そのころ、エーリヒとクラウドを乗せたソフィー号普通乗用車は、ウェストロードのど真ん中で立ち往生していた。並走している高速道路は、崩落している箇所がある。あちこちから火の手が上がっていた。

 「高速は乗らなくて正解だったけど――こっちの道、通れないわね」

 ウェストロードから、K10区を通ってK19区に向かおうとしていたが、K10区に入る道が、鉄門で閉ざされていたのである。

富裕層居住区だ。避難の際、盗難防止のために封鎖したのかもしれない。それにしても、鉄門の向こうの住宅街からも火の手が上がっていて、狭い道は通れそうになかった。

 フランシスが車から出て鉄門をたしかめていたが、舌打ちしながらもどってきた。

 「ダメだな。ゲートを開ける機械が故障してやがんのか、俺のカード通しても開かねえ――どうする、ちょっともどって、K13区から入るか」

 「そうね――あのあたりは大きな建物ばかりで、道が広いから、じゃあ、そちらから」

 ソフィーが車を転回したところで、どでかいタカがボンネットに着地し――ソフィーとフランシスは、「ぎゃああ!!」と悲鳴をあげた。

 

 「な、なんでえ、タカじゃねえか!!」

 「びっくりしたわ――轢いたかと思ったじゃない!」

 「サルーン!?」

 エーリヒが、後部座席から身を乗り出した。彼は車から出て、ボンネットのタカと喋りだした。

 「君、もしかして、今度も道案内をしてくれるのかね」

 サルーンが、まさしく、うなずくようにクチバシをぴょこん、と縦に振った。

 「頼もしい! いや、じつに頼もしい!! よろしく頼んだよ!!」

 エーリヒが、ガッシとタカの両羽根をつかむと、任せておけと言わんばかりに、サルーンは飛び立った。

 後部座席にもどったエーリヒは、「あのタカに着いていきたまえ」と言った。

 ソフィーとフランシスは顔を見合わせたが、

 「彼はサルーンと言ってね」

 クラウドがしかたなく説明した。

 「エーリヒの数少ない友人なんだ」

 運転席の夫妻には、タカしか友人がいないのかと思われたようだったが、エーリヒは一向にかまわなかった。

 「OK」

 ソフィーは理解できないといったふうに目の玉を上にあげすぎて白目になりかけたが、とにかくも、タカを目指して発進した。

 

 

 

 ケンタウル・シティ陸軍本部に呼ばれていたザボン市長は、シャトランジ盤が広がるにつれ、クルクスにはもう戻れなくなったことを悟った。そこで、ケンタウル・シティ中央にあった空軍本部に移動した。奇しくも、陸軍本部にガクルックス総司令部への撤退命令が出されたのは、ザボンが空軍本部へ発ったあとだった。

 もはや、アストロスの地と運命を共にするほかあるまい――と達観していたザボンが、自分は、空軍本部に「呼ばれた」のかもしれないと気付いたのは、到着してすぐ、背の高い銀色の髪の男の後ろ姿を見たときからだった。

 

 Tシャツにカーゴパンツ、ゴツいブーツ。まるで傭兵のような恰好の彼が、もとはL18の陸軍少佐だったなど――しかも名家の出であったなど、言われなければだれも気付かないだろうし――言っても、信じてもらえなかっただろう。なにしろ、どこぞのパンク・バンドのように銀髪で、両耳はピアスだらけなのである。Tシャツの袖からのぞくタトゥも、由緒正しき名家のお坊ちゃまとは言えない。

彼は、電話でだれかに怒鳴っていた。「まだ来ねえのか、アイツは!」と叫んでいた。だれかを待っているのか――ザボンは思わず駆け寄り、「あの」と声をかけた。

 銀髪の男は――グレンは振り向いた。

 ザボンには分かった。なぜか分かった。

ザボンは、彼の帰りを、ずっと待ち続けていたのだ。

 三千年もの長い間――。

 それは、ザボンだけではない。クルクスの民、すべての願いだった。

 ザボンは、込み上げる涙をこらえながら、胸を詰まらせ、言った。

 

 「おかえりなさいませ」

 

 グレンは不思議な顔をした――だが、ザボンに返ってきたのは、ふたりの男の声だった。

 「「ただいま?」」

 グレンは、重なった声に驚いて、思わず隣を見た。アズラエルが真顔で――「ただいま」と言っていた。

 「遅かったじゃねえか!!」

 グレンが叫び、アズラエルは顎髭を掻いた。

 さっき、電話で「うさちゃん入れ墨のイカレあごひげクソ傭兵野郎」と罵っていた男が、ようやく来た。

 

 「悪いな。なんだかアストロスがやべえってンで、ジュセのほうに降りてからこっち来たんで、時間がかかったんだよ」

 上空から見ると、とんでもねえことになってるぞ、とアズラエルはいつになく真面目な顔で言った。

 「地獄の審判より、ひでェことなんざあるもんか」

 アズラエルの後ろから、聞き覚えのある声がした。バーガスだった。

 

 「おまえら、メフラー商社の連中と一緒じゃなかったのか」

 最初のプランではその予定だった。

 「アストロスに降りて、メフラー親父とアマンダに合流するはずだったんだが、もう作戦もクソもないってンで、俺たちは、いったん地球行き宇宙船にもどれって」

 「それで手持無沙汰にしてたら、アズラエルがもどってくるって話になって、E002まで行って、アストロスに連れて来たのさ」

 レオナは肩をすくめた。グレンは聞いた。

 「カダックとアマンダはどうしたんだ」

 「サザンクロスにいるよ。バスコーレン大佐に頼まれて、サザンクロスを調査してたんだ。でも、メルヴァは見つからなかったって。それなのに、いきなりバスコーレン隊に突っ込んできてさ……」

 レオナは嘆息した。

 「ふたりは無事だよ。サザンクロスでそのまま待機してる。それより、シャトランジとかいうヤツの中にいるエマルとデビッドは、無事なのかな……心配でならないよ」

 レオナは不安げな顔をし、それから、と付け加えた。

 「クルクスだけが、無事らしいんだ」

 「クルクス……」

 アズラエルとグレンは顔を見合わせた。ルナとセルゲイ、カザマがいる場所だ。それを聞いたとたんに、「あ、だいじょうぶだろうな」という妙な確信があった。ルナはともかく、カザマとセルゲイにかかっては、ラグ・ヴァーダの武神のラの字もクルクスには入れてもらえないだろう。

 

 レオナの言葉に、ザボンが目を潤ませた。

 「はい――おかげさまで、無事でございます」

 四人は、なぞの五人目を見つめて、彼はいったい、だれの知り合いだったろうかと、一瞬、頭を悩ませた。

 

 「で、えーっと、だれだっけ」

 アズラエルが真顔で聞いたのに、グレンが「知り合いじゃねえのかよ!」と突っ込み、「おまえこそ!」と突っ込み返された。

 ザボンはふたりのやり取りに笑い、

 「失礼いたしました。わたくし、クルクスの市長、ザボン・A・MJH・サルーディーバと申します」

 「クルクスの……」

 「ええ。ルナさんたちとは、すでにご挨拶をさせていただきました」

 「あんた、じゃあなんでこんなとこに……」

 



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