そのグレンは、ちょうど中央区役所のスクリーンをユージィンがジャックした時間、アストロスに降りるために、ラウとともに、K15区の玄関口に移動したところだった。

「なんだと? 宇宙船にもどれ?」

アストロスのケンタウル・シティで連絡を受け取ったグレンは、急きょ、船内にもどることになった。

 

エーリヒが、クラウドより先に中央区役所に着くと、すっかりひとがいなくなったロビーに、ベンが待機していた。

ベンはエーリヒの姿を認め、敬礼した。

「君、アストロスでの任務は」

「はい。ライアンとメリー、ルパートは、バーダン・シティの避難所にいます。緊急事態でしたので、宇宙船にもどりました」

アンダー・カバーは、動かなかったということか?

エーリヒは、多少引っかかるものを感じたが、うなずいた。

「まあ、ひとりでも人手が欲しいところだ。グレンがいま、ここに来る」

「グレン少佐が」

エーリヒが、一瞬でも違和感のある視線を向けたので、ベンはだまった。だが、エーリヒでさえも、この時点で、「ベンの正体」を見抜くことができなかったのである。

「彼がもどり次第、ボディガードにつきたまえ」

「はっ!!」

 

「おい、いったいどういうことだ、作戦に変更が?」

グレンが、廊下先のシャイン・システムから飛びだしてきた。エーリヒは、グレンの顔を見たとたん、告げた。

「君、カギは所持しているかね?」

「カギ?」

グレンは咄嗟のことで不審な顔をしたが――すぐに分かった。いつも、財布代わりのワレットに入れているカギのことか?

いつだったか、「OB企画」というところから、グレンに送られてきた。

 

「持っているが」

「それを持って、真砂名神社に向かいたまえ。至急だ」

「真砂名神社……」

 

グレンは、百五十六代目サルーディーバが言った言葉を、思い出した。

 

『いよいよ、さだめは動き出す。百三十年の時を経て。――グレン君。忘れてはいけない。君の役目は、終止符を打つことだ』

 ――カギを、大切にね。

 

グレンが、無意識にそれに手をやると、エーリヒは言った。

「グレン、終止符を、君の手で打つときが、来たのだ」

 

 

 

クラウドが執務室に入ったのは、グレンが真砂名神社に到着したのとほぼ同時――ユージィンが期限を切った24時間に、あと1時間というところだった。

ユージィンたちは、クラウドがここを出たときと変わらない状態で待機していた。室長たちは緊張がふりきれたのか、すっかり寝ていた。起きていたのは、チャンとバグムントだけだった。

彼らも一睡もしていないにちがいない。

ユージィンは、クラウドの顔を見るなり言った。

『すべて、解読したのか』

「ああ」

クラウドは、うなずいた。画面向こうのユージィンがなにかいうまえに、彼は告げた。

 

「よく聞け――ユージィン・E・ドーソン!」

 

寝不足のために血走ったクラウドの目は、ユージィンを見据えていた。

「マリーの日記の中には、L18の滅びの予言なんて、ひとことも書いてやしなかった……!」

ユージィンの顔に、あきらかな失望が浮かんだ。

「これは――一人の少女の、かなしい、輪廻転生の物語だ」

『それがなんだというのだ』

ユージィンは吐き捨てた。内容が、童話だったということは、ユージィンも知っている。

 

「だがたしかに、この日記の中には、L18――いや、ドーソンを破滅させる最後の“カギ”は残されていた!」

 

第三次バブロスカ革命の記録は、エリックが書きのこした。

第一次バブロスカ革命の記録は、L03のノワの記念碑から見つかった。

そして、最後のひとつ――第二次バブロスカ革命があったことを、しめす記録。

それが、見つかったのだ。

 

