フライヤが、ガクルックス南端にある、本部駐屯地にもどることができたのは、地球行き宇宙船がアストロスに着く、前日だった。 駐屯部にはいったとたんに、嵐のような出迎えが、フライヤを待っていた。 「サザンクロスの報告を――再調査をしましたが、メルヴァの所在はまだ、」 「中央アストロス陸軍本部から、弾薬補給の要請が、」 「サザンクロス西のヤータナ地区の避難が終了したとのことです」 スタークともう一名が、報告を流し聞きしながら、足早にフライヤを追って、建物内に入った。 「フライヤ総司令官!」 最後にフライヤを出迎えたのはサンディ中佐であり、彼女も焦っていたが、フライヤも焦っていた。 めずらしくもフライヤは――この総司令官らしからぬ総司令官は、サンディの言葉をさえぎって、いちばん言いたかったことを、怒鳴った。 「いますぐガクルックス最北端のサスペンサー大佐に伝令を! マルメント山地より下方に下がり、ガクルックス北端のサムルパ街に待機せよと!」 サンディは固まった。 「先日ここにきた、アントニオという方が、おなじことを」 「クルクスに行って正解でした!」 フライヤは、布にくるまれた石板らしきものを抱えていた。サンディが、それを石板だとわかったのは、布がすこしめくれて、中身が見えたからだった。 それがなにか、聞きたい顔をしながら、べつのことを聞いた。 「なにか、わかったことがありましたか」 司令部に急ぎながら、フライヤとサンディは話をした。スタークともう一人の部下が、両手に報告書を抱えて、ついてくる。 「ええ! わかりました」 フライヤはぴたりと止まり、青ざめた顔で、サンディを見つめた。 「アストロス全域を調べ、クルクスに行き、わかりました! なにも打つ手がないということが!」 「――なんですって?」 「作戦を、ぜんぶ撤回します!」 「ちょっと待って」 サンディは、フライヤの腕をつかんだ。 「どういう意味です!」 「作戦はすべて撤回します。人命が最優先。もちろん、わたしたちもです」 フライヤは、サンディに向かって言った。 「とにかく、わたしたちにできることは皆無です。アストロスの一般市民を守るしか、することはないかもしれません。あとは、宇宙船の特殊部隊に任せるしか――」 サンディは、スタークと、もう一名も見た。ふたりも、真剣な顔でサンディを見返し、うなずいた。 「一時間後に、軍議を。そのまえに、サスペンサー大佐を、呼びもどします」 「フ――フライヤ、」 サンディは、慌てて言った。動揺のあまり、いつもの口調にもどってしまった。 「とにかく、あなたの言いたいことはわかった。だが、こちらも、厄介なことになっている」 「――え?」 「フライヤ! フライヤ・G・メルフェスカ大佐!!」 廊下の端までひびきわたるような大音声だった。背の高い、大柄な女将校が、大股でこちらにやってくるのを、フライヤは見た。サンディの顔つきを見て、「厄介」の正体が分かった。 「――マクハラン少将」 アストロス手前の人工エリア星E002に待機しているはずの、マクハラン少将である。 なぜ彼女がこんなところにいるのか訝しんだフライヤだったが、すぐに、彼女の剣幕から、最悪の予想を導き出した。 「貴様いったい、なにをやっている!!」 フライヤとサンディ、ほか二名は、敬礼し、廊下の端に移動して頭を下げた。 フライヤはすかさず言った。 「アストロス全域を調査しておりました!」 「貴様がやることではない!!」 マクハランは一蹴し、サンディがなにか言おうとしたのをさえぎり、さらに怒鳴った。 「この九ヶ月! なにをしていたのだ! たかが王宮護衛官の残党風情に!」 「申し訳ありません――ですが、」 「サンディ、貴様がついていながらなんだ!」 「はっ! 申し訳ございません!」 「なぜ、いつまでも、メルヴァを逮捕しない!!」 マクハラン少将が来たのは、九ヶ月も動きのない「メルヴァ討伐軍」の行動に、業を煮やしたからだった。 まもなく地球行き宇宙船がアストロスに到着する。地球行き宇宙船を護衛し、船客や船内の住民の安全を守っているのはL20であり、できうることなら、メルヴァの逮捕は、地球行き宇宙船がアストロスに到着する前に成し遂げるのが、最優先事項だったはずだ。 「マクハラン少将のおっしゃることはもっともですが、作戦はすべて、わたしに一任されております!」 サンディもスタークたちも、フライヤの口から出た言葉に驚いていた。かつてのフライヤからしたら、信じられない勇気だった。フライヤは、緊張で顔を真っ赤にしていたが、そう怒鳴り返した。 マクハラン少将のこめかみがブチリと切れる音が、サンディにも聞こえるようだった。 「生意気を言うではないか、傭兵風情が……!」 その言葉に、サンディとスタークの間にも、緊張が走った。 貴族軍人のマクハランは、ものすごい目で、フライヤを見下ろしていた。 「わたしがメルヴァを逮捕する。貴様はそこで見ていろ、腰抜けが」 「お――お待ちください!!」 フライヤは叫んだ。彼女が、メルヴァ逮捕のために取るであろう手法は、フライヤにはかんたんに推測できた。 「エタカ・リーナ山岳は、アストロスの民にとっては、霊峰です! 破壊などできません!!」 「これだから、戦を知らん奴は困る」 フライヤを押しのけるようにマクハラン少将は、廊下を進んでいこうとする。フライヤはさらに呼び止めたが、マクハラン少将は、「サンディ! 光化学主砲を借りるぞ!」といったきり、フライヤには目もくれず、去っていった。 「光化学主砲――」 「たぶん、エタカ・リーナ山岳を、吹っ飛ばす気ですね」 スタークが、あきれかえった声で言った。 メルヴァが山を出てこないのならば、山から追い出す。メルヴァたちが潜む方角の山肌に、どでかい穴を開けてやると、マクハラン少将は言っているのだ。 光化学主砲は、「地獄の審判」のとき、真砂名神社に穴を開けようとした、例の主砲である。 たとえ大軍勢だろうが、万を超える人数ではない。そんな人数はあの山岳にはひそめない。山を切り崩し、メルヴァの大軍勢を木っ端みじんにし、零れ落ちてきた敵をせん滅、あるいは逮捕する。 あの力技が好きな少将がやりそうなことだった。 「今朝、この司令部に到着しまして」 サンディは苦々しげに言った。
「あなたの姿が軍部にないことで、相当お怒りだったんです。――まったく、あの方も勝手な真似を」 指令があるまでE002に待機という命令だったはずだ。もともと、彼女は、若輩のフライヤが今回の作戦を指揮することに、表立ってではないが、不満だったのは知っている。しかも、傭兵であると知ってからは、ますます居丈高になった。 |