「ナミ大陸全域の軍を、ここ、L20の総本部に集めてください!」

 石板を見つめ、思案していたフライヤが、ついに指示を出した。

 「――え!?」

 だれもが、耳を疑った。

 「駒は、このまま進み続けることはありません。対局者が、地球行き宇宙船にいます!」

 司令部がふたたびざわついた。

 「くわしく説明しているヒマはありません。メリッサさんの話が本当なら――地球行き宇宙船のシャトランジが起動されれば、いま進んでくる巨石の駒たちを止めてくれるはず」

 「はい」

 メリッサがうなずいた。

 「最初の計画どおり、L20の軍は、人命の救助を最優先します!」

 ヴィクトルは笑顔を見せ、アノールのタロは、物足りなさそうな顔を見せた。

 メリッサは、打ちひしがれているオリーヴとベックの肩に、手を置いた。

 「オリーヴさん、あなたのお母様も、デビッドさんもきっとご無事です」

 「マジで!?」

 オリーヴとベックが、涙まみれの顔でメリッサにすがった。

 「彼らは、太陽の神と真昼の神が守っている。だから無事です」

 「ボリスは!?」

 ベックの声に、メリッサは言った。

 「まもなく、メルーヴァ姫が助けてくれる」

 その言葉に、今度は天使とアノール族がざわついた。

 

 「とにかく、天使隊の皆さん、アストロス軍本隊とバスコーレン隊に飛び、この指示をつたえてください! 全軍、ガクルックス総司令部に集合! それから、ウチの軍で動ける人員は、バラバラに逃げているマクハラン少将の部隊を、こちらへ誘導してください!」

 「はっ!!」

 「分かりました!!」

 

 天使たちや、軍人たちが飛び出して行くのを目で追い、フライヤは、再び石板に目を移した。

自分の判断が正しかったかどうか――分からなかった。

 だが、バラバラのままでいては、一斉に逃げられない。

 それに、天使たちとアノールの部隊は、最後まで戦うと言っている。アストロスから、L20の軍だけが撤退するわけにもいかない。

 ジュセ大陸に残された住民を、全員避難させるには、時間が足りない。

 

 (どうする――地球行き宇宙船を護衛しているアズサ中将にお願いして、ジュセ大陸の住民を、L002まで退避させるか――)

 

 そこへ、あらたな天使隊の伝令が飛び込んできた。

 「マクハラン少将の宇宙船が、撃墜されました!」

 「なんだって!?」

 サンディの顔は、真っ青を通り越して、白くなっていた。

 「バスコーレン隊が、メルヴァ軍と衝突したぞ!!」

 次々にもたらされる報告に、L20の軍で冷静を保っていたのはフライヤだけだ。

 「撃墜――いったい、だれに」

 サンディの問いが終わるまえに、フライヤは司令部を飛び出していた。あとを追うように、ヴィクトルとタロ、メリッサ、サンディたちも、部屋を出る。

 外に出た彼らは、南の方角に、身震いするようなものを見た。

 

 「――ああ」

 サンディの口から、絶望的な声が漏れた。

 ここからも見える。

 ナグザ・ロッサ海域の上空に、真っ黒な“もや”につつまれ、爆発炎上しているマクハラン少将の宇宙船が。

 「――われわれはもはや、アストロスからだれ一人として、出ることは叶わぬというわけだ」

 タロがうめいた。

 「ラグ・ヴァーダの武神を滅亡させぬことには」

 サンディが、腰を抜かした。あわててフライヤが支えようとしたが、伝令役の天使が、支えてくれていた。

 

 シャトランジを止めるには、天使隊とアノールが一丸となって、エタカ・リーナ山岳にある武神の剣の墓碑を破壊しに行くという提案も出た。

 あるいは、バスコーレン隊だけでなく、全軍でもって、サザンクロスにいるかもしれないメルヴァの進攻を止めるか――。

 しかし、もう遅い。メルヴァ隊とバスコーレン隊は衝突してしまった。

 

