「なに言ってんだい! いくらピエトがしっかりしてるったって、十二歳の子どもに、ひとりでアズラエルを迎えに行かせるっていうのかい!?」

 アズラエルたちは、まっすぐE353に向かっている。

 ミシェルの裁判のために、帰路を急いだ航路なので、星をまめに経由しては行かない。

 ここからちかいE002ならまだしも、たった十二歳の子どもを、アストロスからE353まで、ひとりで行かせる親など、どこにもいない。

 

 だが、レオナの剣幕を、エーリヒは冷静に止めた。

 「最良の選択だと思うが」

 クラウドはピエトをそばに呼んで、言い聞かせた。

 「ピエト、俺たちは行けない。任務があるし、おそらく俺たちの言葉は、アズラエルは聞かない。でも、君なら連れてこられると思う。なにせ、“導きの子ウサギ”なんだから」

 レオナは黙った。

 「ピエト、この任務は君に任せた――できるね?」

 ピエトは、鼻息も荒く、うなずいた。

 

 「そうだな、まずピエトの出航許可証をもらわなきゃ。セルゲイ、カリムに連絡してくれる?」

 「わかった」

 セルゲイはすかさず、電話に向かった。

カリムは、あたらしいピエトの担当役員だ。22歳の新米役員で、K19区の子の担当ではなく、L56に本社を構える財閥の息子という情報しかない。まだほとんど面識はなかったが、タケルの話によれば、好人物であることは間違いなかった。

 

「それに、アズラエルの代わりに、ミシェルのボディガードになれる人物を」

 「そちらは、ヤンが二日遅れでアズラエルたちの後を追っているはずだから、任せよう。ピエトは今日中に向かいたまえ」

 セシルが、ピエトの背を押した。

 「ピエト、部屋にもどって、小旅行の準備をしてこよう」

 「うん!」

 おとなたちは、ピエトが着替えをボストンバッグにつめこんでいるうちに、アズラエルたちの場所を探査機で把握し――探査機に映るということは、まだ、さほど遠くへ行っていないということだ。さいわいにも、帰路のコースは把握してある。クラウドはエーリヒとともに、ピエトが間違いなく宇宙船を乗り継いで、アズラエルのもとに向かえるよう、ピエトの携帯に、乗り継ぎルート表を作成した。

 

 「カリムさんが、出航許可証と一緒に、アズラエルがいる場所までの宇宙船のチケットも、購入してくれるそうだ」

 セルゲイが、電話から戻ってきた。

 「それで、事情を説明したら、カリムさんも、ピエトと一緒に行ってくれるって」

 「ほんとかい!?」

 レオナもセシルも、ほっとした顔をした。だれがなんと言おうと、子ども一人で行かせるのは、心配だった。だが、みんな、それぞれ任務があるので、宇宙船を離れられない。

 

 カリムが屋敷に到着したのは、ぴったり二時間後だった。

 「お話は、うかがいました」

 カリムは言った。

 「ミシェル・K・ベネトリックス氏は、マフィアに狙われているとかで――ピエト君ひとりでは危険だと思います。接触するまではいいでしょうが、そのあとが。それから、ヤンさんは、仕事の都合で、宇宙船を出発できるのは、明日になってしまいます」

 「仕方ない。急なことで、引き受けてくれたヤンにも感謝しなきゃ」

 クラウドは嘆息しつつ、カリムと握手をした。

 「じゃあ、カリム。ピエトをよろしくお願いします」

 「ええ。無事にアズラエルさんを連れて、ピエト君と一緒に、もどってきます」

 

 「ピエト、気を付けていくんだよ」

 屋敷のママふたり――レオナとセシルは、最後まで、心配そうにピエトのバッグやらなにやらチェックして、忘れ物はないかどうか、たしかめた。

 「じゃあ、行ってきます!」

 

 ピエトとカリムがシャイン・システムに乗るのを見届けた皆は、屋敷にもどった。

 「――ルナ!」

ルナが起きていた。大広間に、ぽつねんとたたずんでいる。ミシェルが駆け寄ると、

 「ピエト?」

 ルナがよろよろと、ピエトの姿を探していた。

 「ピエトは?」

 「ルナちゃん、大丈夫だよ」

 セシルとレオナが、ルナを抱きしめた。そして、レオナが、しゃがんでルナの顔を見て言った。

 「アズラエルのバカ野郎は、もうすぐ帰ってくるよ」

 ミシェルが、ピエトがカリムと一緒に、アズラエルを迎えに言ったことを教えると、ルナは仰天し、目を丸くしてから――ぽろぽろと涙をこぼした。

 「ピエト……」

 ミシェルも、ルナを励ますように、両手をにぎって、力強く言った。

 「ルナ。ぜったい、ピエトはアズラエルを連れてくるからね。だから、安心して待ってるんだよ?」

 ルナは、顔をくしゃくしゃにして泣き、うなずいた。

 

 地球行き宇宙船は、あと九時間で、アストロスに到着しようとしていた。

 運命が交差する瞬間が、来ようとしている。

 

 

 

 そのころ、一足早く――二ヶ月前にアストロスの現地入りをすませていたベンは、アンダー・カバーのアジト付近に潜伏していた。

 ジュセ大陸のバーダン・シティの町はずれである。

ベンがアストロスに降り立って、まずおどろいたのは、ナミ大陸からはほとんど一般市民が消えうせていて、ジュセのほうは避難民であふれていたことだった。

 

(これは、地球行き宇宙船が着いても、観光どころじゃないな)

地球行き宇宙船がアストロスに到着後は、船客は全員、宇宙船のメンテナンスという名目で、ジュセ大陸のメンケント・シティに降船させられることが分かった。

風光明美で、季節感なく、年中花の咲き乱れる、ジュセ大陸の観光地である。

船客は、ナミ大陸の方で起こっている危機的状況とは関係なく、ひとつきの観光を終えて、宇宙船にもどる。

そもそも、船客自体が、いまでは二~三十人しか残っていないという話だった。

 

 アンダー・カバーの三人は、ジュセ大陸のほうで見つかった。最初から、そちらの大陸で暮らしていたようだ。

ベンは、ナミ大陸のほうでなくてよかったと安堵していた。

 あちらは厳戒態勢に置かれていて、軍人ばかりがうろついている。ベンの顔を見知った者にでも出くわしたら、めんどうだった。

 一応、ナミ大陸の地理も把握はしてある。

 

ケンタウル・シティを中央に、南にサザンクロス・シティ、東にアクルックス、西にガクルックス、と巨大都市がならび、北にジュエルス海を経て、その奥に、マーサ・ジャ・ハーナ遺跡のある、古代都市クルクスが存在する。

現在は、ケンタウル・シティが首都となっていて、クルクスは古代遺跡として観光地化されている。

クルクスを守るのは、二対の巨大石像、アストロスの武神――ジュエルス海からも見える二神の石像は、空をむいてそびえたっている。

アストロス神殿がある、サルーディーバ遺跡記念公園は、観光地として一般客が入れるが、クルクスを囲むエタカ・リーナの山岳は、峻険すぎて、ひとを寄せ付けない場所である。

この程度のことは、アストロスのスペース・ステーションの観光パンフレットに、過不足なく記載されている。

 

(それで、そのエタカ・リーナ山岳に、メルヴァの大軍がある、と)

エーリヒは、とくに細かい報告をのぞまなかったが、律儀なベンは、まめにアストロスの情報を、エーリヒに送った。アストロスの最新情報である。それは、エーリヒとクラウドにとってもだいぶ助かっていた。

 



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