「すみません、お話の途中で」 空軍の軍人が割り込んできた。 「シャトランジの広がるスピードが尋常ではありません。あの黒雲が出てきてから早くなりました。アズラエルさんが到着されましたので、このまま、ガクルックス総司令部に向かいます」 「よし、じゃあ行くぞ」 バーガスとレオナ、ザボンが軍機の方へ行きかけたが、アズラエルとグレンは留まったまま動かなかった。 「俺たちは残る」 「は!? なに言ってんだい、あのヘンな金色は、ヘンな城が転がってきて、ひとを踏みつぶしちまうんだよ!?」 レオナがあわててグレンの腕を引っ張ったが。 「悪いな。俺は爆弾を手でもみ消せるんで」 グレンの今言える、最低ラインのジョークだった。 「ふざけたこと言ってる場合じゃないだろ――むぐ!」 「だいじょうぶなんだな?」 バーガスが、青筋を立てる女房を羽交い絞めにしていた。彼は珍しく、険しい目でふたりを見つめていた。 「だいじょうぶだ、心配するな」 アズラエルとグレンは、同時に言った。 「……」 バーガスはじっとふたりの目を見つめ、「分かった」とうなずいた。 「無事に帰還しろよ。俺たちは、ガクルックスには向かわず、この現状をサザンクロスにいる親父たちに伝えに行く」 「ああ」 バーガスは、まだ暴れるレオナを引きずり、ズンズンと飛行機へ向かっていった。 「(アスラーエル様、アルグレン様)」 ザボンの口から出たのは、共通語ではなく、アストロスの古代言語だった。アズラエルとグレンは、聞いたこともない言語なのに、意味が分かった。 「(どうか、アストロスを――)」 ザボンは、跪いて、祈る仕草をした。 「(アストロスを、お救いください。お願い申し上げます)」 「(任せとけ)」 自分の口から出たのが、なぞの言語であったことに、グレンも驚いていた。 ザボンは微笑み、立ち上がり、何度も振り返り、礼をしながら、軍人たちとともに航空機に乗り込んだ。 ケンタウル中央の飛行場からすべての航空機と軍機が撤退したあと、飛行機をねらう黒雲が押し寄せてくるのを眺めながら、アズラエルとグレンは拳を突き合わせ――申し合せたように、同じセリフが口から出た。 「(よし、行くかブラザー)」 空軍本部から発った航空機が、ガクルックス総司令部についたのは、5分後だった。たいした距離ではなかったが、黒雲が航空機や軍機を追うように迫ってきたため、乗客は生きた心地がしなかった。 だが、不思議なことに黒雲は、突如として方向転換した。 「(アスラーエルさま、アルグレンさま)」 ザボンだけが、その理由が分かっていた。 「おい! あれ――」 軍機から降りた軍人たちは、こちらへ倒れ込んでくる、金色の、先が見通せるほどの薄膜を見た。 「クソ……シャトランジが、ついにここまで」 だれかの苦々しげな声がした。 ザボンは、地面に敷かれていく黄金の盤を、緊張の面持ちで見つめた。 ガクルックス総司令部に、バスコーレン本隊もようやく到着した。 「フライヤ総司令官! マクハラン少将の隊がマルメント山地に置き去りにされているというのは――」 司令室に駆けこんだバスコーレン大佐だったが、入った途端に、自分の身体を金色の光がすり抜けていくのを感じた。 「ああ……」 サンディがふたたび絶望的な顔をした。 ついに、この総司令部も、シャトランジの盤内に入ってしまったのだ。 「バスコーレン大佐、到着早々申し訳ありませんが、皆の動揺を鎮めてください! わたしもすぐに向かいます!」 フライヤは叫んだ。 「すぐに代表者を集めてください、軍議を!」 ボリスは、ケガをした腕と足を庇いながら、ようやくマルメント山地を降りた。スピードを上げすぎて、ジープは藪に突っ込み、真横に転倒した。ボリスはジープから放り出された。頭はなんとかかばったが、頭を庇った腕を怪我した。足はねんざをした。腕からの出血が止まらない。 黄金幕のマス内は異様に広い。ボリスは、突き当たりに行きつく気がしなかった。だが、山地を降り、サムルパ街の標識が見えてきたあたりで、ようやく壁に行きついてしまった。 それ以上、先に行けない。叩いても体当たりしても、フィルムのような薄さの壁は、強化ガラスででもできているように、ヒビすら入らなかった。 「ちくしょう――」 ボリスは壁を背にして、座り込んだ。出血のせいで頭がくらくらする。 悲鳴のような声が聞こえるので、右手のほうを見ると、はるかむこうに人影が見える。逃げ遅れたマクハラン少将の隊か。 どこもかしこも黄金に覆われてはいるが、うっすらと空を、流れる雲が見える。間もなく夜になる。 (俺は、死ぬのか) ボリスがそう思いかけたとき、あの不吉な地鳴りがした。ズズ、ズズズ……という不気味な音が。 バキバキと山地の木を踏みつぶして、ハイダクが、山地を滑り降りてくる。みるみる、めのまえに迫りくる小宇宙――。 「ちくしょう……」 ボリスは叫んだ。 「チクショーっ!!!」 |