「――あぶなかったわ」 ソフィーとフランシスも、K19区をふたたび襲った大火勢を見上げながら、肩を落とした。 「みんなそろって、焼き鳥になるところだったよ」 アルベリッヒは、タカたちが全員そろっているか、点呼を始めた。おもしろいことには、アルベリッヒがタカの名を呼ぶごとに、一羽ずつ、タカが返事をするのだった。 「よかった。全員無事だな」 アルベリッヒとソフィー、フランシスは、遊園地を出たところだった。 大火勢の直後、火が急に方向転換して、海の方へ消えた。火はなぜか、海の上を縫って、K25区のほうに向かっていく。 「ウチの車もやられちゃったわね」 ソフィーの車から、火柱が上がっていた。 「こんなところにいた! まったくもう、ソフィー! フランシス!!」 そこへ、さっきエーリヒとクラウドのもとにソフィーたちが駆けつけたように、一台の車が横付けされる。 「ヴィアンカ!」 車から降りてきたのは、ヴィアンカだった。 「あなたもまだ残っていたの!?」 ソフィーの叫びに、ヴィアンカは「わたしは、役目があったのよ」と笑った。 彼女は、真砂名神社のふもとで、メリッサと連絡を取る役割になっていたが、シャトランジの発動と同時に、彼女とは連絡が取れなくなり、アストロスにも降りられなくなった。そのまま待機していた彼女は、いよいよ船内に残った人間を真砂名神社にあつめるために、車を出したのだった。 真砂名神社では、ナキジンたちが、行動を起こそうとしていた。 ヴィアンカは、クラウドの探査機が入った携帯を見ながら、言った。 「あなたたちで、船内の残ってる人は最後ね――みんなとにかく、真砂名神社へ集合!」 ヴィアンカは、中央区役所にいるチャンたちにも、それを告げてきたところだった。 「でもわたし、エーリヒたちを置いては、」 「あいつらは、そう簡単には死なないわよ。それより、真砂名神社に来てもらった方が、たすかるわ」 ヴィアンカは言った。 「このままじゃ、宇宙船がやられちゃう。ひとりでも協力が欲しいところなの」 火勢が落ち着くとともに、アンジェリカも肩で息をしていた――楽になったのだ。ペリドットも気付いた。だれかが、ふた柱の神の千転回帰を肩代わりしている。 昼の女神と月の女神が、別の場所から、千転回帰されていた。 「――マリアンヌ!」 ペリドットは思わずつぶやいた。アンジェリカを助けて、「千転回帰」を肩代わりしているのは、マリアンヌだった。 ついにエーリヒがアトラクションに到達したことは、エタカ・リーナ山岳にいるマリアンヌにもわかった。そして、アストロスの兄弟神が現れた。つまり、「千転回帰」と「八転回帰」が起動した。 ラグ・ヴァーダの武神本体は――アストロスの兄弟神と戦い、シャトランジ! を動かしているエタカ・リーナ山岳の分身は――対局に集中するため、マリアンヌのぬいぐるみにも興味をしめさなくなった。 それを悟ったマリアンヌが、アンジェリカの危機を知り、肩代わりしてくれたのだ。 マリアンヌも、ルナたちと同じ太古の魂を持つ。千転回帰ができる魂だ。 (――たすかったぞ! マリアンヌ) ペリドットにも、マリアンヌの微笑が見えた。 弟神と戦いを繰り広げていたラグ・ヴァーダの武神は、急に相手のつよさが増したことに気づいた。 ついに、兄弟神はよみがえってしまった。 おまけに、ひとりだけではない。 背後からやってくるのは、三千年前、どうしても倒せなかった兄神の方だった。 ――おのれェえええ―― ラグ・ヴァーダの武神の雄叫びとともに、マリアンヌの足元がグラリと揺れた。 「なに!?」 氷河に亀裂が走り、マリアンヌは、ふっと宇宙に投げ出されたような無重力を感じた。 ラグ・ヴァーダの武神の刀塚である、墓碑が崩壊した――エタカ・リーナ山岳西側の氷河が、海にしずんでいく。シャトランジ! の装置部分だけを残し、マリアンヌもろとも――。 「きゃあああ」 大きな氷河のかけらとともに、大海に落下しようとした彼女とZOOカードを受け止めたのは、四頭の白馬が引く、大きな馬車だった。 