「クルクスに、避難民は来なかったのですか」

「できるかぎりの住民を受け入れるとの表明はしたのですが」

カザマの質問には、ザボンは苦笑した。

「ここがエタカ・リーナ山岳の麓だということもあって、誰も来ません。ですが、この街の住民は、ここがいちばん安全だということを知っていますから、出ていきませんよ」

たしかに、ここだけは、あふれんばかりに人がいる。

「そうなんですね」

自分が、クルクスの用心棒として多大な期待を寄せられていることに、微塵も気付いていないセルゲイは、のんきにうなずいた。

 

やがて、広大な敷地が見えてきた。「サルーディーバ遺跡記念公園」と、書かれている大きな看板がある。

アーチ状に天使の絵が描かれた白い石の門をくぐり、なだらかな丘陵が広がる敷地内に入った。

「あの向こうにあるのがエタカ・リーナ山岳。ラグ・ヴァーダの武神が封印されているといわれている場所は、ここからは見えませんが」

ルナは、右手のほうにそびえる、真っ白で峻険な、山脈を見た。

自動車は、どんどん遺跡公園内に入っていく。山岳の雪解け水がながれる、ゆたかな川。アーチ状の橋をわたり、ホテルやら商店街やらがならぶ道を通っていく。

「このあたり一帯も、観光地です――そうそう、あれが、クルクスの時代からのこる建物。市役所になっています。いちばん古い建物で、名所のひとつです。こんなときでなかったら、ご案内したのに。三千年前も、ここがいわゆる、役所だったんです」

茶褐色の石でできた、巨大な城を、ザボンはしめした。

「あそこで、アスラーエルやアルグレンの兄弟神も、会議をしていたんですよ」

ルナは、ウサギ口で窓ガラスにはりつき、城を見送った。

 

「あれが、クルクスの王宮です」

遺跡公園内に入って、三十分も道を進んだだろうか。ずいぶん広大な公園だということは分かった。丘陵の道の側面は、急に華やかになった。バラにパンジー、マーガレット、ユリ――季節を問わない花々が、一面に花畑をつくっていた。

 

「わあ……!!」

ルナは思わず歓声を上げた。

「あいかわらず、ここは素敵ですわね」

カザマも、うっとりと見とれた。彼女は、派遣役員になってそれなりに長いので、アストロスに何度も来ている。もちろん、毎回、この花畑も見に来ていた。

運転手が、後部座席のドアガラスをあけてくれた。すこし肌寒いが、ルナは花の香りがこれでもかとする空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。

花畑の向こうに、城がある。

エタカ・リーナ山岳に溶け込むような、白と青と、黒でできた、峻険な城が。

 

「到着しました」

車を降りたルナは、そびえたつ城を見上げた。

(あたし、ここに住んでた)

口をぽっかりあけたルナは、セルゲイに、「ルナちゃん。最終的には、持つよ」と促されるまで、またボケっと城を見上げていたのである。

 

「城の中は、博物館になっていて、観光できます」

たしかに、城の入り口に、チケット売り場があった。おとな1000デル、こども300デル、団体様20名から、ひとり800デルの文字。

何人がかりで閉めるのだろうという巨大な扉は、すっかり開け放たれている。

ルナたちは、三つの、大きな扉を過ぎた。

ザボンに着いて、広い回廊をまっすぐ歩いた。色とりどりのガラスでつくられたモザイク壁画、複雑な模様が描かれた、天井――。

 

「これらの模様は、クルクス古代建築と呼ばれるもので、文化遺産となっています」

 

こんなときと言いながら、ザボンはいろいろ、説明をしてくれた。アストロスがはじめてのルナとセルゲイは、ザボンの説明に聞き入りながら、ほんとうに観光をしているような気になってきた。

回廊の果てまで来た。右手の豪奢な扉は、自動で開いた。なかはシャイン・システムだったので、ルナはおどろいた。

「この城は広くて、歩いて回ったら、一日かかっても周りきれません」

ザボンは苦笑した。

ルナたちがシャインに入り、一瞬で着いたのは、「女王の間」と言われる空間だった。

 

「ここは、一般人は立ち入り禁止です」

 

ルナは、なんだかこの部屋がたいへんやかましいのに気付いた。ゴロゴロ、と巨大な石が転がるような音が、ひっきりなしに鳴っている。

「すごい音がするよ?」

ルナが言うと、ザボンは、「そうでしょう」と苦笑した。多少声を張り上げないと、となりにいる人間にすら聞こえないほど、うるさい。

 

先ほどの回廊のように、派手ではない。クリームと灰色の壁に囲まれた広い部屋は、奥に女王の王座があり、そこに向かって真っすぐ、赤いじゅうたんが敷かれている。

ルナが目を見張ったのは、女王の椅子の後ろにあるものだった。

いちばん上の額に、三角の形に、三つの惑星を模した、サッカーボールほどもある宝石が嵌められている。

頂きに「地球」、下の二つが「アストロス」と「ラグ・ヴァーダ」。

水色と、群青色と、エメラルドグリーンの惑星が、白く輝く糸で結ばれている。

 

