「マリー!」

 ZOOカードを起動し、マリアンヌの危機を悟ったアンジェリカが行動を起こすまえに、ペリドットが助けていた。

 「ペリドット様、ありがとうございます!」

 アンジェリカは礼を言い、

 「それにしたって、どうしてマリーが、こんなところに……」

 肉体を持って、よみがえったということなのか?

 「もしかして、セリャドをかけたのは、マリー?」

 理解できない事態に固まっているアンジェリカに、ペリドットは叫んだ。

 

 「それより、急げ! ZOOカードに“ディフェンサ(防御)”を三回かけろ。二度とセリャドなんぞかけられてたまるか」

 「はい!」

 アンジェリカはあわてて座った。

 「エーリヒは、シャトランジ! のアトラクション内についたか?」

 ペリドットは、片手でディフェンサをかけながら、ちいさなムンド(世界)を表示して、仲間の配置図を見たが、エーリヒはまだ、中央区役所にいた。

 「なにをグズグズしてるんだ」

 ペリドットは、あのエーリヒが、まだK19区に到着していないのを不思議に思い、原因をたしかめようとした。

 

 「“カウサ(原因)”」

 エーリヒの「賢者の黒いタカ」を呼び出して、カウサの呪をかけた。

すると、K19区の遊園地の映像が表示された。――理由が分かった。遊園地の入り口に、ありったけのタカが集まって、ふさいでいる。

 

 「なにコレ!?」

 それを見たアンジェリカも叫んだ。

 「どういうことだ……」

 今度はペリドットも、咄嗟に「真実」を見抜けなかった。

 一難去って、また一難。やっとZOOカードボックスが解除されたのに、今度はエーリヒの通路を阻むように、タカが邪魔している。これでは、エーリヒがシャトランジ! のアトラクションに着けない。

 

 ――そのときだった。

 

 「うわあああ!!」

 奥殿の外から悲鳴が聞こえた。

悲鳴と同時に、猛烈な熱気が、奥殿にも押し寄せた。

 

 「なに!?」

 「席を立つな! アンジェ!!」

 窓から外を見ようとしたアンジェリカを、ペリドットが止めた。

 ペリドットが展開したムンドが、いきおいよく燃え上がったのだ。K19区の遊園地の画像から、真砂名神社の拝殿に変わった。

そこには、アントニオが火の塊となって、立っている姿が映っていた。

 「アントニオが発動している……!」

 「え!?」

 信じられない顔でペリドットがつぶやいた。滅多なことでは動揺しない彼の額に、汗が浮かんでいた。

 「なぜだ。まだ千転回帰はしていないぞ」

 

 ペリドットの言葉どおり、拝殿前に立ったアントニオが、太陽と化していた。

 アストロスの兄弟神が、真砂名神社にあがったときの儀式とはくらべようもない勢いだった。

 宇宙船が、一気に、炎につつまれたのだ。

 

 だが、それは一瞬だった。予言の絵が、宇宙船じゅうにひろがった炎を吸い上げるように、音を立てて燃え上がった。

 船内にたくさんの人が残っていたら、多数の犠牲者が出ていたはずだった。

 地下の操縦室は無事だったが、陸地の街並みは、一瞬で火に呑まれた。

 わずかに、犠牲者は出ていた。奥殿の外に待機していた神官がひとり、足を火傷した。アンジェリカが聞いたのは、彼の悲鳴だった。

 

 「アントニオ、いったいどうしたんじゃ!」

 太陽神を発動させたアントニオに、もうひとの言葉は通じない。イシュマールは叫んだが、やはりアントニオは、灼熱の塊となったまま、微動だにしない。

 「なぜ――まだ、千転回帰はしとらんぞ」

 イシュマールはペリドットと同じことを言い、燃え上がる予言の絵を見た。

 「予定外じゃ! もう、一枚燃えてしもうた」

 予定よりはやく、アントニオが太陽の神と同化してしまった。これでは、宇宙船の守護のために用意したものが、足りるかどうか。

「一枚目の予言の絵がもつのは、三十分ほどじゃ」

 イシュマールは、不思議なほど形を保ったまま燃え続ける絵を見ながら、言った。

 「原因をさがすぞ!」

 「はい!」

 イシュマールは神社内にもどったが、原因は、すぐに発覚した。

 L03から受け取った、電話によってだ。

 

