――こちらは、E353である。

 スペース・ステーションちかくの病院に運ばれたピエトは、一命をとりとめたものの、出血がひどく、昏睡状態がつづいていた。

 ICUの外で、三人は、落ち着かない様子でガラス戸の向こうを見つめていた。

 

 「――悪かった、アズラエル」

 ミシェルがちいさくこぼした。だれも見ないままで。

 「ピエトは、おまえを連れもどしに来たんだ。それで、俺の身代わりになった」

 「おまえのせいじゃねえ」

 運が悪かっただけだ、と言いかけて、アズラエルは買ってきた缶コーヒーをミシェルとリサに渡し、すこし離れたソファに腰かけた。

 

 (責められるなら、俺だろう)

 「少し眠れよ、おまえら。俺も寝るから」

 ピエトが運ばれてから、丸一日経過しようとしている。三人は、ほとんど寝ていなかった。

 「――アズラエルが、いちばん寝てないわ」

 リサは言ったが、アズラエルは苦笑した。

 「俺は、任務となりゃ、ほとんど寝ない。寝ても短時間だ。俺は平気だから、眠れ」

 さっきのマフィアの襲撃が尾を引いていて、リサも緊張と恐怖で寝付けないのは、アズラエルも分かっていた。

 

 「アズラエルさん」

 病院の廊下を、大股で歩いてきたのはヤンだった。

 「遅れました、すみません」

 「いや、」

 「ピエトのこと、伺いました」

 ヤンは、ICUの中が見られるガラス窓のところまで来て、ピエトの様子を見、ミシェルとリサに会釈した。

 「ピエト、命に別状はないんですね」

 「ああ」

「無事でよかったです。みなさんも――じつは、俺も、ちょっとご報告があります」

 ここでは話せないことなのか、ヤンは、先の廊下を曲がったところまで、アズラエルだけを呼んだ。

 

 

 「――なんだと?」

 アズラエルは、驚いて大きな声を出した。

 「ええ。第二次バブロスカ革命の記録が、見つかったっていうんです」

 ヤンは、息を弾ませながら説明した。

 「俺がここへ来る途中ですが、チャンさんから連絡があって。アズラエルさんに知らせるようにって」

 「……」

 「ユージィン・E・ドーソンの死亡も、確定しました。俺も、くわしいことはわかりませんが、かん口令が敷かれてます。このことは、アズラエルさんにだけ知らせて、ほかにはぜったい口外するなと」

 

 アズラエルは顔をぬぐい、聞いた。

 「知っているのは?」

 「派遣役員の執務室にいた人数です。室長と、副室長二名と、クラウドさんエーリヒさん、バグムントさんとチャンさん」

 「……」

 「ララ様にもまだ、報告はいってません」

アズラエルが答えを失っているのを見て、ヤンは言った。

 「宇宙船にもどられますか?」

 「……」

 「もともと、俺がミシェルさんたちのボディガードに入る予定でしたし、クラウドさんからも説明は受けてます。アーサー・M・ホックリーという人物を、いったん牢屋から出る手配をすればいいんですよね? それで、そのシーンを、ミシェルさんに見せる、と」

 「――ああ」

 「マフィアの奴らが、こんなとこまで出張ってきてるのも想定外でしたし、だとしたら、ボディーガードは個人より、白龍グループ動かしたほうがいいかもしれません。こっちのことは、宇宙船のゴタゴタもあって、俺に一任されてます。パットゥさんもL54まで一緒だっていうし、計画の見直しをして――このまま俺がボディガードに入りますから、アズラエルさんは、」

 

 「待ってくれ」

 アズラエルは止めた。

 「え?」

 「ひと晩――待ってくれ。考えさせてくれ」

 ヤンは、戸惑った顔をしたが、「は、はい――」と返事をした。

 

 アズラエルは、もう一度警察署に向かったヤンと別れ、集中治療室まえのソファにもどってきた。

 「――どうしたんだ? 宇宙船でなにかあったのか」

 ミシェルは聞いたが、アズラエルは「いや」と肩をすくめた。

 「そうだな。あんな映像見といて、なにかあったかもねえよな」

 ミシェルは勝手に独り言を言い、眠そうに目を細めた。リサは、限界がきたのか、ミシェルに肩を持たせかけて眠っている。

 別室にベッドを用意してもらっているし、そこにはパットゥが連れてきたもと警官の役員が待機しているが、ふたりはソファから動かない。

 ついにミシェルも、目を閉じた。

 

アズラエルは、眠気はあるが、まったく眠れなかった。対照的に、こんこんと眠り続けるピエトの姿を、ガラス越しに見つめた。

ピエトも、ヤンも、もどれという。――ルナのもとに。

 アズラエルは揺れていた。ルナが心配でならないのは、ほんとうだ。だが、もしルナのそばにもどって、今度は自分がルナを害することにでもなったら。

 今度は、どれだけ後悔するのだろう。

 どれだけふかい絶望が、自分をさいなむのだろう。

 

 (――ルナ)

 アズラエルは、だれにも見られないように、顔を覆った。

 

 



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