 どちらにしろ、フライヤには分かっていた。

 すべてが、ひとの力の及ばぬ領域なのだ。歴戦の猛将として知られたサスペンサー隊がなすすべもなく全滅し、マクハラン少将の部隊も散り散りになり、わずかな供を連れて逃げようとしたマクハラン自身は、ラグ・ヴァーダの武神によって、塵となった。

 ジュセ大陸から、星外に住民を避難させるのも、危険が大きい。

 こうなれば、L20の軍は、すこしでも犠牲者を増やさぬよう尽力するしかない。

 

 「メリッサさん」

フライヤは瞬きもしないで、言った。

「……ジュセ大陸のほうに黄金幕が行くまえに、対局者は現れますよね!?」

「はい」

メリッサは、迷いなく、うなずいた。

 

 

 

 エタカ・リーナ山岳から、ハイダク(歩兵)がいっせいに動き出した。マリアンヌは、胸がつまりそうになりながら、惨状を見下ろしていた。

 シャトランジの装置に座しているシェハザールは、すでにラグ・ヴァーダの武神の黒もやにつつまれ、かつての凛々しい面影をすっかりなくしている。

 空洞になった目だけが、爛々と不気味な光を宿し、口や耳から、黒い瘴気を吹きだした、おぞましい化け物に変わり果てていた。

 (シェハ)

 マリアンヌは想い人をいたましげに見つめ――決意した。

 巨石が、血潮を引きずって進んでいくのを、悲壮な目で見据えたまま。

 (ルナは、おそらくアストロスの民を助けるためにムンド(世界)の用意をしていて、こちらには気付かない)

 彼女は、震える手で、自身のZOOカードボックスを手にした。

 (いちか、ばちかだわ)

 マリアンヌは目を瞑り、深呼吸をした。

 (勇気を出すのよ――マリー)

 

 「セリャド(封印)――解除!!」

 

 マリアンヌの呪文とともに、アンジェリカとペリドットのZOOカードボックスに巻き付いた鎖が、弾けて消えた。

 「解けた!」

 アンジェリカの喜びの声。あらゆる呪文を唱えつづけてもセリャドは解けず、アストロスとの連絡は、シャトランジの盤が敷かれたときから取れなくなっている。ルナに、解除を頼むこともできなかった。

 そもそも、だれがいったい、セリャドのまじないをかけたのか、それすらも分からなかった。

 「なにが起こったの――」

 封印が解け、ZOOカードが開いたと同時に、すべてを解したのは、ペリドットが先だった。

 

 マリアンヌは、セリャドを解いたとたんに、ラグ・ヴァーダの武神の黒もやが、自分のほうを向いたのに気付いた。

 シェハザールを取り巻いている黒煙が、刃の形を成した。

 「――!」

 彼女は、目を瞑って、その刃が自分を刺し貫くのを、覚悟した――。

 

 だが、刃は、彼女を襲っては来なかった。

 

 「ジャータカの黒ウサギ――“クリシス(危機)”――“ペルチェ(ぬいぐるみ)”」

 

 ペリドットが唱えたのと、ほぼ同時だ。

マリアンヌの姿を模した“ぬいぐるみ”が、彼女の目の前に現れて、身代わりとなった。自分の姿のぬいぐるみに、深々と黒い槍が突き刺さるのを、マリアンヌは見た。

ぬいぐるみには、太陽の神の気配がある。助けてくれたのは、ペリドットだった。

(ペリドットさま!)

 ぬいぐるみは、武神の刃が突き刺さったところから、どろどろと溶けていく。

 あれをまともに食らっていたら、マリアンヌの魂もダメージを負っていたかもしれない。

 彼女はぞっとし、それから、ほっとして尻もちをついた。

 「このテがあったわ――」

 尻もちをついていたマリアンヌは、あわてて岩陰へかくれた。「“ペルチェ”!」と叫んで、自分の分身を、洞穴前に残して。

 



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