ピエトも同じく、こわばった顔でニュースを見つめていたのだが、階段の方からどっと人が降りて来たので、宇宙船がついたことを知った。 「アズラエル」 こうなると、ニュースそっちのけで、アズラエルの姿をさがした。映像にくぎ付けになっていたカリムは、反応が遅れた。 ピエトはすぐに、人ごみの中に、アズラエルの姿を見つけた。 「あっ! いた!」 「ピエト君!」 猛然と駆けだしたピエトの足は速かった。おとなでも追いつけないほどに。 「アズラエル! アズラエル!」 ピエトは、名を呼びながら走った。アズラエルが、ピエトの声に気づく。 「――ピエト?」 「え?」 リサも、反応した。 こんなところに、ピエトがいるはずがない。 「アズラエ――」 ピエトがアズラエルに飛びつこうとした、そのときだった。 パンっと乾いた音がした。 悲鳴が上がったのは、周囲からだった。 銃声だ。 ひとごみが、まっぷたつに分かれた。 ミシェルがとっさにリサをかばって身を縮め、それをパットゥが自身の身体を持ってかばったが――すべては遅かった。 血をながして倒れていたのは、ミシェルではなく――ピエトだった。 「ピエトっ!!」 アズラエルの怒声と同時に、二発の銃声――アズラエルがピエトを抱えてかばったが、撃たれてはいなかった。 かわりに、ピエトを撃った男が、倒れていた。 足をおさえて悶絶している。 彼を撃ったのは、なんと、カリムだった。 カリムはすかさず犯人から銃をうばい――そこでやっと、警備員が駆け付けた。 男は、あきらかにミシェルを狙っていた。スクリーンに注視しているすきを狙ったのか。だが、ピエトが飛び出してきたので、手元が狂ったのだ。 まさか、こんなに人が密集しているなかで発砲してくるとは。 「ピエトっ!!」 アズラエルはピエトを抱き起こした。 「ピエト、おい、ピエトっ!!」 ピエトは肩を撃たれている。アズラエルは、ピエトの細い肩から流れる血を必死で押さえた。 「ピエト、おい、俺の声が聞こえるか!?」 「アズ――ラ――」 ピエトは、かぼそい声で言った。 「うちゅ……せんに、もどって……」 ルナを、助けて。 アズラエルは目を見張り――それから、苦悶の顔で、「ピエト」と、つぶやいた。 「揺らさないで! 運びます!」 救急隊員が、ピエトを担架に乗せて、運んでいく。 アズラエルは一瞬迷ったが、ミシェルが「いいから行け!」と叫んだので、「すまん!」と言って、いっしょに救急車に乗り込んだ。 ふたりを乗せた救急車が、ちかくの病院に向かうのを見つめていたミシェルとリサは、パットゥに肩を叩かれた。 「病院の方へ? それとも、帰路を急がれますか?」 「……」 ミシェルは、ふたたび、救急車が去ったほうを見つめ――リサを見た。リサは、必死な目でミシェルを見ていた。 「パットゥさん、すみませんが、病院の方へ行っても?」 パットゥは、なにも言わず、うなずいた。彼は、地元警察と犯人の身元をたしかめてから病院に行くと言った。おそらく、ミシェルの命を狙った、マフィアに違いなかっただろうが。 「行きましょう」 ミシェルとリサとともに病院に向かったのは、カリムだった。 地球行き宇宙船の中央区役所、派遣役員執務室でも、やっと攻撃が止んだようすに、ほっと胸をなでおろしたときだった――急に、スクリーンの画像が切り替わった。 「――!?」 画面は、一瞬にしてブツリと切れ、黒い画面が数秒つづいたあと、乱れた画像が徐々に、全貌を表した――その姿が、鮮明に見えたときには、クラウドも、さすがに目を見張った。 『おや』 画面の中の男は、すぐさまクラウドを見つけて、笑みを浮かべた。 『そこにいるようだな。クラウド軍曹――呼ぶ手間が、省けた』 画面の向こうにいるのは、ユージィンだった。 背景は、L18の心理作戦部B班の隊長室――よく見れば、おおぜいの隊員が、背後に拘束されている。 「なんだ、なにが起こった! 今度はなんだ」 だれかが叫んだが、チャンが「しずかに」とたしなめた。 「――L18の、心理作戦部です」 「なんですって」 室長が、「いったい、どういうことです?」と言ったが、今はだれにも、説明しているヒマはなかった。 クラウドは、ユージィンに銃を突きつけられている男を見て、おもわず名を呼びそうになった。 (エーリヒ!?) 隊員たちを拘束し、周囲を固めているのは、見知った、A班の隊員たち――ユージィンが、エーリヒの背中の生地をつかんで、銃を突き付けている。 『クラウド、たすけて』 エーリヒが、画面向こうで、無表情のまま両手を上げていた。 あそこにいるのは何者だ。エーリヒはたしかに、まだ船内にいる。 (まさかエーリヒが、心理作戦部に影武者を残してきたとは) クラウドは、ちいさく、となりのチャンに告げた。 「(チャン、エーリヒに連絡して。しばらく、ここには来ずに、廊下かロビーで待機)」 チャンはかすかに頷き、すぐ執務室を出ようとしたが、ユージィンが、「だれも動くな!」と叫んだ。 じつは、エーリヒは、執務室の外で、様子を伺っていた。入ろうとしたら、ユージィンの声が聞こえ、なにやら、「予想していた」事態が起こっているようだったので、入るのをやめただけだ。 ドーソンが、メルヴァ軍の支援をしているだろう予測はついていた。 だから、メルヴァ軍の攻撃に乗じて、ユージィンは動くのではないか。 エーリヒは、そう思っていた。 『データを送る。“マリアンヌの日記”を読め』 エーリヒが予想していた言葉とそっくり同じだったので、彼はガッツポーズを決めた――ひとりでこっそり。 ユージィンが手にした短銃の銃口が、エーリヒのこめかみにめりこんだ。エーリヒはそれを見て、自分があそこにいるわけでもないのに、痛いような気がした。 |