ブルーライトだけがついているアトラクション内に、コンピューターグラフィックスの、「シャトランジ!」の対局表ともいえるべき画像が、壁面に浮かび上がっている。 アントニオは、対局表を見上げた。 「これが、改造後のシャトランジ! か……」 デジタル画像の星守りが両脇にならび、チェスとシャトランジの駒の名、その駒となる人物の名が、ずらりとならんでいる。 あいかわらず、エーリヒの対局席から見下ろせるように、チェスの盤が敷かれているのは変わりがない。 「相手は、メルヴァの八騎士か――!」 アントニオは身震いした。王宮護衛官の中でも、文武両道の猛者たちばかり。このなかでは唯一の女性であるピャリコも、いかつい王宮護衛官たちに並んで遜色ない体格と、剣の腕を誇る女剣士である。 それに立ち向かうのは、デビッドにエマル、ニックとベッタラ、イシュメルとノワ。 (イシュメルとノワのリカバリを急いだのは、このためだったのか) アントニオは、やっと腑に落ちて、ちいさく嘆息した。 「おかしいな……ポーンがないぞ」 シェハザール側のシャトランジには、ハイダク(歩兵)が、シャー(王)の駒の前方に八基、ならんでいるというのに、エーリヒ側のチェスには、歩兵にあたるポーンが、ひとつもなかった。 「それに、メルヴァのジャマル(ラクダ)……」 メルヴァだけは、サザンクロスにいることが――とりあえず分かっている。 サスペンサーにそれを告げたことで、サザンクロスにも調査隊が向かっただろうが、おそらく間に合うまい。 ジャマル(ラクダ)の動きは、チェスのクイーンのように、斜め四方に、どこまでも動ける駒である。 サザンクロスから、アクルックスを縦断し、クルクスに入るルートが、まるで障害物のない、「ジャマル(ラクダ)」の動きのようだ。 ひといきに、右斜めに突撃し、バスコーレン大佐がまもる市街地へ――そこから、左方向へ、ななめに走りぬき、クルクスへ。 「……」 アントニオは、賢者でもなければ英知ある動物でもない。じっさいの勝負は、エーリヒにまかせるしかない。 「そういや、ルークのイシュメルには、星守りがないな……」 不思議そうに、ふたたび対局表を見上げたアントニオは、ようやく気付いた。 「――え?」 アントニオは、目を疑った。 「シップ……?」 キングの座にあるのが、「ship」――つまり。 「地球行き宇宙船が、キングなのか!?」 「そうみたいなんです」 いっしょに対局表を見上げていたセルゲイが、やっとつぶやいた。 最初の予定では、キングにして「アリーヤ(棋士)」がエーリヒのはずだった。 「でも、どちらにしろ、エーリヒさんは、ここで対局をすることになりますし、あながち、間違いでもないと思います」 「それにしたって――宇宙船がまるごと、キングだなんて」 相手にとっては、この宇宙船を滅ぼすことが、「シャー・マート」、つまり「チェック・メイト」とおなじ意味になるのか。 「……」 アントニオは言葉を失って、コンピューターグラフィックスを見上げるだけだった。 「俺は、これを見てもさっぱり意味がわからないんだけど、夜の神が言ったことを、そのままお伝えしますね」 セルゲイは前置きした。 「それぞれ、星守りを身に着けて、それぞれの星と神の守護を得て、駒になるわけです。だからつまり、太陽の神と昼の女神が発動してないと、それらの星守りを持った駒は、加護が弱くなるから、夜の神と月の女神の駒とあたれば、確実に負けるっていうんです」 「――あ、そうか」 アントニオは、はっとした。 「それは相手にとっても同じだけど、もし盤上で、こうなったら」 セルゲイは指をさした。
「エマルさんのほうが、確実に負けます」 「……!」 アントニオは、頭をかきむしった。 「それは、逆に言えば相手側も、オレンジは、黒に弱いってことですけどね――星々の場合は、どう作用するか、夜の神もわからないと言っていましたが、すくなくとも、力関係はこうなってしまうから、やはり太陽の神様も、真昼の女神さまも発動したほうがいいということです」 「ああ~! やっぱりそうしなきゃダメか!」 せっかく、夜の神をおさえなくて済むと思ったのに! アントニオの絶叫は、無理もなかった。 彼がいちばん心を砕いてきたのは、地球行き宇宙船の安否なのだから。 この船で太陽の神を発動させるしかない。アストロス内で太陽と夜の力を拮抗させるわけにはいかないのだ。 四神にくわえて、アストロスの武神ふた柱――ひと柱になるかまだわからないが――おおきな力が加わることになる。 アストロスも、地球行き宇宙船も、持つかどうかが心配だった。 船客も船内役員も、できるかぎりアストロスに避難させる。 そして、真砂名神社でイシュマールたち神官、K33区で、マミカリシドラスラオネザひきいるエラドラシスの呪術師、K25区でサルーディーバ、K21区で、呪術師の前世をリカバリし、さらに八転回帰で力を増幅したセシルが、燃え上がる太陽の火から、船員たちをまもる。 さらに、百五十六代目サルーディーバの予言の絵、ミシェルが描いた二枚目が、いざというときは、船の運命を背負って燃えるよう、術をかけた。 そこまでしても、完璧なる安全は、保障されない。 「アントニオさん」 セルゲイが今度は、はげますように彼の肩に手を置いた。 「でも、夜の神をおさえることに気を取られなければ、まだコントロールもしやすいんじゃないでしょうか」 「……そ、そうかも」 アントニオは、かきむしって、これ以上モジャモジャになりようもない髪のまま、ふらふらと立った。 「お互い、胃がいたいね……」 アントニオは遠い目をして笑い、セルゲイも、なんともいえない笑みをこぼした。 「ほんとですよね。夜の神様、俺になんて言ったと思います?」 「だいたい想像つくよ」 「“アストロス、地球よりちょっとちいさいから、割れたらゴメン”だって」 |