「……」

 フライヤは、思いのほか冷静だった。彼女が去っていった廊下を見つめ、

 「とにかく、サンディ中佐、サスペンサー大佐に、撤退命令を出してください」

 「マクハラン少将が北に向かえば、サスペンサー大佐に協力を仰ぐでしょう。撤退できないのでは?」

 「それでも。サスペンサー大佐が、どちらの指令を取ってくださるか――わかりませんが。あの地は危険です」

 「分かりました。ではすぐに――」

 サンディがうなずき、駆け出したとき。

 

 ドンドコドンドン、ドンドコドンドン、ドンドコドンドン、と、妙に賑やかな太鼓の音が響いてきた。

 「な――なんだ!?」

 スタークが叫び、フライヤも、司令部にもどりかけたサンディも、一斉に廊下を走って、玄関に飛び出した。

 

 「ラー! ラァイラー、ア、アー!!」

 

 駐屯部出口では、マクハラン少将が、部下とともにかたまって、その様子を見つめていた。

 フライヤたちも、あんぐりと口を開けた。

 半裸の部族が――千人もいるのではないだろうか。駐屯地まえの平野を埋め尽くしていた。おまけに、どう見ても――天使にしか見えない、翼が生えた人間が、群れとなってこちらに飛んでくる。

 

 「ラーアイアー!! アリタヤ、アリタヤ、ライラーララーシンドラ!! シンドライラー!!」

 

 「なんだ! こいつらは!?」

 マクハラン少将は、悲鳴のような声を上げた。

 ドンドコドンドコと、地を揺らすような太鼓の音、耳が裂けるような謎の言語。

 

 「――アリタヤとシンドラを言祝ぐ言葉だわ。アノール族ね」

 フライヤの表情が、ぱあっと明るくなった。

 「アノール!?」

 サンディの絶叫。

 「それに、あれはL02の天使――トワエの民だわ!」

 

 天使たちが舞い降りてきた。三十人もいるだろうか。全員が、真っ白な翼を持ち、銀色の鎧に、真っ赤な花の紋章が刺繍された、白いマントで身をおおっていた。

 「ウヒョー!! カッケー!!」

 スタークは、圧倒されて、見上げた。

 目の前まで来た彼らは――身長が、ゆうに、三メートルもあったからだ。

 

 「メルヴァ討伐軍総司令官殿は、こちらで」

 天使は、長い長い腕を、フライヤにのばした。総司令官扱いされなかったマクハラン少将の顔が、見るだにゆがんだ。

 「われらトゥーワエ、あなたにお味方いたします」

「同胞、ニックの誘いで参った」

 「助力を、受け入れてくれるだろうか」

 白髭の隣にいた、若い茶色の髪の天使は、身長三メートル弱、手も体格も規格外だったが、サンディが頬を赤らめるほど美しい青年だった。

 

 「あ、ありがとうございます!!」

 フライヤは、喜んで、天使の代表である、白髭のおじいさんの手を取った。

 サンディは、リンゴも飴玉みたいに握ってしまいそうな美青年に手を取られて、ちょっぴりウットリした。

 

 フライヤが彼の手を取ったとき、太鼓の音と歓声が、やんだ。

 「われら、アノールの戦士!!」

 先頭の、腰巻をつけた、半裸の三人が名乗った。

 「シンドラとアリタヤが、我らに告げた。いまこそ立ち上がるときと!!」

 「ラグ・ヴァーダの武神をこの手で!」

 「この手で!!」

 千人を超す大軍勢が、槍や剣をかまえて、アストロスが揺れるような大歓声を上げた。

 

 「蛮人どもめ……!」

 マクハラン少将は忌々しげにつぶやき、

 「フライヤ、貴様には、こいつらが似合いだ――世話は任せる。行くぞ!」

 部下を引きつれ、立ち去った。

 「ミラ様に戦勝報告をするのは、このわたしだ!」

 「……」

 

 フライヤたちは、これ以上止めることもできず、マクハランを見送った。スタークだけが、表現しようもない悪態と、行儀の悪いサインを、彼女の背中に向かって突きつけた。

 「す、すみません。でも、わたしたちは、あなたがたの来訪を歓迎してます!」

 フライヤは慌てて言った。天使たちは、気にしていないと言ったふうに、微笑んだ。

 「ええ、知っています。われわれも、ここへ来るのを悩んだのですが、アノールの部族長が励ましてくれました。フライヤというかたは、決して、われわれの協力を拒んだりしないと。――喜んでくれると」

 

 アノールの代表も、地球流のあいさつでかまわないと、フライヤと握手をした。

 「アリタヤとシンドラが、ここまで導いた。フライヤどのを助けろと」

 「今こそ――ラグ・ヴァーダの民とアストロスの民、地球人が協力すべきとき」

 アノールで二番目につよいと自負する戦士は、クルクスがある方角を指した。

 「あそこが、メルーヴァ姫の生まれた国」

 天使たちも、胸に手を当てて、そちらを見やった。

 「ラグ・ヴァーダ、アストロス、地球の、三つ星をつなぐ子、イシュメルをお生みになった、母なるメルーヴァがいる国だ」

 彼らは、ドン、と胸を叩いた。それにあわせて、またドンドコと太鼓が鳴った。

 「守らねば、なるまい」

 

 「ありがとうございます……!」

 フライヤは、感動のあまり涙目で、アノール族二番目の戦士と、天使たちにかわるがわる、礼をした。

 

 「いったい、どうやってここまで?」

 スタークが聞くと、ニックに似た金髪の青年天使が、微笑んだ。

 「アノールは、宇宙船を持っている。われワレも、彼らの宇宙船に乗ってここまで、キタ」

 微妙な共通語だったが、意味は分かった。

 「L系惑星群、ゼンブのアノール、のもとへ、シンドゥーラとアリーターヤが現れた。それぞれの村で、イチバン勇敢な戦士を、二十人ずつ、旅立たせロ、と」

 

 「なるほど――で、あんた、身長どのくらいあんの」

 スタークが挑むように聞くと、彼は首をかしげた。

 「シン、チョ?」

 彼の隣にいた、銀色の長髪天使が彼に耳打ちした。共通語が分かる天使と、そうでない天使がいるらしい。

 「わたし、二百七十三センチ」

 「二百!?」

 「シンチョ、低いホウです」

 たしかにそうかもしれなかった。彼だけ、周囲からすれば、頭一つ分低い気がする。あくまで、天使たちの横並びだ。彼の隣の銀髪は、「わたしは三百十二センチです」などと、ふつうに言っているが、ふつうではなかった。

 「そんだけあって低いってどういうことだよ!」

 「あなた、ちいさくて可愛らしい」

 183センチがちいさくて可愛らしいと言える人間はあまりいない。

 「ケンカ売ってンのかてめえ」

 青筋を立てて威嚇するスタークに、彼はニコニコしながら、「マルコです」と自己紹介した。

 「マルコ・D・スペンサー。お嬢さんのナマエは?」

 「俺は、オトコです!! スターク・A・ベッカーです!!」

 



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