百八十八話 百三十年前から届いた写真



 

 「わたしの弟が、地球行き宇宙船にイル。ニックと言って、大きさがあなたくらいで、とても可愛い。いい子です」

 「あんたらは、二メートル以下は、みんな可愛いんだな」

 スタークは、ニックがどんなヤツかは知らないが、天使の価値基準は、だいたい分かってきた気がした。

 さっきから、スタークがどんな悪態をつこうが、彼らはニコニコ笑っているだけだ。

 

 L02は、L系惑星群の中でも、かなり鷹揚に地球人を受け入れたことでも知られている。三メートルの巨躯にして、温厚な天使たちは、いまスタークを相手にしているように、地球人が来たときも、「あ、なんかちっちゃくて可愛いのが来た」という感覚で受け入れたのだろう。

 L02を選んだ地球人たちも、憧れの、本物の天使をめのまえにしてテンションがあがって、敬うだけ敬っただろうし、共存がうまくいったよい例であった。

 そもそも、地球人が攻撃性を持って天使たちの星を攻めたとしても、あっけなく負けていただろう。

 彼らは身体が大きいだけのハリボテでは決してなく、身体能力も高いし、知能も高い民族である。不思議な能力も兼ね備えているのだ。

 

 そのころ、ガクルックス・シティの空を、モハたち王宮護衛官の捜索をしに飛び出た天使二名とスタークは、追いかけてきたもう一人の天使と空中で合流したところだった。

 「フィロストラト、おまえも来たの」

 「ヴィクトルさまが、俺も行けって」

 フィロストラトと呼ばれた金髪巻き毛の天使は、うれしげに言った。

 眼下に街を見下ろしながら空中散歩というのは、なかなかイケてると、スタークも機嫌よくなってきたところだったが、なにせこの天使たちは、よけいなひとことが多かった。

 

 「いいな――いいな――マルコだけ、お姫さま連れてる!」

 スタークを抱いて飛んでいるマルコは、ふたりの天使、銀色長髪のテッサと巻き毛のフィロストラトに羨ましがられていた。

 「L20じゃゴリマッチョの部類に入ってる俺がお姫様なんて、世も末だぜ……」

 さすがのスタークも、空を仰ぐ始末だった。

 

 「だってあなた、生まれたときは女デショ」

 マルコだけではなく、他の二名も、うんうん、とうなずいた。

 「なんでわかンの!?」

 スタークの生まれたときの性別を、今現在の姿を見て、見破ったヤツははじめてだった。

 「地球人は、カンタンに性別を変えちゃうけど、遺伝子まではなかなか変えられないだろ」

 テッサが言うと、「遺伝子レベルで俺を見てるの!?」とスタークは胸をかくすしぐさをした。だが、無駄だった。

 「あなた子宮残ってるし」

 「生々しいな!! ハダカ突き抜けて内臓かよ! 見るなよスケベ!!」

 「スケ……?」

 マルコのクエスチョンマークに、テッサがふたたび耳打ちする。マルコは真面目な顔で、

 「スケベは認めル。でも、あなた、女にもどって、子どもを産んだほうがいい」

 「認めんのかよ! イヤだよ、せっかく男の人生満喫してんのに!!」

 「あなたの母親、三人産んだ。あなたもそれくらい産めるよ。あなたのお兄さんは産めないし、妹さんもきっとひとりしか産まない」

 「兄貴が産めるかよ!!」

 「違うよ、マルコが言いたいのはね、お兄さんの奥さんになる人は、子どもを産めないってこと」

 「――え?」

 テッサの翻訳に、スタークが急に真面目な顔になった。

 

 「あなたのお兄さんの奥さんになる人は、それはたくさんの子どもに恵まれるのだけれども、自分は子どもを産めない」

 「――ルナちゃんが?」

 「そういう、気配がアル」

 マルコもうなずいた。

 「マジかよ――ルナちゃん、ガキ産めねえのか?」

 「お兄さんが、子だね少ないというのでなく、ルナちゃんが、子を宿せないというのでなく、そういう星周りになっていル」

 「――!」

 スタークが、目を見開くと、マルコは爽やかに笑った。

 「だから、あなた、女にもどって、わたしの子を産む。それでいいと思う」

 「よくねえよ!?」

 

 なんだけっきょく、口説き文句かよ、とあきれたスタークに、さらに暴言が降ってきた。

 「それにね……あなた、ちがう。ゴリマッチョちがう。つかいかた間違ってル」

 まさか、たどたどしい共通語の男に、共通語を正されるとは思わなかった。

 「ゴリマッチョは、アノール族のタロくらいで、やっとゴリマッチョ」

 応援のためにやってきたアノールは、腕が丸太なみの連中ばかりである。スタークは叫んだ。

 「あれはとくべつ!! 俺だってL20じゃゴリマッチョ!!」

 女系惑星のL20では、スタークもたくましいと憧れられるほうだ。

 「世間がせまいねえ~。L20でゴリマッチョでも、ステーキはぜんぜんゴリマッチョじゃない」

 やれやれといったふうに首を振るマルコの首を、スタークは締めあげてやろうかと思った。

 「いちいちムカつく野郎だな……っ!! うお!!」

 首を絞めるまえに、いきなりマルコが急ブレーキをかけたので、スタークもびっくりした。

 「なんだよ!?」

 見れば、ふたりの天使も、空中で立ち止まり、マルコと同じ方向を向いていた。エタカ・リーナ山岳のほうを。

 

 「なにか――イヤなものが迫ってくる」

 「え?」

 フィロストラトの言葉に、マルコが、耳を澄ませるしぐさをした。

 「ホントだ」

 「すごく、イヤなものだ。ラグ・ヴァーダの武神かな?」

 「武神の気配とはちがウ――でも、とても気味が悪いな」

 マルコは苦い顔をし、さらに、耳を澄ませた。

「――うん。やっぱり遭難はしてイルよ。雪の中にだれかが埋もれていて、助けを呼んでル。中腹の、雪の中にふたり、山頂に――ひとり?」

 「こんなとこからでも分かるのかよ!」

 「助けに行かなきゃ、死んでしまうヨ」

 

 いま、スタークたちがいるのは、サムルパ街の上空だ。その先に、ガクルックスからケンタウルの北にまたがる、あまり標高の高くないマルメント山脈が見える。マルメントに雪は降っていない。雪に埋もれているのは、北極海域に隣接するエタカ・リーナ山岳だ。

 マルメント山脈の向こうにサスペンサー隊が陣を敷く、エタカ・リーナ平原があり、エタカ・リーナ山岳はさらに向こうだ。

 

 「彼らの声は、ステーキほどうるさくないから、耳を澄まさないとわからない」

 「おまえはなんなんだ? 俺にケンカ売ってんの? わざとなの?」

 「うん。ちょっと黙って」

 マルコは、悩んだ顔をした。

 「どうしよう。――助けに行きたいけど、あの山の向こうに、なにかとても、とてもイヤなものがあるな」

 

 



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