まったく、長老らしき約一名を抜かせば、みな、モデルのように美しい顔立ちばかりだ。長老も、年老いているから彼らには負けるが、若いころはさぞかし美男子だっただろう面影を宿している。

女性ばかりの軍駐屯地では、目の保養になったようだ。ウットリとながめるL20の軍人たちが、いつのまにか駐屯地入り口を囲っていた。

「トワエの民は、みんな綺麗なひとばかりだって有名です」

「フライヤ大佐の中だけでな」

スタークはからかった。

フライヤは真っ赤な顔で咳払いし、

 「では、どうか、代表の方だけ、軍議に出てください――あ、それから、王宮護衛官の方たちは、どこですか」

 「ああ、そのことも」

 巻き毛の天使に手を取られて半分恍惚となっていたサンディが、我に返った。

 「勝手に出て行ったっきり、音沙汰なしで」

 

 「じつは、ジュエルス海のあたりで目撃情報が」

 フライヤたちの会話が耳に届いた軍人が、進み出た。軍議で報告するつもりだったらしい。

 「ほんとうか!?」

 サンディは叫んだ。

 「今朝の報告です。四日まえ、モハ上級護衛官と、ダスカさん、ヒュピテムさんと思われる姿を、ジュエルス沿岸の地元警察が見ています。エタカ・リーナに向かったと」

 「まさか、裏切ったのではあるまいな」

 焦り顔のサンディに、フライヤは首を振った。

 「いいえ――もしかしたら、最後の説得に行ったのかもしれません」

 「説得?」

 「メルヴァたちを。彼らは、同じ王宮護衛官だから、話し合えばわかると、ずっと信じていました。とくにダスカさんは、その思いがつよくて」

 「……説得か」

 サンディは苦い顔をした。

 「しかし、説得しに行っただけにしては、帰ってくるのが遅すぎる」

 「モハさんたちは、メルヴァがラグ・ヴァーダの武神に力を貸したことに納得できなくて、L03に残った人たちです。彼らの味方になることは考えられないですが、命の危険は――もしかしたら、」

 もう四日経っている。説得にいったはいいが、話し合いがこじれて、捕らえられている可能性もあった。

 

 「わたしが、見てきましょうか?」

 言ったのは、マルコという天使だった。彼は、耳を澄ますようなジェスチャーをした。

 「わたし、ひとの気配がわかります。もしかしたら、雪のなかで遭難しているかも」

 「しかし、あの地区は、敵地でもあります。お一人は危険です」

 「一人では行きませン。テッサと、それからステーキさん、連れて行きます」

 「さりげなく俺が入っている!」

 スタークは叫び、「しかも名前間違ってるし!」と再度突っ込んだ。

 「見てくるだけです。深入りしません。わたし、戦士です。無駄なことはしません。見つからなかったら、明日帰ります」

 「……分かりました。よろしくお願いします」

 フライヤは、うなずいた。

 

 「行きましょう、ステーキさん、テッサ」

 マルコは、銀の長髪天使に言った。

 「ステーキじゃなく、俺、スタークだからね!?」

 「良く焼けて、美味しそうです」

 「たしかに俺、よく焼けてるけど!?」

 「レア?」

 「わざとだろ!!」

 スタークが蹴り上げたのをひょいとかわし、マルコは、一礼して、スタークを片手に抱え上げた。

「おあ!?」

スタークの絶叫。目にもまぶしい、真白く艶めく翼が、ばさりと広がった。――二羽の天使は、砂ぼこりを巻き上げて、一気に天空へ羽ばたいた。

周囲から、感嘆の声があがる。

 「うおあーっ! お姫様抱っこは、やめてくれ~!!」

 スタークの断末魔の悲鳴が聞こえてくる。

 フライヤは笑顔で手を振って見送り、「軍議を!」と号令した。

 

 

 

 ガクルックス最北端の、エタカ・リーナ平原に駐屯するサスペンサー大佐のもとに、フライヤからの撤退命令がとどいたのは、一時間後である。

 (撤退……)

 間をおかず、マクハラン少将からは、これから光化学主砲を持ってそちらへ行くから、戦闘の用意をせよとの指令が届いた。

 

 E002で待機を命じられているマクハラン少将が、どうしてアストロスに出向いてきたかも、なぜ光化学主砲をつかうのかも、サスペンサー大佐にはじゅうぶん分かっていた。

 メルヴァの居場所が分かっていながら、逮捕に踏み切らないフライヤに業を煮やして、出張ってきた。そして、光化学主砲を持って、エタカ・リーナ山岳を吹っ飛ばそうとしている。

 

 サスペンサーは、悩んだ。

 めのまえに、二通の指令がある。

 総司令官であるフライヤからの撤退命令。

 そして、マクハラン少将からの、戦闘態勢用意の指令。

 (……)

 瞑目した。

 マクハラン少将の指示に従わなければ、どうなるのかは分かっていた。

 

 だが、先日軍に来たアントニオが、「逃げろ」と言った。

 フライヤも、同じ撤退命令を出した。

 そして、この平野に陣を敷いたときから、サスペンサーが感じた、説明のつかない戦慄――。

 それは、簡単に言えば、「嫌な予感がする」というやつだった。

 

 サスペンサーは、ついに決断した。

 「撤退するぞ!!」

 「は、はいっ!」

 部下に告げた。

 「フライヤ総司令官の指示に従い、マルメント山地を抜けて、サムルパへ撤退する。急げ!!」

 「はい!!」

 伝令にはしった部下とともに、外に出たサスペンサーは、エタカ・リーナ山岳の方から、不思議な光の幕が、押し寄せて来たのに気付いた。

 「……?」

まるで光の壁だ。金色の薄膜でできた巨大な壁が、山岳から降りてくる。

 

 「な、なんだ、あれ――」

 軍人たちも、作業の手を止めて、山岳を見やった。

 

 『光の幕が下りてきたら、全速力で逃げてください――』

 

 アントニオの言葉が、サスペンサーの脳裏に、まざまざとよみがえった。

 「逃げろ……」

 彼女は怒鳴った。

 「逃げろ! なにも持たず逃げろ!! 全速力でだ、」

 サスペンサーの声に、軍部はパニックと化し、みんなが散り散りに、マルメント山地へ向かって逃げはじめた。

 「早く逃げろ! マルメントへ急げ、走れーっ!!」

 

 



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