アストロスのメルヴァ討伐軍司令部でも、地球行き宇宙船の様子は確認されていた。フライヤがいる司令部には、次々に情報がもたらされる。 「メルヴァの攻撃が、やみました!」 「バレハ106がいっせいに引いていくそうです!」 「陽動だったのか?」 「宇宙船のことなどなにもわからん連中だ。バレハで地球行き宇宙船を破壊できるとでも思ったのか」 あざ笑う将校たちだったが、フライヤは、だれの声も聞こえないというように、一心に、アストロスの地図を見つめていた。 フライヤのそばには、L02の天使隊の長老、ヴィクトルと、アノール隊の隊長、タロが控えていた。 「フライヤ総司令官、メリッサどのが到着いたしました!」 フライヤが、ようやく地図から顔を上げた。 「通してください!」 L20の軍服に身を包んだメリッサ――メリッサ・J・アレクサンドロワが顔を出した。 じつは、フライヤとメリッサは、すでに自己紹介はすんでいる。フライヤたちがアストロスに到着したすぐの時期に、ペリドットといっしょに駐屯地までやってきた。 彼女は今回の作戦で、地球行き宇宙船の特殊部隊と、アストロスのメルヴァ討伐隊との仲立ちをする役割だ。 「お久しぶりです、フライヤさま」 「お待ちしてました! メリッサさん、どうぞ、こちらへ」 メリッサは、彼女の両脇にひかえる、L02の天使と、アノール族の屈強な戦士に、目をしばたたかせた。 「じつは、彼らは、みずから宇宙船に乗って、L系惑星群から応援に来てくださったんです。こちらが天使長ヴィクトルさん、こちらが、L42のアノール族の、タロさんです」 フライヤが説明すると、長老は胸に手を当ててあいさつし、戦士は、力強くうなずいた。 「そうでしたか」 メリッサも、自己紹介した。 「わたしは、メリッサと申します。地球行き宇宙船の特殊部隊、つまり、メルーヴァ姫様たちの部隊と、L20の部隊の通信役となります」 「おお――メルーヴァ姫さま」 ふたりは、メルーヴァの名で、メリッサに親しみを覚えたようだった。 「フライヤさま、サンディ中佐をお貸しくださって、ありがとうございます。ルナさん、カザマさん、セルゲイさんは、いま無事にアストロスのケンタウル・シティに到着しまして、まっすぐクルクスへ向かっています」 メリッサは、地図上の、彼らが出発したルートを指した。 「そうですか、よかった」 フライヤは胸をなでおろし、言った。 「とにかく、今回の作戦の要は、このルナさんという方なのですね? 彼女がクルクスに到着後、特殊部隊は動き出すと」 「ええ、そうです」 メリッサはうなずいた。 「なにごともなければ、彼らの到着は――」 フライヤが、その時期を確認しようとした矢先、報告が耳に飛び込んできた。 「サスペンサー隊と、連絡が取れません!」 「え?」 「先ほどから、電波状態がわるいのか、つながりません! こちら総本部、応答せよ――! 北部サスペンサー隊、応答せよ!!」 「メルヴァ軍の攻撃がストップしたとのことです」 ララは、中央区の株主総合庁舎の自室で、報告を聞いた。ララの執務室のテレビにも、状況が写しだされていたが、ララは生返事をしただけで、目もくれなかった。 「ン」 ララは、サインを済ませた書類を別の秘書に手渡した。 「アズサ中将とかいうヤツの大隊を、補強にまわしたってとこまでは、当たりだったな――で、株主の連中は、全員避難が済んだんだろうな?」 シグルスが、「もうすっかり」と肩をすくめた。 「一人残らず?」 「ええ」 我先にと逃げ出したのは、株主たちだ。ララは、株主たちが恐慌に駆られて避難用宇宙船を独占し、船客や船内役員の避難がおくれないよう、自社の宇宙船で、彼らをアストロスに降ろしていた。 プライベート船を持っている株主もけっこういるのだ。だが、そいつらは、その宇宙船を避難民に提供することもなく、自分のものでは強度に不安があるからと、ララの軍事用宇宙船をたよりにする。 そういう輩は、主に由緒正しきご貴族様の方々がほとんどで、ふだんは、ララを傭兵みたいな下衆の出身だの、もと娼婦だの、さんざん陰で言っている連中である。 アストロスに降りたら降りたで、今度はE353まで逃げるだのなんだの、大騒ぎしているのだ。ララだけが頼りだと――さっきから、ララのプライベート携帯は、ひっきりなしに鳴っているので、窓から放り投げた。 今は、一隻の宇宙船が別行動をとるだけで目立つ。バレハが、その宇宙船を狙わないとも限らない。ララが、「もうすこし待て!」と一喝したらだれもがおとなしくなった。 そして、メルヴァ軍の攻撃がやんだから、今度はまた、株主どもの「はやく移動したい」攻撃がはじまったわけだ。 「クソが。全員宇宙船につめこんで、メルヴァ軍の真っただ中に放り出してやろうか」 「ララさま、お口が過ぎます。ですが、そうなさいますか?」 シグルスは微笑んだ。 