスプーンを止めて、聞いた。

 「昔なあ、ヤマトのコルドンに聞いたことがある」

 「マジ?」

 オリーヴとベックが、そろって身を乗り出した。

 「L03の長老会がよう、“すべての戦を支配できるまじない”かなんかで、軍事惑星を支配下に置こうと企んでたって話でよ、」

 メフラー親父は、「昔話だ」と言い置いた。だがみんなは、真剣に聞いていた。

 

 「さっき、アントニオが、それっぽいこと言ってなかった!?」

 オリーヴは叫んだ。

 

 「シャトレンジっつうやつかどうかはわからん」

 メフラー親父は、カレーの辛さに顔をしかめ、甘い野菜ジュースを飲んで安心した顔をした。

 「父ちゃん、シャト“ラ”ンジな」

 アマンダが言いなおした。メフラー親父は、「うん、シャトレンジ、シャトレンジな」とつぶやき、

 「でも、そういうまじないは、ほんとにあった。あの辺は、そういうの、よくあるだろ」

 「よくあるって――」

「それでよ、そのまじないに立ち会った王宮護衛官は、みんないなくなっちまったって」

 「……口封じに消されたってことですか?」

 ボリスが聞いたが、メフラー親父は首を振った。

 「違えよ――みんな、一瞬で、死んじまったって話だ。その、シャトなんとかで」

 みんなのスプーンが、止まった。

 「みんな“つぶされちまって”よ。――地獄絵図だったって話で」

 

 



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