『そこまでだ!』

画面の向こうに、黒い軍服の集団がもう一そろい、現れた。L18の心理作戦部は黒のネクタイと白シャツだが、ビジューがついた黒の蝶ネクタイと黒シャツ――L20の心理作戦部だ。

ユージィンに銃を突きつけたのは、眼帯の隊長、アイリーン・D・オデット。

『ユージィン・E・ドーソン。もう逃げ場はないぞ』

 

ユージィンは、アイゼンを突き飛ばすと、自身のこめかみに銃を当てた。

『止めろ!』

アイリーンの鋭い声が飛んだが、間に合わなかった――ユージィンは、あまりにもためらいなく、引きがねを引いたのだ。

ドンっと腹にひびく音がした。急に画面内に増えた人間のせいで、グレンにはユージィンの姿がほとんど見えなくなっていたが、それが何の音か分かっていた。ユージィンの姿が、完全に、画面から消えた。

 

(ユージィン叔父)

 

――ドーソン最後の、巨大な支柱が、消えた。

ドーソンという、だれも手が届かなかった堅牢な城が、音を立てて崩壊していく音を、グレンは聞いた気がした。

 

「ユージィン、君は、ひとりで抱えたまま逝くのだな……」

エーリヒは、追悼の礼を取った。

「だが、君のほんとうの目的に関しては、わたしには、ついに分からなかった。理解しがたいと言っていいかもしれん」

 

マリアンヌの日記から、ドーソンの破滅を阻止する予言を見つけ出そうとしていたユージィン。

だがそれは、「なんのため」だったのか。

言葉どおり、ドーソンの破滅を阻止するためだったのか、それとも――。

だれもが、彼は、ドーソンのために動いていると思っていた。

テセウスで変身させられたレオンよりより巧妙に、悪魔の皮を被っていたのは、ユージィンではなかったか。

彼がグレンに向けた笑みは、エーリヒの想像を、すべてひっくり返すものだった。

もしや、ユージィンは。

その先は、ユージィンにしかわからないことであり、エーリヒにとっては、想像でしかなかった。

 

ドーソンを支えた支柱の一人。

ユージィン・E・ドーソン。

第二次バブロスカ革命の記録ではなく、彼の死によって、ドーソンは終わるのかもしれないとエーリヒは思った。

 

『チッ――エーリヒか。食えねえ男だ』

アイリーンの姿を認めて、アイゼンは思いのほか素直に引き下がった。両手をあげて、後退した。

『残念だったな。ユージィンが消えたら、心理作戦部は俺のモンにしちまおうと思っていたのによ』

画面外の者にはとうてい分からないことだったが、A班の隊員に拘束されていた他の心理作戦部隊員の中には、ヤマトの傭兵も潜り込んでいた。

 

『この部署は、傭兵のおもちゃではないぞ』

エーリヒが、L20の心理作戦部に動員をたのんだのは、このときのためだったか。

アイゼンを心理作戦部に置いたのはエーリヒの独断であり、エーリヒもむろん、ヤマトを利用しつくしたが、もともとが、両刃の剣である。

エーリヒは、こうなることを予測して――エーリヒの不在に乗じて、アイゼンは動くだろうと踏んでいた――そのためL20の心理作戦部に機密情報を移動させ、いざというときは、L20の心理作戦部が統制するように――軍部の機密が、ヤマトの手に落ちるということだけは避けた。

アイリーンは、エーリヒの読みの鋭さに感嘆はしたが、やはり一生好きになることはないなと思った。

 

『ユージィン・E・ドーソンは絶命しました』

アイリーンは銃をおさめてから、グレンを見つめ、会釈した。その言葉は、彼に向かって告げられたものだった。

クラウドが、そっと、グレンの肩に手を置いた。グレンの表情に悲壮はない。さきほどのユージィンと同様、すべてが終わった静謐が、あるだけだった。

 

『L18の心理作戦部は、しばらくわが隊が預かろう。貴様の帰還を待つ』

アイリーンは、今度、エーリヒに向かって言った。彼女は画面に背を向けた。

L20の心理作戦部は、全員、画面に背を向け、中央に向かっていた。

『ユージィン・E・ドーソン曹長に、黙とう!』

アイリーンの声が、響いた。

 

画面は、プツリと音を立てて、切れた。

 

「うおっ!?」

とたんに、クラウドとエーリヒの身体も崩れたので、クラウドをグレンが、エーリヒをバグムントが、それぞれ支えたところだった。

ふたりは、意識を失うように寝ていた。

「三時間たったら起こせと、申しつかってます」

チャンも、同じように充血した目で言った。バグムントとグレンは、執務室すみのソファまでふたりを引きずった。

さっきまで寝ていた室長たちは、「三時間たったら、みんないっせいに起こしますから、仮眠を取ってください」と、バグムントとチャンにも言った。

「そうさせてもらいましょうか。まだこの先、なにがあるか分からない」

「これからが本番だってときに」

バグムントは唸った。

「眠れるかよ。なんてことだ――ユージィンが、――マジかよ」

なんて瞬間に居合わせちまったんだ! とバグムントは叫び、そのままソファに沈んだ。次の瞬間にはでかいいびきが聞こえてきた。

「まったくうるさい人だ」

チャンは呆れ声で言い、おなじくソファに寝転がった。

 

(ユージィン叔父)

グレンに向けられたあまりにも安らかな顔に、グレンは悲しみすら沸き起こってこなかった。

 まるで、すべてから、解放されたような顔をしていた。

 

「――死を悼むのは、ぜんぶ終わってからな」

グレンはひとりごとのように言い、だれかの机の上に放り投げておいた金庫を、室長に渡した。

「頼む。すべてが終わるまで、預かってくれるか?」

「し、承知しました」

「俺かクラウド以外には、わたさないでくれ」

「はい」

室長は、執務室内にある、巨大な耐火金庫に、それをしまうために持っていった。

グレンもソファに仰向けになった。立て続けに起きた衝撃をなぐさめるように、グレンを、ふかい眠りがつつみこんだ。

 

 



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