「セプテンおじいさん!」 「やれやれ、間に合った」 落下する氷の塊をよけながら、馬車は大海の空をこぎ出した。氷河のかけらが、つぎつぎと、海に落下する。 山岳が崩落したあとに現れたのは、大海に突き刺さった、巨大な刀剣だ。 「あれが、ラグ・ヴァーダの武神の――」 刀剣は黒煙を噴き上げながら、持ち主のもとへ、飛んだ。 飛んできた刀剣をその手に受け止めた武神は、返しざま、弟神に振り下ろした。薄皮一枚で、グレンは避けたが、斜めに切りつけられた部分から、黒い瘴気がただよった。 ひと気が失せたサザンクロスの農地から、巨大な武神たちが戦う様子が、メフラー親父とアマンダ、バーガスとレオナにもはっきりと見えた。 空を斬るような巨大な刀剣を、ラグ・ヴァーダの武神が手にしたのも。 「この世の終わりってやつだよ……」 アマンダは涙声で言った。 「デビッドはもう死んじまってる。きっとそうだ」 「バカ言え。死んじゃァいねえさ」 メフラー親父は、のんきにジープのボンネットに座って、パイプをふかしていた。 「アイツらは、お守りみてえなモンを、アントニオからもらったろう。――それよりよォ、あの後から出てきたほう」 「アズ坊に似てるほうかい」 レオナが言った。 「やっぱありゃ、アズ坊か。あの、右のあとに膝蹴り食らわせるとこなんか、アズ坊に動きがそっくりだと思ってよ」 神様のくせに、傭兵みてえな動きしやがる、とメフラー親父は笑い、レオナとバーガスは、顔を見合わせた。 たぶんあれは、アズラエルとグレンなのだ。 たしかに動きも似ているし、なにより、鎧に隠されてはいるが、ずいぶん目立つ左腕の入れ墨。 「……」 ひじのあたりに、ウサギが描かれているのは、あれは目の錯覚だと思っていいのだろうか。 レオナとバーガスに限っては、もう何が起こっても驚かないつもりでいた。船内で「地獄の審判」を見てからは。 「よおっしゃ! グレン、そこだ、ぶっ飛ばせえ!!」 グレンのストレートが武神の腹に直撃したところで、レオナが同じく振りかぶり、バーガスの頭蓋に肘がヒットした。 「おご!」 「あっちはグレンか」 たしかに、グレンと同じだけ、耳にピアスがくっついている。メフラー親父はファイティング・ポーズをとった。 「行け! そこだ!!」 「やれ! ぶっ倒せえ!」 アマンダもやけになって、応援を始めた。 エマルとデビッドも、エーリヒが着座し、星守りをはめ込んで、「シャトランジ!」が起動したとたんに、急に視界が広くなったのを感じた。 意識はある。なんだか、ずいぶん遠くが見渡せる。 へとへとになって、地面に座り込んでいたふたりは、足場が海上になっているの気付いて仰天したが、しずんではいなかった。金色の膜の下が海だ。 しかも、景色が変わっている。マルメント山地がない。自分の隣を見ると、なんだかでかくて、変わった巨像がならんでいた。真っ白な駒で、自分たちが見た宇宙色のハイダクとはちがう。 『ン?』 エマルは、隣に佇む、槍を持ったドレス姿の女王様が、妙にミシェルに似ていることに気づき、『ミシェルちゃん?』と聞いてみたが、銅像のように、彼女は動かなかったし、返事もしなかった。 デビッドも、右隣の男が、地球行き宇宙船で一回だけ会った、共通語がアヤしいアノール族の男に見えて仕方がなかった。 『おまえ、ベッタラか?』 聞くと、にっかりと口の端が曲がったので、デビッドは、彼の正体を知った。笑っただけで、彼の格好は変わらない。巨大な長剣を、刃先を下にして地面に降ろしたスタイルでたたずむ彼は、まっすぐ前を見据え、微動だにしない。――まるで、彫像だ。 デビッドとエマルも、自分の身体が動かないことに気づいた。デビッドは、弓をつがえた体勢で固まり、エマルは、コンバットナイフを構えたファイティング・ポーズ。 『……』 デビッドとエマルは、やっと気づいた。 『でかくなってる!!』 視界がひろくなったのではない。自分が、大きくなったのだ。 |