――マルコとフィロストラトが見た、塔にくくりつけられた少女の姿は、すでに朽ちた骸であった。

ラグ・ヴァーダの武神に利用された生け贄であったのか。彼らは、弔うために彼女を塔から外し、雪の大地に降り立った。

そして、見た。

洞穴のなか、宇宙の色をして輝く石に、氷漬けのミイラが座っていた。

 

『彼はシェハザール。わたしの幼馴染みよ』

骸から、少女の姿が、ホログラムのように立ち上っていた。彼女はマリアンヌと名乗り、洞穴の中のミイラは、自分が愛した人だと言った。

『もう彼は、去年のうちに死んでいるの』

マリアンヌは、悲しみを込めた微笑みで、言った。

『――シェハも、ツァオも、ラフランも、ピャリコも、みんなみんな、ここへきて、すぐに死んだわ』

シャトランジ! の駒となるために。

『軍のひとったら、バカね。シェハたちが、食糧はどうしているの、水はどうしているの、そんなことばかりを考えているのだもの。彼らはもうとっくに、死んでいるのに』

死人が、食糧や水を欲しがるものかと、マリアンヌは言った。

シェハザールと呼ばれた骸のそばには、木の椀と、雪まみれのパンらしきものが転がっている。

 

 「ここには、ひとりだけか」

 マルコが洞穴のミイラを見て言うと、マリアンヌは、反対側を指した。

 天使たちは、目を見張り――絶句した。あまりにそれが巨大で建物だと思っていた――気が付かなかったのだ。

 城のようなおおきさの駒が、ずらりと山裾にならんでいる。

 『あれが動き出したら、この平原は血に染まる』

 マリアンヌは震えながらそう言い、

 『あなたが助けに来たモハは、もうだめです。彼は、ルフ(戦車)に選ばれてしまった』

 「すでに、死者か――」

 モハは、すでに駒の中にいると、マリアンヌは言った。

 

 『わたし、みんなを連れて行くために、ここにいるの』

 マリアンヌは、シェハザールや仲間たちを、さみしげに見つめた。

 『すべてが終わったら、皆を連れて行くために。でも、うろうろしていたら、武神に捕まってしまったの』

 助けに来てくれて、ありがとう。

 マリアンヌは、そういって、微笑んだ。

 

 

 

 黒ずくめの少女の姿がちいさくなっていくのを、スタークは見続けた。見るなと言われたが、マリアンヌに手を振り返した。少女の姿は、吹雪と雪に埋もれて、すぐに見えなくなった。

 天使たちは、まっすぐにエタカ・リーナ山岳を突っ切った。ヒュピテムとダスカはまだ息がある。一刻も早くたすけなければならない。

古代都市クルクスの城壁が見えてくると、マルコは、怒鳴った。

 「われわれは、トゥーワエの天使! 夜の神、昼の神、月の神よ、どうか同胞の受け入れを望む!」

 だれも聞いていないのに、そんなことを叫ぶマルコはおかしいとスタークは思い――そういえば、最初から、こいつはおかしかったのだ。

 もっともらしくうなずくスタークだったが、彼は知らない。

 すでにクルクスの城壁には、夜の神と昼の神がつくった障壁が張られていたことを。

 

「おおっと!!」

マルコがふたたび急降下したので、スタークは落ちそうになった。

 神たちは、天使を受け入れたようだ。降り立ったのは、街中だった。めずらしい天使の姿に、わらわらと人が寄ってきた。

 「彼らを頼む! 病院はどこですか」

 フィロストラトが叫ぶと、寄ってきた人だかりは、あわてて四方へ消えた。逃げたのではない。それはすぐにわかった。ほどなくして、担架がやってきた。半分凍っているヒュピテムとダスカを、街の住民が運んでいく。

 病院はすぐ近くだった。

 「市長のザボンさんは、いませんか!? 話があります!」

 スタークは、市役所があるのに気付いて飛び込んで行ったが、市長は、ケンタウル・シティに行ったまま、まだ帰ってきていなかった。

 

 

 

 「スタークさん、それはほんとうですか」

 スタークの報告に、フライヤは、息をのんだ。

 「シェハザールたちは、もう死んでいる……!?」

 

 司令部が一斉にしずまりかえり――次には、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。喜ぶもの、ほっとした顔をするもの、信じられない、どこからの情報だと疑る者、正確な情報ではないから、まだ油断はできないと皆を止めるもの――。

 ついさっき、オリーヴから、なぞの黄金幕がエタカ・リーナ平原に敷かれたとの報告を受け取ったばかりだった。

 そのオリーヴは、ふたたびテッサとともに、仲間がいるマルメント山地へ向かった。

 

 なにより、この通信がつながったことが奇跡だった。

 アストロスのナミ大陸全域が、なぞの黄金幕によるものなのか、通信が遮断されている。

 クルクスは、つながるのか。

 まったく通信機器がつかえなくなった今、天使隊が、通信役として大活躍しているところだった。

 

 『待って。俺より、その場を見たマルコの話を聞いてください』

 スタークは、クルクスの市役所から電話をかけている。ヒュピテムとダスカの救出はすんだことを報告し、モハはダメだった、と告げてから、マルコに代わった。

 『マルコです。たしかに、シェハザールという男は死んでいましタ』

 「シェハザールが……」

 『おそらく、メルヴァ以外の、エタカ・リーナ山岳にいた者全員です。マリアンヌという女性から聞いた話によると、すでに去年のうちに死亡。ラグ・ヴァーダの武神によってか、シャトランジという装置のためか、それらの駒となるべく、すでに死者となった、と――』

 「そのマリアンヌという女性は!? 生きているのですか」

 「マリアンヌ!?」

 そばで聞いていたメリッサが、信じられないという顔をした。

 「マリーは、もう、亡くなっていますわ……!」

 『マリアンヌという女性も、死者でした』

 同時に告げられたマルコとメリッサの言葉は、フライヤを動揺させた。

 「二年前に、地球行き宇宙船で亡くなった方です」

 『およそ、二年前に亡くなられた骸かと』

 

 そこへ、フライヤをさらに絶句させる報告が飛び込んできた。

 両脇を、ふたりの軍人に支えられて、なんとか司令部に入ってきたのは、マクハラン少将の部隊の兵だった。彼女は、声を振り絞って報告した。

 「エタカ・リーナ平原の、サスペンサー隊は、全滅しました……!」

 

 「――え」

 フライヤの手から、受話器が落ちた。

 「サスペンサー大佐は戦死! 一名も残っていません、全滅です!」

 彼女は、涙まみれの顔でさらに告げた。

 「前軍撤退してください、あの金色の幕は、ひろがってます!」

 『おい、おいフライヤ! フライヤ大佐!!』

 受話器の向こうで、スタークの声がする。

 「ひろがってるんです!!」

 そういったきり、彼女は失神した。

 

 



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