「そうだねえ――あいつら一気に片付けりゃ、金龍幇が、一式事業をいただいてやるのに」 ララはにやりと笑い、「ウィルキンソンはうまくやったよ。おまけに、ムスタファは棚ぼただ」 ララは、先日の、スカルトン・グループ崩壊の一幕を言っているのだ。 「ま、あたしゃ、事業は八つでちょうどいいな。これ以上増えたら、遊ぶヒマがなくなっちまう――また電話か」 防衛大臣からの状況確認、E.C.P本社とのやりとり、白龍グループ本部からの連絡、――電話をとっているだけで一日が終わりそうだ。 ララは、三つ目の携帯を、窓の外へ放り投げた。これではコーヒーも飲めない。ララは四個目をへしおってゴミ箱に投げ、じつに香味豊かなコーヒーの香りをかぎ、口にした。 「あいかわらず最高だ。宇宙(ソラ)のだろ?」 「ええ」 「あいつなァ、味も身体も好みなのに、あいつがあたしのこと、好みじゃねえもんな」 ララはじつに残念そうに言った。そして、どっかとひじ掛けソファに座って足を組んだ。 「世界征服を企んでるヤツが、バレハで満足するわけがない」 「――は?」 「メルヴァ討伐軍司令官は、L03や、そっち方面には理解があるが、戦争のほうはほとんど素人だって聞いた。だが、そいつでいい。でないと、どう考えてもルーシーたちの邪魔になる」 「……」 「だがな、世界征服を企んでるヤツってのは、たとえ原始人だろうが、ともかくも、なにはさておき、世界を征服したいって考えてることだ」 ララは美味しいコーヒーを、ゆったりと味わった。 「世界を征服したいと思うヤツがすることってのは、なにか――決まってる。あたしたちを、恐怖のどん底におとしいれ、最大限に震え上がらせることだ」 「……なるほど」 シグルスはうなずき、秘書たちは、凍り付いた。だれもが作業の手を止めた。 「アントニオもペリドットも、メルヴァがルナをさらいに来るってことしか考えてねえ。だが、世界制覇をしたいと思ってるヤツが、それで満足するわけがねえんだ。――アズサ中将と、フライヤとかいう総司令官に伝えろ。たぶんどっかにまだ、でかい宇宙船が潜んでるぞ」 「!!」 シグルスではなく、別の秘書が、すぐさま返事をして隣室へ駆けた。シグルスは、口元に微笑をたたえた。 「次があると、そういうことですね?」 「バレハは陽動だ。まず、ルナをアストロスにおびき寄せるため、そして、原始人が、宇宙船をつかえるんだってことを、L20の軍に知らしめた。バレハみたいにちいさなモノをつかったのは、ちいさな組織がでかい組織にぶつかっていくっていう意志表示だ」 よく原住民も、そういう意志表示をする、とララは言った。 「よく考えてもみろ。ルナを手に入れるだけでいいなら、あんなちいさなバレハをチョコマカつぎ込んでカネつかわなくても、地球行き宇宙船に、『ルナを差し出せば、おまえたちの命を助けよう』と、そういえば、すむことだ」 シグルスは、「……そういや、そうですね」と今気付いた顔をした。 「大々的に報道されてしまえば、いくらアントニオたちが守ろうと、ルナをメルヴァに差し出そうとする、大勢の人間のジャマが入る。民間人なんてものは、そんなものだ――自分たちが助かりたいために、生け贄を差し出すさ。そうなれば、夜の神が怒って、アストロスは大破だ。地球行き宇宙船も、無事じゃいられないだろう。 だが、“ラグ・ヴァーダの武神”は、自分の手で、それを成し遂げたいのさ。われわれを、恐怖のどん底に陥れたい――最初はアストロスを征服し、つぎは故郷のL系惑星群って考えてるのかもな」 ララは、メルヴァとは言わなかった。 「おまけに、メルヴァの逃亡にゃァドーソンが一枚噛んでるって、クラウドの話がホントなら、おそらくもうひと騒動起きるぞ」 シグルスが目を光らせた。 「L18で? それとも、」 「さァな。ユージィンはL19にとっつかまって逃げたが、ゆくえが分からんってことは、すぐちかくに来ているかもしれん」 「ユージィン自らが、ですか?」 ララは、嘆息した。 「――それはねえか。L18の心理作戦部からエーリヒがいなくなってるってことも、大穴開いてるみてえなもんだからな。心理作戦部にも帰りやすい――さて、どちらか」 彼は、ソファから降り、窓の外を見つめた。船内に残った気象部は、空にいつもどおりり宇宙を映し出してしまうと、惨状があきらかになってしまうため、デジタルの星空を映し出している。 避難した船内役員もたくさんいるが、まだ船内にのこっているものも多くいる。彼らは、じつに勇気ある人々だ。 ララは、彼らを、全力で守るつもりだった。 ――ララの読みどおり、E005という、ゴミ倉庫と化している人工エリアに、それなりにおおきな巨大戦艦がかくれていたのを、アズサ中将の分隊が見つけたのは、それから一時間後のことだ。 さすがにこれがぶつかってきたら、地球行き宇宙船も、第一層バリアギリギリまで破壊されていたかもしれない。 かくして、メルヴァの宇宙船は、これですべて、拿捕された。 |