シャインは一瞬で、K15区へ到着した。宇宙船の玄関口である。

「いちばん近い避難通路から出るのでは?」

「いいえ」

セルゲイの言葉に、カザマは首を振った。シャインは、K15区の出入口ゲート内に出た。避難する人間で大混雑していると思いきや、ルナたち以外、だれもいなかった。

K38区は、宇宙船の側面にある区画だ。以前、ルナがアズラエルとともに、K22区にある避難経路をたしかめにいったが、K38区にもあるはずだった。けれども、カザマは、そこへは行かなかった。

「K15区には、この通常玄関とはべつに、非常口もあります。K15区の方は、そちらから避難しています」

 

「メルヴァの狙いは、ルナさんです」

ルナは目を見張った。

「おそらく、ルナさんが宇宙船から離れれば、攻撃はやみます」

 

 ここが、がら空きの理由が分かった。ルナたちのために、わざとこの通路はあけておく計画だったのだ。

ルナが宇宙船を出れば、攻撃はやむ。ルナたちが避難民の長打列に並んでいつまでも避難できなければ、そのぶん、攻撃は長引く。となれば、今はまだ大丈夫だが、地球行き宇宙船にも損害が出るかもしれない――。

 

「こちらです! 急いで!」

移動用小型宇宙船には、目が覚めるようなブルーの軍服を着た軍人たちが、敬礼姿勢で待ち構えていた。

「派遣役員のミヒャエルさまですね、そして、セルゲイさんに、ルナさん」

先頭にいた女将校が、三人の顔を確認した。

「L20陸軍メルヴァ討伐隊参謀、アリア・M・サンディ中佐です。古代都市クルクスまで、ご案内します」

 

「古代都市クルクス……」

ルナがつぶやくと、サンディが説明した。

「一般船客の避難場所は、ジュセ大陸になっていますが、わたしたちは、古代都市クルクスが目的地です。よって、ナミ大陸のケンタウルへ着陸します」

 

ルナは、ほとんど、今回の任務の予定は聞かされていなかった。どんなに細かに計画しても、予定通りに行くことはないだろうと、アントニオもペリドットも言い、とくにルナについては「月の女神」任せということで、指示はなかった。

ルナは、アストロスに着いたら、カザマにしたがい、セルゲイとともに三人で行動すること。

言い含められていたのは、それだけだ。

 

「そこで、メルヴァを待ち構えます」

サンディの言葉が終わらないうちに、ふたたびごう音がした。さっきの音より大きかった。――宇宙船が、大きく揺れた。

「この宇宙船は、あれしきの小型船で破壊はできませんが、急ぎましょう」

ルナたちは、あわただしく、移動用宇宙船に乗った。

 

移動用宇宙船が、地球行き宇宙船を離れ、宇宙に放り出されたときに、ルナもセルゲイも、恐ろしいものを見た――。

地球行き宇宙船を守っているL20の護衛艦が、また一隻、宇宙のチリとなった瞬間を。

 

「ご安心を」

サンディが、横から言った。

「ご安心をというのもおかしいですが――たいそうな損害ではありますが、今のところ、ひとが乗っている宇宙船は撃墜されていないのです」

「え!?」

「あれは、本艦がコンピュータで制御している、地球行き宇宙船の盾となるべく開発された宇宙船なんです。つまり、無人です」

 

ルナは、へなへなと座り込んだ。ルナをアストロスに移動させるために、あれらの攻撃が行われたと知ったとき、ルナはとんでもない衝撃を受けていた。

「敵の宇宙船も、いまのところは無人です。どこかでコントロールしている奴らがいる。サイバー部隊が、いま血眼になって探しています」

 

メルヴァは知っていたのだろうか。あの護衛艦が、無人だということを。

(メルヴァ)

いいや――敵は、メルヴァではない。

(ラグ・ヴァーダの武神だ)

ルナのなかで、メルヴァとラグ・ヴァーダの武神が、はっきりと分かれた瞬間だった。

 

「ほかの乗客や、船内役員の避難は、緊急時ですので、どこに降りるか分かりません」

ジュセ大陸のバーダンかメンケントのどちらかです、とサンディは、ルナたちを不安にさせないよう、説明をつづけた。

「この宇宙船は、ナミ大陸の、ケンタウル・シティに降ります。ケンタウル・シティは、アストロスの主要都市。アストロスの軍が守っています」

 

十五分もしないうちに、移動用宇宙船は、アストロスに到着した。

ケンタウル・シティのスペース・ステーションは、本来なら、地球行き宇宙船の乗客が観光のために降りるメイン・ステーションだった。

いまは、軍人たちで埋め尽くされている。厳戒態勢だ。

スペース・ステーションでも、大スクリーンに、地球行き宇宙船をまもる護衛艦とメルヴァの軍機との攻防が写しだされていて、ひとびとは、スクリーンの前でざわついていた。

ブルーの軍服に、カーキ、グレー。軍人ばかりではなく、警察官や、レスキュー隊員の姿もある。

宇宙港の売店がいくつかあいていたり、カウンターに人がいるところを見れば、民間人は、わずかだが残っているようだ。

 

「ジープで、まずはジュエルス海沿岸まで向かいます。こちらへ」

ルナたちは、サンディ一行にうながされて、ステーションの外に出た。軍用機や、ジープ、特殊車両がところせましと並んでいる。観光地の光景は、一変していた。

 

ルナは、悪夢のような光景が宇宙空間にくりひろげられているというのに、不思議なほど晴れ渡った空を見上げ、空気の匂いを嗅いだ。

(なんだか、なつかしい)

ぼうっと空をながめていたルナは、セルゲイに抱えられるようにして、軍のジープに乗り込んだ。

 

 

 

「みなさん! どうか落ち着いてください。ちゃんと避難できますから、慌てないで!」

そのころ、地球行き宇宙船の避難経路は、大パニックと化していた。

「順番をお守りください! 安全は保障されています! 慌てるとかえって危険です!」

キラとロイドは、生まれたばかりのキラリと大荷物を抱えて、K06区のとなり――K22区の通路にならんだ、長蛇の列のまんなかあたりにいた。

「ママたちは――ルナとミシェルは、だいじょうぶかな」

「エルウィンさんは、デレクさんたちと一緒だし、ルナちゃんたちは、アズラエルがいるから平気さ」

ロイドはそういって、妻を励ました。

「地球行き宇宙船は、ちいさな宇宙船じゃ破壊できないって、アナウンスでも言ってたじゃないか」

メールをチェックしていたユミコが、ふたりに告げた。

「エルウィンさんは、デレクさんとエヴィさんと一緒に、メンケント・シティのステーションに着きました」

「ほんと!?」

「あっちのホテルで合流できますよ」

「よ、よかった……!」

キラもロイドも涙ぐんだ。

「こんなこと言っちゃなんだけど、リサたちは、いま宇宙船を離れてよかったかも」

 

 



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