「――なんだよ、これ」

 マルメント山岳に待機していたオリーヴとベック、ボリスは、エタカ・リーナ山岳のほうから降りてきた金色の幕が、平原に敷かれていくのを見た。

 得体のしれない光の幕に、サスペンサー隊が、クモの子を散らすように崩壊していくのを、見た。

 音もたてずに、金色の薄膜が地面にしずみ――いきなり、幕が沈んだ地面から、金色の壁が出現した。最初に降りてきた膜と同じ、向こうが見渡せるほどのうすい壁面――。

 横だけではなく、縦にも。薄膜は、エタカ・リーナ平原に、巨大な市松模様の盤をつくりあげた。

 逃げていたサスペンサー隊の兵たちは、今いる場所にできたマス目に閉じ込められた。ほとんどの隊員が、真ん中あたりのマス目に閉じ込められて、それ以上先に逃げられないでいる。

 

 「――っ! かあちゃ、」

 オリーヴが崖を駆け下りようとするのを、ボリスとベックが、慌てて止めた。

 「バカ! 待て!!」

 

 マス目は、狭いわけではなかった。ひとつひとつが、ずいぶんな広さを持っている。

 ひとつのマス目に、サスペンサー隊本部の天幕がすっぽり、入るほどだった。

 サスペンサー大佐は、金色の壁面に触ってみた。薄膜は、頑強なガラス壁のように、向こうは見渡せるが、固かった。

触れることはできるが、この壁を出ていくことはできない。

 逃げ惑う兵たちが、金色の壁を叩いている様子が、サスペンサー大佐の目にもはっきり見えた。

 サスペンサー隊は、金色の幕によって、バラバラに閉じ込められてしまった。

 

 ズズゥン……と、マルメント山地のほうまで揺れる地響きがした。エタカ・リーナ山岳のほうで、なにか大きなものが動く音だ。

 

 「オリーヴ!」

 ボリスが怒鳴った。

 「おまえ、フライヤに知らせに行け!!」

 ジープに積んだ電子機器は、すべて役に立たなかった。あの金色の幕が電磁波の障害にもなっているのか、携帯電話も、コンピュータも、通信機器は全滅だった。

 雑音が入って、どこにもつながらない。

 

 「わ、わかった!」

 オリーヴは、バイクにまたがった。アントニオは、「生き残ったひとを連れて逃げてくれ」と言った。なにがどうなるかもわからないなかで、ジープ二台と、バイク一台で待機していたのだ。

 「すぐもどるからな!」

 オリーヴがバイクのエンジン音を吹かしたところで、ふたたび足場が大きく揺れた。

 「今度はなんだよ!」

 

 マルメント山地全体が揺れたのは、強大なビームのせいだった。

オリーヴたちは、平原が見渡せる、ガクルックス側の端の崖に陣取っていたのだが、そこからはるか向こうの、ケンタウル側のほうから、金色の幕めがけて、ビームが放出されている。

 「光化学主砲か……!」

 ボリスが唸った。あれは、マクハラン少将の旗印だ。ケンタウル側の山地に、少将の隊が陣を敷いたのか。

 小さな山岳なら、一瞬で破壊してしまう主砲だ。だが、金色の幕は、エネルギーを吸い込むように、威力を飲み込んでしまった。

 

 「――ダメか!」

 ベックの悔しげな声が漏れる。

 「行け、オリーヴ!」

 「あいよっ!!」

 オリーヴは、一気にバイクで、山道を駆け下りた。

 

 まったくひと気の失せたサムルパ街の公道を、一台のバイクが、猛スピードで走っていく。スタークが空中からそれを捉えたのは、偶然に他ならない。

 「オリーヴ!!」

 スタークは叫んだ。

 「ちょ――あそこ行って! 妹なんだ!!」

 スタークは、マルコに頼み込んだ。

 

 「スターク!?」

 オリーヴは、まさか、兄貴が降臨してくるなんて思いもしなかった――車一台すらない大通りをバイクで駆け抜けていたオリーヴは、道路のど真ん中に、羽根の生えた人間とスタークが降りて来たので、急ブレーキをかけた。

 「轢くとこだったじゃねえか!!」

 「オリーヴ、おまえ、どこにいくんだ!」

 「兄貴こそ、ルナちゃんをクルクスに送る役目はどうなったんだよ!?」

 兄妹は、同時に叫んだ。口のすばやさは、オリーヴが上だった。

 「あたし、フライヤに知らせに行くところ!! ヤッベェよ! エタカ・リーナ平原にヘンな金色の幕が下りてきて、光化学主砲を飲み込んじまった!」

 

 「あァ!?」

 スタークは、叫んだ。

 「サスペンダー大佐は!?」

 

 「知らねえ――わかんねえ。平原にいた部隊は、ぜんぶ幕に閉じ込められちまったんだ」

 スタークは息をのんだ。

 「あれが、アントニオのいってた、シャラランランってやつか――? それより、ルナちゃんは!?」

 「こっちも、予定変更どころの騒ぎじゃねえんだよ……」

 スタークは、苦い顔をした。

 「ルナちゃんは、サンディ中佐がクルクスまで護衛してる。俺は、エタカ・リーナ山岳で遭難してるかもしれねえ王宮護衛官をたすけにいくところ」

 まったく、こんな大変なときに人騒がせな連中だ、とスタークは吐き捨てた。

 

 「と、とにかくあたし急いでフライヤに……あーっ!!」

 「なんなんだよ!!」

 バイクにまたがりなおしたオリーヴは、思い出した。

「ルナちゃん」の名で。写真のことを。

 あわてて、腕時計を確認すると、L系惑星群の日付は、10月10日を表示していた。

 「10月10日って、今日じゃねえか!!」

 オリーヴは目を剥く。

 「ああーっ、どうしよ! でも、いまはそれどこじゃねえ――フライヤに、ルナちゃんに、」

 バイクから降りて、わたわたと足を踏み鳴らすオリーヴに、

 「ちったァ落ち着け!!」

 スタークは、アダムそっくりの口調で叫んだ。そして、オリーヴがポケットから出した、くっしゃくしゃの封筒を指した。

 「そりゃなんだ」

 「今日中に、ルナちゃんに届けなきゃいけねえんだ!」

 「今日中!?」

 もう、夜が迫っている。ルナは今ごろ、ケンタウル・シティの、ジュエルス海岸沿岸まで到着しているころだろうか。

 スタークは瞬時に考えた。ここからジュエルス海岸まで、どれくらいかかるか。

 だが、マルコの話がほんとうなら、雪の中で遭難している彼らを助けに行くのも、急がねば命にかかわる。

 



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