 「なんじゃと!?」

 アントニオが、千転回帰を待たずして太陽と化した原因は、L05の神官のしわざであった。

 L03に、ラグ・ヴァーダの武神の亡骸のかけらがある。三千年を経てもなお、力を失わずにのこっている。

二千年前、千年前と、ラグ・ヴァーダの武神を倒すことがかなわず、封印しなおしてきたそのカケラを、今度こそ本体を滅ぼすということで、焼き清める手はずになっていた。

 ラグ・ヴァーダの武神のカケラは、ふつうの火では燃えない。

太陽の神の力を持った火を、さらに百日ほど祈祷をして、神力を増幅させた神火でなければ焼き尽くせないのだ。

L05にある太陽と昼の神の神殿から、用意を済ませた聖なる火を、L03のラグ・ヴァーダの武神の墓碑まで移動させ、L03の神官と協力して焼くことになっていた。

 

 ――だが。

 

 太陽の火がL03に着いたとたんに、ラグ・ヴァーダの武神の遺骸のカケラは、危機を感じたのか、黒煙となって噴き上げた。

 L03の神官たちが、つぎつぎと、黒煙にやられて倒れていく。

 本来なら、千転回帰を待って、太陽の神の発動と同時に、遺骸を焼く儀式を行う予定だったが、あまりにも黒煙の災厄がつよすぎて、こちらが全滅する危険があると、儀式を早めたのだ。

 太陽の神を発動させたのは、L05の神官たちだった。

 

 「――わかった、わかった。そっちは任せる。なんとか、武神の災厄を鎮めて、遺骸を焼いてくれ」

 電話を置いたイシュマールは、決断した。

 「わしらも祈祷に入るぞ! それから、マミカリシドラスラオネザと、サルーディーバと、セシルにもつたえてくれ! 多少早いが、船内を守る儀式に入る!」

 

 ミシェルは、予言の絵が燃えるのを、神社の中から見ていた。

あまりに火勢がつよすぎて、ちかづけないのだ。だが、絵から放たれる炎は、神社や木に燃えうつらない。あれだけの火なら、飛び火しても不思議ではないのに。

三十分経っても、絵は燃えつきない。ふつうなら、とっくに消失しているはずだ。やはり、ただのキャンバスではなくなっている。

 ミシェルが絵を見つめている間に、たくさんの神官が、祈祷所にあつまった。

 「予定より、絵は持ちそうじゃな」

 イシュマールがミシェルの後ろにいた。

 「三十分ぐらいしか持たんと、百五十六代目のサルーディーバは言っておったが、なんの、四十五分経ってもまだ燃えとる」

 「う、うん――あたし、なにかできることある?」

 ミシェルは聞いたが、イシュマールは、

 「とにかく、安全な場所におれ」

 といって、祈祷の用意をはじめた。

 

 宇宙船西北のK33区で知らせを受け取ったマミカリシドラスラオネザは、すぐに神官たちを率いて、祈祷に入った。

 「みな、行くぞ!!」

 

 東南のK27区に待機していたサルーディーバも、一瞬ではあれど、街をおそろしい炎がなめて言ったのを、ビルの最上階から見ていた。

 リズンのカフェテラスが燃え、花壇の花が焦げ付き、ガラス戸が割れるのを見た。

 (この身が燃え尽きても、宇宙船を守りましょう……!)

 サルーディーバが袖をひと振りすると、K27区をくすぶらせていた火が、たちどころに鎮火した。

 

 西南地区、K25区の海辺に、カルパナといっしょに待機していたセシルは、街を一瞬で、炎が焼き尽くしたのをその目で見て、戦慄した。

 火は一瞬で消えたが、焦げ臭いにおいがただよっている。

 「だいじょうぶ! 海がありますから」

 怯えたセシルを、カルパナがはげました。

 セシルは、自分がなぜここ、K25区に配置されたのかが分かった。そばには海がある。力がつかえなかったら、海に逃げろということかもしれなかった。

いくらセシルの前世が神官といえど、今世のセシルは、呪術のあつかいかたを知らない。

 八転回帰が行われるまでは、セシルはただの傭兵だ。

 セシルは不安でしかたがなかったが、その不安を消したのは、ラグ・ヴァーダの武神の存在だ。

 自分たち家族を、おとしいれた悪夢の元凶。

 今度こそ、皆を――家族を、あの悪魔の手から、守りたい。

 セシルに気丈さを持たせているのは、ひたすら、その一心だった。

 

 



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