その下には、ルービックキューブのような石がいくつも重なった、不思議なシステムが並んでいた。

四角い灰色の石が――一辺が三十センチもあるような石が、縦11列、横6列に並んでいる。それが、ゴロゴロと音を立てて、縦に、横に、枠内で転がっているのだ。はやく回るものもあれば、ゆっくりと、回っている石もある。

部屋中にひびく石の音は、この音だったのか。

 

両脇のいちばん外側の石には、宝石がはめられている。黒やマーブルカラーの美しい宝石が。ルナはそれが、星守りと同じだということに気づいた。星守りよりおおきく、ルナの拳ほどのおおきさがある。

外から二番目の石には、絵が描かれている。右は、王冠と、つよそうな将軍の絵がひとつと、ゾウやら戦車やらの絵が、二個ずつある。

いちばん下はラクダだろうか。

しかし、左の絵は、ぜんぶの石が回転していて、絵がよく見えない。

真ん中の二列には、ひとの名前が書いてあった。

「――ベッタラ? ミシェル?」

ルナは、見覚えのある名前を見つけた。見覚えのある名前がならんでいて、一番下のふたつには、アズラエルとグレンの名が。

彼らと対立するように、向かいには、メルヴァの名があった。

 

「これは、シャトランジというものです」

「シャトランジ……?」

ルナは叫んだ。

「シャトランジ!!」

 

ルナとエーリヒが、K19区の遊園地で、「白ネズミの王様」から託されたものだ。

「でも――K19区の遊園地には、こんなのなかった」

ルナは言ったが、セルゲイは、夜の神に連れられて、一度シャトランジ! のアトラクション内に入っている。セルゲイが宇宙船内で見たものは、デジタル式のものだったが、たしかに、このシステムと酷似していた。

「宇宙船内のシャトランジ! にもあったよ」

セルゲイの言葉に、ルナは「ほんとに!?」と叫んだ。

「ええ。あちらは、デジタル画面ですが」

カザマも、この対局表の存在を知っているらしい。アントニオも見たから、知らないのはルナだけのようだった。

 

「じつは、この“女王の間”は、長年封鎖されていたんです」

ザボンが、いよいよと言った様子で説明した。

「封鎖?」

「ええ。ラグ・ヴァーダの武神との対決の日がやってくるまで、あけてはならないという言い伝えがありまして。むやみに開けると、不幸があるというウワサがありましてね……」

「うわあ」

ルナが怖い話だ、というように、頭を抱えた。市長は笑った。

「アストロスでメルヴァが発見された日の、だいたい一週間前でしょうか――この部屋から、けっこうな音がするので、騒ぎになりまして」

「ああ、この音ですか」

けっこう響きますよね。

セルゲイの言葉に、市長はうなずいた。

「この部屋の下に、城を管理するものたちの執務室があるんですが、ものすごい音なんですよ。それで、祟り覚悟で、あけてみようという話になって。そうしたら、メルヴァがエタカ・リーナ山岳で、発見されたんですね。――まあ、そう。メルヴァというか、つまり、ラグ・ヴァーダの武神が」

「……」

「クルクスでは、ラグ・ヴァーダの武神の伝承は、伝説ではなく生きた歴史として残っています。ああ、ラグ・ヴァーダの武神が来た、と。ついにこの部屋を開けるときが来た――。そこで、開けたら、これが出て来たんです」

市長は、壁の、三つの惑星の宝石と、下にある、シャトランジ! の対戦表をしめした。

「文献を調べても、これがいつごろできたものかは分からないんですが、名前だけはわかりました。どうも、シャトランジという装置――この、エタカ・リーナ山岳の洞穴にある装置と連動しているようで」

ルナは、ごくりと息をのんだ。

 

この対戦表を見るかぎり、右側三列が、ルナたちのほうを指すのだろう。左側三列が、メルヴァ側。

ルナは、「シャー」が、「王様」だということは覚えていた。その「シャー」の反対側、つまりルナたち側の方の石は、回転してよく見えないのだが、おそらく「キング」であることはうかがえた。

 

(シップ?)

ルナは、イヤな予感がした。

(こっちの王様は、ship――もしかして、地球行き宇宙船?)

 

「ルナさんは、シャトランジ! を実際に体験されたとか」

「は、はい……」

ザボンは返事を聞き、真剣な顔になった。

「では、そのときのことを、くわしくお伺いしても?」

「はい。あたし、すごく怖くて怯えてばっかりいたんで、覚えてることしか話せないかもしれないですけど……」

「いいんです、いいんですよ、じゅうぶんです。わたしどもも、シャトランジ! に関しては、まったくの白紙なんです」

ザボンは、困惑した表情を浮かべた。

「まるっきり、文献が残っていないというのも、困りもので――もちろん、こちらの装置のことも、知る限りの情報をお伝えします。――ですが、まずは朝食を。すみません、ずいぶんな時間になってしまいましたな」

ザボンは腕時計を確認した。すでに、十一時ちかくになっていた。

 「これじゃ、朝食じゃなくて昼食だ」

 



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