「レオン!!」 グレンは絶叫し――金庫を放り投げ、いとこに駆け寄ろうとしたが、ベンに止められた。――「本物」の、ベンに。 本物は、倒れ伏したターゲットの脈を確認し、ボスに通達した。 「心理作戦部B班隊長ベン・J・モーリス、“ターゲット”の射殺を実行しました」 「レオンっ! レオ――レオン!!」 血だまりが、白い石畳を汚していた。グレンはいとこを抱き起こしたが、すでに息はなかった。 何発も撃ち込まれた銃弾が、レオンの命をあっけなく奪っていった。 ベンも、まるで自分自身を殺害したかのような錯覚にとらわれていた。 「彼は、ルパート・B・ケネスという偽名を名乗り、宇宙船に潜伏していました」 「殺すことはなかったはずだ!」 グレンの叫びに、ベンは、しずかに告げた。 「彼の任務は、あなたの殺害です。それは、クラウド軍曹が調査済みでした。そして彼は、あなたに銃口を向けていました。わたしは、あなたのボディガードです」 「――っ」 「あなたに危険が迫った場合は、発砲を許されていました」 ベンは、すっかり力の抜けたグレンを立たせ、金庫を拾い上げた。 「エーリヒ隊長のもとへもどります。よろしいですね?」 「待て――待て。せめて、埋葬を――」 「グレン!」 グレンは、ナキジンの存在にやっと気づいた。階段から降りて来ただろうミシェルの存在にも。 ミシェルとナキジンは、驚愕の目で、本物のベンと、倒れているベンを見比べた。 同じ顔、同じ姿、同じ格好の人間が、そこにはふたりいた。 片方は、遺体となって――。 グレンは、まったく関係のないことを聞いた。レオンの遺体から、目をそらさずに。 「まだ、避難していなかったのか」 「わしらは、避難などせん! ――それより、知り合いなのか」 グレンは、真っ赤になった目をレオンに向けたまま、指先で、彼の目を閉じてやった。 「俺の大切な――いとこだ」 悲痛な彼の声に、ナキジンは、「そうか」としか言えなかった。彼はグレンの肩に手を置き、 「わかった。わしらに任せい。……おまえさんには、やるべきことがあるじゃろう」 「レオン」 まだ温かいいとこの亡骸に、指先しか触れることを許されずに、グレンは、ベンに引き上げられるように、立った。 「――レオン」 グレンの目から、やっとひとすじ、涙が零れ落ちた。 「第二次バブロスカ革命の記録を――その隠し場所を! マリアンヌの日記は教えていた」 クラウドは、はっきりと告げた。 「第一次、二次、三次のバブロスカ革命の記録がそろった――ドーソン一族は、おしまいだ」 『フヒャハハハハハ!!』 ユージィンに銃を突きつけられているエーリヒが、突如、すさまじい笑い声をあげた。 耳をつんざくような笑い声は、画面の中も、執務室をも騒然とさせた。 『なんてこった! 最後の証拠が、地球行き宇宙船にあっただって!?』 『貴様――何者だ!』 とっさにエーリヒから手を離してしまったユージィンのかわりに、A班の隊員が銃を突きつける。画面内のエーリヒに突きつけられた銃の数は五倍に増えたが、彼の、――本来ならいっさいの表情を持たないはずの、心理作戦部隊長の口端が、ニタリとゆがむのを、だれもが見た。 『ベロベロバァ』 エーリヒは、自分の顔をひんむいた――そこに現れたのは。 アイゼンだった。 アイゼンが、真っ赤な口を開けて笑う姿がそこにあった。 「わたしは最初から、ここにいるがね」 「本物」のエーリヒの声は、クラウドの後ろからした。ユージィンをはじめ、画面のなかのすべての人間の目が、驚愕に見開かれた。 エーリヒのなかから現れたアイゼンを――地球行き宇宙船にいる、エーリヒを。 皆は、衝撃をかくせない目で見つめていた。 室長たちも、画面の中で銃を突きつけられていた男が、いきなり執務室に入ってきたことに目を剥いた。 「残念ながら、わたしは“テセウス”ではないよ、本物だ」 エーリヒは、ユージィンに向かって言った。 「レオンを宇宙船に送り込んだのは、君かね。ユージィン」 テセウスの被験者――“ヘビの皮を被ったワシの子”を。 「君は、かつて、第二次バブロスカ革命時代の“グレン・E・ドーソン”という男が、地球行き宇宙船に乗ったことを知っていたのか。彼が、なにがしかをこの宇宙船に置いてきたことを知って、それで、レオンを含むアンダー・カバーを、船内の調査のために乗せたのか。レオンの顔を変えたのは、グレンのボディガードにつける予定だったベンの姿を取れば、いつでも、グレンを暗殺できると踏んだのか」 エーリヒは語った。ユージィンは答えない。 「わたしが突き止めることができたのは、レオンはどうやって、この宇宙船の、精密な生体認証をもだます変身を遂げたのか――それだけだ」 テセウス。 エーリヒのつぶやきに、アイゼンの表情は、ますます歪んだ。――笑みの形に。 ユージィンは、肯定もしなければ、否定もしない。 「わたしをも翻弄した君の、たったひとつの計算外は、ベンが気の毒に――女の子たちに近づけなかったという、皮肉かもしれんね」 得体のしれない不気味さを持つために、ベンはミシェルやルナには近づけなかった。ゆえに、ベンは、グレンに始終張り付いたボディーガードになることはできなかった。 「ユージィン叔父」 目を真っ赤にしたグレンが、ふらりと執務室に入ってきた。 「レオンが死んだぞ」 ユージィンの表情は、先ほどから、さざなみほども揺れない。だが、彼はちいさくこぼした。 『だとすればグレン、おまえは、生かされているのかもしれんな』 一瞬、ユージィンの顔に表れたのは、かつてグレンが知っていた、優しい叔父の顔だった。 たしかに、レオンは、グレンを手にかける気でいた。グレンもまた、レオンになら、殺されてもいいと思っていた。 『おまえは、わたしの手を離れた。バクスターからも、レオンからも……』 ユージィンが、わずかに、微笑んだ気がした。 『ドーソンから遠く離れた場所で、生きろ』 |