「アンさんは、オルティスさん、ネイシャさんと一緒に、バーダン・シティの避難所に降りたそうです。今、連絡が入りました!」 メンケント・シティのプリンスホテルでは、ツキヨとリンファンが、テレビ画面にうつしだされる地球行き宇宙船の映像を見て、戦々恐々としていたところだった。 リンファンの担当であるシシーが、携帯を耳から放してふたりに告げると、ほぼ同時に、ふたりは肩を落とした。 「ルナたちは、アズ君たちと一緒にバーダン・シティにいるっていうし――キラちゃんたちも、もうすぐこちらに来るのね。よかったわ……」 リンファンは、胸をなでおろした。 ルナたちは、バーダン・シティにいることになっていた。アズラエルが降船したことも、もちろんリンファンたちは知らない。 「テオさんは、無事なんだろうね?」 ツキヨがシシーに聞くと、 「あいつは、船内役員の避難のために、まだ船内にいますが、だいたい避難が済んだらこちらに来るはずです」 「地球行き宇宙船でこんなことが起こるなんて、前代未聞さ……」 ツキヨは息をのんで映像を見つめ、無意識に、胸に手をやった。 「ツキヨさん、気分が悪くなるといけませんから、あまり見ないで」 シシーは、心臓の悪いツキヨをおもんばかった。 プリンスホテルのちかくに大病院がある。テオは緊急時にも対応したホテルを取ったが、もし――テオが言ったように、ナミ大陸の方で大規模な戦闘が起こって、こちらへも患者が流れてくるようなことになったら。 シシーは、L72の出身だから、戦争というものには縁がない。だが、L32出身で、サイバー部隊として従軍経験のあるテオは、不測の事態をこれでもかと予測した避難経路をかんがえていた。 『メルヴァとの大規模な戦闘が起こる可能性があるなら、船客をE002あたりに避難させるはずだ』 おなじアストロス内、ジュセ大陸のほうだって、危険だというのである。 『マジで? そんなやばいの』 それを聞いたシシーは不安な顔をしたが、 『大規模にはならないのかな? ナミ大陸のほうでなんとかできるってこと? ウワサじゃ、メルヴァは大軍勢って話だし、L20からもこれだけの軍隊が来てるのに、こっちだって平気なわけじゃないと思うのに――』 テオはひとりごとを言った。この男は神経質すぎるとシシーは思い、 『あんまり脅さないでよ!!』 『シシー、ジュセ大陸のほうにも患者が流れてくるようだったら、君の判断で、ツキヨさんたちをE002へ避難させるんだ』 『わ、わかった』 一応うなずいたシシーだったが、心中は不安でいっぱいだった。 そのころ、イマリも、担当役員とメンケント・シティに着いたところだった。 メンケントのスペース・ステーションは、ケンタウルとはちがい、一般市民でごった返していた。もとからいた観光客は、メルヴァとの戦闘がはじまる星にいられるかと、別の惑星へ移動するために、カウンターへ詰めかけていた。 一旦ほかの惑星へ避難し、アストロスにもどってきた住民も、ふたたび星外へ逃げようと、地球行き宇宙船の非常口への行列よりものすごい行列が、できていた。 なるべくたくさんの人間を星外に避難させるため、特別便がいくつも用意されていたが、どちらにしろ、メルヴァの攻撃がある今は、アストロスから出たくても出られないのだ。 (あたしも、あの列にならんだほうがいいんじゃ?) イマリは、そわそわしていた。 (アストロスじゃなくて、E353あたりまで逃げたほうがいいんじゃない?) 「イマリさん、ここを動かないでくださいね!」 小太りの担当役員、サムは、イマリにそう言い聞かせた。 「アストロスは、L7系あたりほど、治安はよくありません。L8系あたりと同じくらいなんです。ここはジュセ大陸の主要都市ですが、一番北のハダルあたりは、観光もよくありません。この混乱に乗じて、人身売買組織が動く可能性もありますから、勝手な行動はしないでくださいね」 「わかったわ!」 イマリはあまりにしつこいので、怒鳴り返した。 しかしサムは、言いすぎだとは思っていなかった。彼女は、口を酸っぱくして言い聞かせたって、決まりをやぶるのだから。 イマリは「問題あり」の船客として、地球行き宇宙船には認知されているのだ。サムは、イマリのまえの担当船客から、イマリの面倒を見ることの大変さはこれでもかと聞かされていた。 彼は、不安げにイマリを見、役員たちが集合している場所へ走っていった。 ほんとうに、どうなることかと思った。 いきなり警報が鳴って、イマリは担当役員がアパートに来る十分間の間、ただ右往左往していただけだった。サムが来て、一緒に荷造りをし、K38区の避難通路で、気の遠くなるような時間、並んで待って、アストロスに着いた。 何時間も待たされた気がしたが、三十分も待っていなかったのだった。 イマリは、スペース・ステーションで、不安げに、周囲を見渡した。みんな、大スクリーンを見て青ざめている。イマリは、そんなもの見たくもなかった。 (なんなのよ。観光船を狙うなんて――なにかんがえてるの、メルヴァなんて――卑怯者!) イマリは恐怖に震えながらぶつくさ言い、立ったり座ったりした。それから、やっと恋人のことを思い出した。 (ベンは大丈夫かしら? 任務だとかで、宇宙船を離れているはずだけど――) あまりにおどろいて、ベンの心配をしていなかったことを、恥ずかしく思った。 そして彼女は、とんでもないことに気づいてしまった。 (ベンからもらった指輪を、忘れて来た!) あまりに慌てすぎて、引き出しの奥深くにしまった、ベンからもらった指輪を、置いてきてしまった。イマリは、蒼白になった。 宇宙船に、もどらねばと思った。 |