「イマリさんっ!」 衝動的に飛び出したイマリは、担当役員に腕をつかまれて、止められた。 「どこにいくんです!? 勝手な行動しないでって言ったでしょ!!」 サムの目は、血走っていた。こんな非常時に、まったく好き勝手に行動してくれる、自分の担当船客に、おそろしく腹を立てている顔だった。 「わたし、宇宙船にもどらなきゃならないのよ! ベンからもらった指輪を忘れて来たわ!!」 サムは、理解できないという顔をした。当然だった。 「地球行き宇宙船にもどる便が出てると、思ってるんですか!?」 スクリーンに映し出される光景を見て、あそこにもどりたいという人間がいようとは、サムも思いもしなかった。地球行き宇宙船からこちらへ避難する便はあっても、もどる便などない。 だが、イマリは叫んだ。 「あなた、担当役員でしょ! なんとかしてよ!!」 「……」 サムの許容は、簡単に超えた。絶句している彼を見かねて、仲間の役員がやってきた。 「どうなさいましたか?」 物腰やわらかな、ホテルマンのような役員が言った。サムが説明する前に、イマリは怒鳴った。 「地球行き宇宙船にもどらなきゃいけないのよ!! 指輪を忘れてきて――恋人からもらった、たいせつなものよ!!」 「お客さま、ただいま、地球行き宇宙船にもどる便は、どこからも出ていません」 役員が、バーダンやハダルにも便がないことをつたえると、 「あなた役員でしょ! なんとかできないの!!」 イマリは逆上した。 「大切なものなのよ!! ベンとはじめてつきあった記念に――」 「どうしても、おもどりになりたいのでございますか」 「決まってるでしょ! 早くなんとかして! もどりたいのよ!!」 「ですから、便がございません」 「そこをなんとかしなさいよっ!! 船客の願いが聞けないっていうの!!」 イマリの大声は、注目を集めた。周囲の視線が自分に突き刺さっているのに、イマリはようやく気付いた。 「い、いつ――宇宙船にもどれるの」 イマリは、あわてて言い方を変えたが、だれも答えなかった。サムではなく、イマリの相手をしていた役員が、手元の機械装置をつかって、なにがしかのチケットを、発行していた。赤と白のチケットが、二枚。 彼は発行したチケットをイマリに手渡し、説明した。 「お客様の乗船資格をはく奪いたします」 「――え」 イマリは、赤いチケットが、いわゆる「レッド・カード」というものであると、やっと認識した。 「最終手段でございます。強制降船のチケットを発行しましたので、お客様は、当社のお客様ではなくなりました。ご自由に行動していただいてけっこうです。この先、万が一にも、チケットが当選することはございませんし、お客様がチケットをご購入されることになったとしても、ご購入まえに、審査がございますので、ご了承くださいませ」 イマリは、青ざめた。 「お客様は宇宙船に荷物をお残しでございます。宇宙船にもどることができる環境になりましたら、こちらの白いチケットで、いったんご入場くださいませ。特別に、一日乗船券を発行させていただきました。こちらはサービスですので、一日だけ、となります。一日をすぎるごとに、お客様には五十万デルずつの請求が参りますので、ご注意ください」 「なんですって」 イマリの顔色が変わった。 「なんで降りなきゃいけないのよ!」 「わたくしどもには、お客様のご要望は叶えられません。しかしながら、船客の方をお守りする義務がこちらにもありますので、いまは指示に従っていただかねばなりません。それがご不満のようでしたので、降船の手続きを取りました」 役員の笑顔は、貼り付けられたように変わらない。とりつく島がない。イマリは、自分が、いつ強制降船になってもおかしくない立場だったと、ようやく思い出した。 「ウソでしょ。あたし、これからどうすればいいの」 こんなところで放り出されたら、どうしたらいいか――。 「地球行き宇宙船におもどりになるのも、お客様の自由でございます。わたくしどもの指示に、一切、従っていただくことはございません。――では、ご乗船、ありがとうございました」 彼は最後まで、笑みを絶やさず、言い切った。 「ご乗車、ありがとうございました」 サム以外の五人の役員に、深々と礼をされて、イマリは絶句して固まった。 「ちょ、ちょっと待ってよ――」 役員たちは、さっさと、次の仕事のためにイマリのもとを去った。 「お願い! 待って、あたし、これからどうしたらいいのよ――!!」 イマリは彼らを追いかけようとしたが、横から、さっと、別のチケットが差し出された。 「こちら、避難用のホテルの宿泊券です。一週間分あります」 サムだった。彼は早口で言った。――顔を、こわばらせたまま。 「こちらは購入済みです。それから、地球行き宇宙船のパスカードがあれば、ご自宅におもどりになるまでの旅費は無料です。期間は一年間ですのでお忘れなく。なにかご不明な点があれば、地球行き宇宙船窓口へどうぞ。――では、ご乗船ありがとうございました」 宿泊券をイマリに手渡し、サムは小太りの身体を揺らして、憤然と去っていった。 イマリはひとり残されたステーションで、ぼうぜんと、佇んだ。 ルナのアストロス到着とともに、メルヴァ軍の攻撃が、止んだ――。 L20の軍機は、それを確信した。白いライオンのマークがついた宇宙船、バレハ106は、徐々に後退をはじめた。 「追え! 自爆を許すな――敵艦をすべて拿捕しろ!」 「ごらんよ! あのちっちゃな宇宙船が引いてく!」 ツキヨが、画面を指して叫んだ。 彼女の言葉どおり、バレハ106が、地球行き宇宙船から離れていく。今度は、それを追う、L20の小型宇宙船が、のこった大型戦艦からつぎつぎに飛び出てくる。 「エマルは、あんなのと戦うのかい? ――エマルは、」 ついに、ツキヨがふらりと崩れた。 「ツキヨさん!」 シシーは慌てて支えた。 「び、病院――救急車呼ばなきゃ、」 パニックを起こしかけたシシーを、リンファンが「落ち着いて」と優しくなだめた。 「救急車を呼んで――あたしが、ツキヨさんについていきます。シシーちゃんは、心細いかもしれないけど、ここに残って、連絡係になってくれる? テオさんや、キラちゃんたちもここに来るから、」 「リンファンさあん……!」 ここにも、敵の宇宙船がやってくるの? と泣きだしたシシーを、リンファンは、背をさすって落ち着かせた。 「だいじょうぶ、だいじょうぶよ――そんなことにはならないわ。追い払ったでしょ」 リンファンはフロントに電話して、救急車を呼んでもらった。一分と立たずに、救急車ではなく、ホテル内のシャイン・システムから救急隊が飛び込んできた。 「心臓病なんです」 リンファンが救急隊員に説明しているのを見て、シシーもなんとか落ち着きを取りもどした。 「ご、ごめんなさい――みっともないところを、」 あたしがしっかりしてなきゃいけないのに、と謝るシシーに、リンファンは首を振った。 「シシーちゃんは、頑張ってくれてるわ」 シシーは涙をぬぐい、「しっかりしなきゃ」と自分に言い聞かせるように言って、背をただした。 「リンファンさん、すごいです――ぜんぜん動揺してない」 「だってあたし、もと傭兵だもの」 「え?」 リンファンは、にっこり笑って、ツキヨに伴うために、カーディガンを手にした。 「しゅらばはいっぱい、くぐりぬけてきたの」 |