そのころ、ピエトの担当役員であるカリムが手配した、地球行き宇宙船からの特別便は、アズラエルたちが乗った宇宙船より、二時間も早くE353に到着した。

「ピエト君、体調はだいじょうぶ?」

エコノミークラスの座席に、ほぼ丸一日閉じ込められた子どもの体調を、カリムは心配したが、ピエトは気丈に返事をした。

「だいじょうぶ!」

「アズラエルさんたちが来られるのは、次の便です。ここで待ちましょう」

「うん!」

ピエトは、バックパックから、携帯電話を取り出した。探査アプリが入ったものだ。このステーション内には、まだアズラエルとミシェル、リサの姿はない。

ピエトが、ロビーの待合室の椅子に座ったときだった。

ニュースが写しだされている巨大スクリーンがパッと切り替わった。

 

『緊急ニュースです。アストロスで革命家メルヴァの所在が発覚しました。アストロスに停泊中の地球行き宇宙船が、――』

 

ピエトとカリムは、目を見張った。

「な――なんだこれ」

スクリーンの画面で、地球行き宇宙船が、爆発している。たくさんの小型宇宙船が地球行き宇宙船にむかって突っ込んでいき、爆破の炎とチリで、ほとんど映像が見られない状態だ。

「地球行き宇宙船が……」

周りの軍機が爆発している様子だとは、映像を見ただけでは、ふたりにはわからなかった。

 

 

 

ベンは、肌寒さに目が覚めた。

あまりのホコリっぽさにくしゃみをして、自分が、ずいぶん古典的な拘束をされていることに気付いた。ロープで胴体をぐるぐる巻きにされている。

ライアンたちの姿はない。

(どこだ、ここは)

納屋のようだった。外がずいぶん騒がしい。

ベンが身じろぎすると、ロープは簡単に解けた。腕時計を確かめると、丸一日、経過していることがわかった。所持品は――携帯電話も財布も、銃も、すべて無事だった。弾が抜き取られている気配はない。

身元が分かるようなものは、地球行き宇宙船のパスカードくらいだ。それもうばわれていなかった。じっさい、ベンのものを奪ったところで、宇宙船には乗れない。

乗船時に、パスカードと生体認証を、入り口でスキャンされる。他人だとわかれば、弾かれる。

(俺を、拘束したかっただけか?)

物取りと思われたのだろうか。あとをつけてきた不審人物を、始末しただけか――とにかく、今いる場所の確認が最優先だ。

彼はホコリを払い、納屋を出た。外は避難民であふれかえっていた。

 

「メルヴァの軍と、L20の軍の戦争がはじまっちまう!」

「バーダンからよその星へ出る宇宙船が出てるって!」

「うちに、よその星へ行く金があると思ってんのかい――」

「バッカ! いまは非常事態だ、金なんか取らねえよ!」

「アンブレラじゃダメなの」

「あそこにゃ、なにもねえよ!」

 

すぐそこで、泥だらけの夫婦がケンカをしている。ベンは、やっと聞き取れた。避難するかしないかでもめているのだった。そのとなりを、荷車に荷物を積み上げた、四人家族が通っていく。

ずいぶんな田舎町だった。ベンが突っ立っているのは、どこまでも広がる農地のど真ん中だ。

L系惑星群の共通語は通じなさそうだ。ベンは、日常会話程度におぼえたアストロスの言語で、聞いた。

 

「ここはどこです!?」

農夫は、ホコリだらけの、白シャツとジャケット、黒ズボンと革靴といった、このあたりでは見かけない格好の男を、不審げにながめた。

「はあ? ――あんた、ここはハダルだよ! 早くお逃げ!」

ハダル――ジュセ大陸の、北だ。治安はあまりよくないと聞いている。

「バーダンから、E353に逃げる宇宙船が出てる! L20もとくべつに軍機出してくれるって話だ」

「地球行き宇宙船はアストロスに着いたんですか」

「なにいってんだ、あんたニュース見てないのか!!」

とっ捕まって丸一日昏睡していた身では、ニュースも見れまい。

「メルヴァの宇宙船が突っ込んでって、壊れちまったよ!!」

 

「ええっ!?」

さすがにベンは声を上げた。

聞き間違いでなければ――地球行き宇宙船が、壊れた?

そういったか? この男は――。

 

ウワサとは、遠方へ流れるほど、大げさに広がるものだが。

「あんたも早く逃げな!」

そういいのこして、農民の親父は、がに股で走っていく。

 

(冗談だろ、宇宙船がこわれた?)

ベンは、想像もできなかった。なにが、どうなって、あの最先端の宇宙船が壊れる? 

ベンは途方に暮れた。正確な情報を確かめようにも、ここは僻地にすぎた。みわたすかぎり、畑が広がる田園地帯だ。

一刻も早く、バーダンに向かわなければ。

異常なほどの過密状態で、農民を乗せた大型バスが出発していくのを、ベンは遠目で見た。

 

「あれに乗っていくしかないのか?」

行き先はバーダンだ。バスは、乗客を運んでは、折り返し、もどってくるようだった。

ベンは腕時計を作動して、映像の小型地図を起動させた。さいわいにも、ここから三十分歩けば、街があるようだった。そこには電車もタクシーもある。ベンは、肥溜めの匂いがする農道にしかめっ面をしながら、ぬかるんだ泥道を、革靴で走り出した。

 

 

 

E353に着いたアズラエルたちは、スペース・ステーションが異様なざわめきに包まれているのを感じた。

「どうしたの、なにかヘンよ」

リサも、緊迫した空気を感じ取ったようだ。

 

「地球行き宇宙船が……」

「アストロスでメルヴァが見つかったって」

 

人ごみの中から聞こえてくる、雑多な情報に、アズラエルの眉間がしかめられた。

いやな予感がした。

パットゥが、急に携帯電話を手にした。鳴ったのは彼の携帯だ。彼はすぐに出た――表情が、こわばる。それは、アズラエルのイヤな予感を増幅させた。

三人は、あわただしく改札を抜け、ひろいロビーへ降りた。

いつも、出口方面へ向くはずのひとの流れが、反対方向へ向いている。

アズラエルたちも、急ぎ階段を降り、皆が注目しているスクリーンを見て――愕然とした。

「ウソでしょ……」

リサが、両手で、口をおおう。

 

――地球行き宇宙船が、爆発している。

 

『緊急ニュースです。メルヴァひきいる軍勢と思われます。旧型バレハ106の小型宇宙船が地球行き宇宙船を攻撃――いまのところ、死者は出ていない模様。乗客の避難が続いています。新しい情報が入り次第、おつたえします』

 

「メルヴァの攻撃!? ――L03の連中が、宇宙船をつかったっていうのか?」

ミシェルは、それが信じられないようだった。

「小型バレハ……L18で製造している軍事用宇宙船ですね。無人攻撃機かと」

パットゥは、冷静だった。

「見れば、何十年も前の中古船ですね――とりあえず、あの程度の宇宙船が千ぶつかってきても、地球行き宇宙船は壊れません。いちばん外の、第三層バリアも突破できないでしょう」

「じゃ、じゃあ、――爆発してるのはなに!?」

「おそらく、L20の護衛艦かと」

「護衛艦――」

リサがくりかえし、泣きそうな顔で映像を見つめた。

 

(ルナ)

アズラエルは、おもわずその名を口からこぼしそうになった。

 



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