百八十七話 ユージィンの最期



 

「レオン!!」

グレンは絶叫し――金庫を放り投げ、いとこに駆け寄ろうとしたが、ベンに止められた。――「本物」の、ベンに。

本物は、倒れ伏したターゲットの脈を確認し、ボスに通達した。

 

「心理作戦部B班隊長ベン・J・モーリス、“ターゲット”の射殺を実行しました」

 

「レオンっ! レオ――レオン!!」

血だまりが、白い石畳を汚していた。グレンはいとこを抱き起こしたが、すでに息はなかった。

何発も撃ち込まれた銃弾が、レオンの命をあっけなく奪っていった。

 グレンが「レオン」と呼んでいるのは、まぎれもなくベンの顔をした男だった。

ベンも、まるで自分自身を殺害したかのような錯覚にとらわれていた。

 

「彼は、ルパート・B・ケネスという偽名を名乗り、宇宙船に潜伏していました」

「殺すことはなかったはずだ!」

グレンの叫びに、ベンは、しずかに告げた。

「彼の任務は、あなたの殺害です。それは、クラウド軍曹が調査済みでした。そして彼は、あなたに銃口を向けていました。わたしは、あなたのボディガードです」

「――っ」

「あなたに危険が迫った場合は、発砲を許されていました」

 

ベンは、すっかり力の抜けたグレンを立たせ、金庫を拾い上げた。

「エーリヒ隊長のもとへもどります。よろしいですね?」

「待て――待て。せめて、埋葬を――」

「グレン!」

グレンは、ナキジンの存在にやっと気づいた。階段から降りて来ただろうミシェルの存在にも。

ミシェルとナキジンは、驚愕の目で、本物のベンと、倒れているベンを見比べた。

同じ顔、同じ姿、同じ格好の人間が、そこにはふたりいた。

片方は、遺体となって――。

 

グレンは、まったく関係のないことを聞いた。レオンの遺体から、目をそらさずに。

「まだ、避難していなかったのか」

「わしらは、避難などせん! ――それより、知り合いなのか」

グレンは、真っ赤になった目をレオンに向けたまま、指先で、彼の目を閉じてやった。

「俺の大切な――いとこだ」

悲痛な彼の声に、ナキジンは、「そうか」としか言えなかった。彼はグレンの肩に手を置き、

「わかった。わしらに任せい。……おまえさんには、やるべきことがあるじゃろう」

 

「レオン」

まだ温かいいとこの亡骸に、指先しか触れることを許されずに、グレンは、ベンに引き上げられるように、立った。

「――レオン」

グレンの目から、やっとひとすじ、涙が零れ落ちた。

 

 

 

「第二次バブロスカ革命の記録を――その隠し場所を! マリアンヌの日記は教えていた」

クラウドは、はっきりと告げた。

「第一次、二次、三次のバブロスカ革命の記録がそろった――ドーソン一族は、おしまいだ」

 

『フヒャハハハハハ!!』

ユージィンに銃を突きつけられているエーリヒが、突如、すさまじい笑い声をあげた。

耳をつんざくような笑い声は、画面の中も、執務室をも騒然とさせた。

『なんてこった! 最後の証拠が、地球行き宇宙船にあっただって!?』

 

『貴様――何者だ!』

とっさにエーリヒから手を離してしまったユージィンのかわりに、A班の隊員が銃を突きつける。画面内のエーリヒに突きつけられた銃の数は五倍に増えたが、彼の、――本来ならいっさいの表情を持たないはずの、心理作戦部隊長の口端が、ニタリとゆがむのを、だれもが見た。

 

『ベロベロバァ』

エーリヒは、自分の顔をひんむいた――そこに現れたのは。

アイゼンだった。

アイゼンが、真っ赤な口を開けて笑う姿がそこにあった。

 

「わたしは最初から、ここにいるがね」

 

「本物」のエーリヒの声は、クラウドの後ろからした。ユージィンをはじめ、画面のなかのすべての人間の目が、驚愕に見開かれた。

エーリヒのなかから現れたアイゼンを――地球行き宇宙船にいる、エーリヒを。

皆は、衝撃をかくせない目で見つめていた。

室長たちも、画面の中で銃を突きつけられていた男が、いきなり執務室に入ってきたことに目を剥いた。

 

「残念ながら、わたしは“テセウス”ではないよ、本物だ」

エーリヒは、ユージィンに向かって言った。

「レオンを宇宙船に送り込んだのは、君かね。ユージィン」

 

テセウスの被験者――“ヘビの皮を被ったワシの子”を。

 

「君は、かつて、第二次バブロスカ革命時代の“グレン・E・ドーソン”という男が、地球行き宇宙船に乗ったことを知っていたのか。彼が、なにがしかをこの宇宙船に置いてきたことを知って、それで、レオンを含むアンダー・カバーを、船内の調査のために乗せたのか。レオンの顔を変えたのは、グレンのボディガードにつける予定だったベンの姿を取れば、いつでも、グレンを暗殺できると踏んだのか」

エーリヒは語った。ユージィンは答えない。

「わたしが突き止めることができたのは、レオンはどうやって、この宇宙船の、精密な生体認証をもだます変身を遂げたのか――それだけだ」

 

テセウス。

エーリヒのつぶやきに、アイゼンの表情は、ますます歪んだ。――笑みの形に。

ユージィンは、肯定もしなければ、否定もしない。

 

「わたしをも翻弄した君の、たったひとつの計算外は、ベンが気の毒に――女の子たちに近づけなかったという、皮肉かもしれんね」

得体のしれない不気味さを持つために、ベンはミシェルやルナには近づけなかった。ゆえに、ベンは、グレンに始終張り付いたボディーガードになることはできなかった。

 

「ユージィン叔父」

目を真っ赤にしたグレンが、ふらりと執務室に入ってきた。

「レオンが死んだぞ」

ユージィンの表情は、先ほどから、さざなみほども揺れない。だが、彼はちいさくこぼした。

 

『だとすればグレン、おまえは、生かされているのかもしれんな』

 

一瞬、ユージィンの顔に表れたのは、かつてグレンが知っていた、優しい叔父の顔だった。

たしかに、レオンは、グレンを手にかける気でいた。グレンもまた、レオンになら、殺されてもいいと思っていた。

 

『おまえは、わたしの手を離れた。バクスターからも、レオンからも……』

ユージィンが、わずかに、微笑んだ気がした。

『ドーソンから遠く離れた場所で、生きろ』

 



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