「これだ――」 壁の向こうには、棚が据え付けられ、金庫が置かれていた。 「なんじゃこれは!!」 イシュマールが叫んだ。こんなところに、金庫が入っていたなど、イシュマールも知らない事実だった。 なにせ、ここにこれが置かれたのは、百年以上まえだ。 グレンは丁重に金庫を取り出す。そして、いつもポケットに入れてあるワレットから、大ぶりのカギを取り出した。 皆が息をつめて見守っている――グレンが大きなカギを、差込口に入れ、回した。 ガチャリ。 音を立てて、金庫が、開いた。 「――これは」 いちばん上にあったのは、古ぼけて色あせた、写真だった。 L18のアカラ第一軍事教練学校の門を背に、十人の生徒たちが映った写真。 「クラウド・D・ドーソン」が、オリーヴに託した写真と、同じものがそこにあった。 「ちょ、ちょっと待って、これって――!」 のぞき込んでいたミシェルが、思わず、写真を手に取った。写真の裏には、人物のちょうど裏に来るように、名前があった。それらの名前こそは違ったが――これは。 「中央が、ルナだ。ロメリア・D・アーズガルド……」 中央にはロメリア、そして彼の左右にいるのは、どう見てもアズラエルとグレン、そして、クラウド――彼らだけではない。 「これって、リサとミシェルに、キラとロイドだわ――イマリまで」 ミシェルは、十人の人物を、不思議なものを見つめる目で見つめた。 「リサとイマリは、――もしかして、先生?」 リサとイマリだけが教諭で、ほかはみんな、生徒だ。裏に記された年齢を見ても、そう思う。 「クラウドが言った、第二次バブロスカ革命の記録って、これか……!」 「第二次バブロスカ革命の記録!?」 ベンが思わず、敬語を忘れてつぶやいた。 「こんなところにのう……」 イシュマールも、信じられない顔で見つめていた。 グレンはすぐさま、すべての中身を確認した。なかには、グレン・E・ドーソンのサインが入った、事件の詳細を記した記録がある。 ついに、三つの「バブロスカ革命」の記録がそろったのだ。 グレンは金庫ごと抱え上げ、立った。 「よし、中央区にもどるぞ、ベン!」 「はい!」 「グレン、気を付けてね!」 「おまえもな!」 ミシェルの声がグレンを追い、グレンが答えて、ふたりの姿は森の奥に消えた。 「あれ?」 ミシェルは気づいた。 「いまの、ベンさん――?」 「どうした、ミシェル」 イシュマールは、すっかり壊れた壁を見て嘆息しつつ、聞いた。 「気持ち悪く――なかった?」 ミシェルが初めて彼に会ったとき感じた不気味な違和感が、今はまったく感じられなかった。ミシェルは、蒼白になった。 「さっきの、ベンさんじゃない!!」 「ミシェル!?」 ミシェルは、グレンたちを追って、小道を走り出した。 真砂名神社の階段の側面を降り切ったところで、ベンの様子が、どうもおかしいのに、グレンは気づいた。どこか悪いのだろうか。最初は、ボディガードになるはずだった男なのに、どうも、体力がなさすぎる。 「おまえ、ほんとに――」 膝をついて、ぜいぜい呼吸をしているベンに近づいたグレンは、いきなり銃口を向けられて、凍り付いた。 「グレン少佐、それをこちらにお渡しください」 「なに……?」 グレンは戸惑った。 まさか、ベンは、ユージィンの手の者だったのか? それともエーリヒが、はじめから、別のたくらみを持っていたのか? エーリヒが、ユージィンとつながっていた? 「グレン!!」 階段の真上に、ミシェルが到着した。グレンに、銃口が向けられている。ミシェルは確信した。 「そこにいろ、こっちに来るな!」 グレンは慌てて叫んだが、ミシェルも叫んだ。 「そのひと、ベンさんじゃないよ!!」 「――!?」 中央区役所ロビーの、エーリヒのもとに駆け付けたのは、「本物の」ベンだった。 彼は、宇宙船が燃えてなどいなかったことにほっと胸をなでおろし、メルヴァの攻撃がやむと同時に、船内にもどる宇宙船も出ていたので、バーダンからもどってきたのだ。 白シャツと黒ズボン、ジャケットと革靴――さっき、グレンのボディガードについた彼と、まったく変わらない格好。 ホコリだらけだということを、のぞけば。 「君だけ!? グレンは?」 シャイン・システムから出てきたベンを見て、エーリヒが開口いちばんそう怒鳴り、 「――グレン!?」 エーリヒとベンは、同時に疑問符を飛ばした。 「グレンはどうした。真砂名神社に置いてきたのかね!?」 「どういうことですか。グレンさんとわたしは、お会いしてません、真砂名神社にもわたしは行っておりません!」 「!?」 「わたしは、今日、初めてあなたにお会いしましたが!?」 まったく意味の分からないベンは怒鳴り――そしてエーリヒは悟った。 すべてを、だ。 「――ベン・J・モーリス。いますぐ真砂名神社に向かいたまえ」 「は……」 「グレンのそばにいる、“君”から、グレンを守りたまえ。――いざというときは、射殺の実行を、許可する」 「はい」 ベンは敬礼し、シャイン・システムに飛び込んだ。エーリヒは、悔しげに吐き捨てた。 「なんてことだ――! “ルパート”は、やはり、」 グレンの脳裏には、瞬時に、いくつもの疑念が浮かんだが、これを、めのまえの「ベン」に、渡してはならないことだけは、わかっていた。 「わたしは、あなたを殺して奪うこともできるんですよ」 ベンが持つ、銃の先が震えている。 「こっちへ渡せ! グレン!!」 グレンは、目を見張った。 「おまえ――レオン、か?」 我知らず、グレンの声は震えていた。 ちがう。めのまえの男はベンだ。どこをどう見ても、レオンの面影などはない。 けれども、聞き間違えるはずのない――たしかに今の声は、レオンだった。 「レオン……? おまえ、どうして……」 いとこの、レオン。レオン・G・ドーソン。 グレンの最大の理解者だった。幼いころから、ずっといっしょだった、いとこ。 グレンが地球行き宇宙船に乗ったあと、宿老たちに反旗を翻し、監獄星へと送られた。 途上で、彼らの乗った列車は爆破され――死んだと思われていた。 監獄星の、ツヴァーリ凍原で死んだのではなかったのか。 オトゥールは、レオンの死体だけがないと言っていた。裏切ったのは、おまえなのか。マルグレットたちを爆破したのも――。 グレンの胸を、あらゆる言葉が詰まらせた。 でも、生きていてよかった。 それを告げたいのに、あまりにもたくさんの想いが詰まって、口から出てこない。 「おまえが俺たちを置いていったからだ!!」 だが、グレンの想いとは裏腹に、ベンは――レオンは激高した。 「おまえに置いて行かれたときの、俺の絶望が分かるか! 俺が――俺は、」 レオンの顔は、涙にまみれていた。彼は銃を構えなおし、大きく揺れる身体を支えながら、荒い息を吐いて、しぼりだすような声を出した。 「グレン――俺、は、」 ドンっ! レオンの身体が、自身のせいではなく、ふたたび大きく波打った。続けざま、レオンの身体には、何発も銃弾が撃ち込まれた。グレンは、レオンが撃たれているのだと――レオンの身体が、仰向けに、石畳に倒れるまで、気づかなかった。 ――レオン!! グレンが、吠えた。 |