『なんだと――?』

「この少女の前世のひとつに、第二次バブロスカ革命の“ロメリア・D・アーズガルド”がある」

『!?』

ユージィンは、一度は目を見開いたが、やがてあざ笑った。

『だから、なんだというのだ。それは、ただの、小娘の妄想だろう! そんなものが、なんの役に立つというのだ!』

予言師の言葉でさえ、現実的な証拠があってこそ、裁判でつかえるもの。ましてや、童話として「つくりあげられた」話など、だれも信じない――ユージィンは言ったが、クラウドは、口元に微笑をたたえた。

 

「――“グレン・E・ドーソン”が、証拠を残していたとしたら?」

 

ユージィンだけではない。チャンとバグムントも目を見張った。

ユージィンの背後が、ひどくざわつくのを、クラウドも見た。

 

「ロメリアの親友である、グレン・E・ドーソン! 彼は、第二次バブロスカ革命の記録を残したんだ! この地球行き宇宙船に!」

「なんですって……!?」

叫んだのは、チャンだった。

 

 

 

グレンとベンは、真砂名神社の階段の側面をかけあがった。グレンがとっさに階段ではなく、わきの道を選んだのは、ベンがこの階段をあがったことがないことを、配慮してのことだった。いま、前世の罪やらなにやらで、動けなくなってしまっては、元も子もない。

しかし、せっかくわき道を選んだのに、ベンはつらそうだった。彼が道の途中で息を喘がせているのに、グレンは立ち止まった。

「おい……だいじょうぶか」

「すみません、平気です」

ベンは、休みながらも、グレンの後を追った。

「無理なら、俺一人で行くぞ」

「いいえ、そういうわけには、」

階段を上がれない緊急時には、わき道をつかうはずなので、わき道だけはそういった作用はないはずなのだが。

グレンは首をかしげながら、ベンを待った。

 

階段側面をあがり、拝殿へ。

拝殿には、二枚の絵画が飾られている以外には、なにもなかった。ひともいない。

ここに、予言の絵があるのを見たグレンは、いやな予感がしたが、とにかく奥殿へ急いだ。

森の小道を走り、奥殿へ――。

ベンは、小道を走ることですら、つらそうだった。グレンは仕方なく、彼をおいて、先を急いだ。

 

奥殿へ行くと、いつも飾られている絵画は、すべて撤去されていた。

「げっ!!」

グレンは、にぶい悲鳴をあげた。絵の札も取り払われている。これでは、「金庫を納めた場所」が分からないではないか。

声を聞きつけて、ミシェルが飛び出してきた。

「だれ!? ――グレン!?」

なんでこんなところに?

「アストロスに行ったんじゃないの!?」

ミシェルは聞いたが、いまは説明の時間も惜しい。

「話はあとだ。――予言の絵があったのは、どこらへんだっけ」

グレンは、徐々に記憶がよみがえっていくのを感じていた。やっとベンが追いついた。いまにも倒れ込みそうなほど疲弊している男を見て、グレンは、ほんとうにだいじょうぶかと心配したが、ベンは問題ないと言いつづけた。

 

「予言の絵って――このへんかな?」

「そうか」

ミシェルは、毎日のようにここへ通っていた。絵はなくても、だいたいの場所は分かる。ここだろうと場所を示すと、グレンは言った。

「斧とかねえか」

「おの!?」

「頼む! 急いでくれ、」

グレンの迫力に負け、ミシェルはイシュマールに斧がないか聞きに行った。

やがて、斧も来たが、イシュマールも駆けつけた。

 

「なにをする気じゃ、おまえさん!」

「大事なモンが、ここに埋まってるんだ!」

グレンは、小ぶりな斧を、容赦なく壁に打ち付けた。

「おわっ!?」

イシュマールの叫び。

「なんという奴じゃ! 神社の壁を!!」

「すまん! ちゃんとあとでもとに戻すから、勘弁してくれ!!」

二三度、斧を振り下ろしただけで、あっけなく、壁は崩落した。――グレンの予想どおり、壁の向こうは空洞だ。

 



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