デジタル盤に表示された緑色――駒の進める位置と方向をしめす光――が消え、今度はオレンジの光が縦と横にまっすぐ伸びるのをエーリヒは見た。 縦横、どこまでも進めるのがルークの動き。それは変わっていない。 だが、このアーチャーにはもう一つの動きがあった。 エーリヒは、オレンジ色の光が右にまっすぐ突き抜ける位置で、ボタンを押した。 アーチャーから、巨大な弓矢が放たれた。 「――っ!!」 だれもが、息をのんだ。 オレンジ色の光線は、横一列に並んだハイダクを、一気に貫いた。 フライヤたちの本陣は、ひさしぶりの歓声に湧いた。シェハザールは思わず座席から立ち上がり、エーリヒとクラウドは口を開けて盤を見つめた。 「やったーっ!!」 サザンクロスでは、アマンダとレオナが、ハイタッチしていた。 「よくやった!! デビッド!!」 サスペンサーたちを轢きつぶしてきたハイダクが、全滅したのだ。湧きたたずにはいられなかった。 『っしゃアー!! 俺今、世界一カッコイイ!!!』 デビッドインアーチャーの姿は変わらなかったが、デビッドはガッツポーズを決めたつもりでいた。 クラウドは、さらに目を剥いた。 「あれ!? これ、チェスじゃなくなってる!!」 「今さら!?」 エーリヒは思わず叫んだ。 ハイダクを、数珠つなぎに、一直線――つらぬいた空色の矢は、アクルックス方面に消えた。 たった一本の矢によって破壊されたハイダクたちは、みるみる崩壊した。歓声に沸いていた総司令部は、駒から立ち上ったおぞましい悲鳴に、一瞬、止まった。 ひとの顔らしきものが瓦礫から浮き上がる――それらが、悲鳴をあげながら、砂のように消えていく。 「あれ――ひとが乗ってたのか」 人が乗っていたのか、それとも、化身した姿なのか。シャトランジ! の駒とされた、王宮護衛官たちの成れの果てだった。 マリアンヌは、塵と消えていく、かつての彼らの顔を思い浮かべた。 シェハザールは、黙って次の駒を動かした。 「ファラス(馬)をc-6へ」 地球の星守りを持つ、ジリカの駒を動かした。 「女闘士(アマゾネス)を、d-3へ」 エーリヒが、エマルの駒を動かしたのを見たレオナとアマンダは、ますますヒートアップした。 「行けえーっ!!」 「やっちまえ! エマル!!」 「ファラスをf-6へ!」 月の女神の星守りを持つ、ゆいいつの女性王宮護衛官のピャリコの駒が進んだ。 「守護者(ガーディアン)をh-2へ」 イシュメルが、一歩前に進む。 フライヤたちのもとにいるバスコーレンたちも、息をつめて対局を見守った。だが、彼らにも、この勝負がどう動くのか、全く予想できなかった。 なにせ、味方の駒は、チェスでもシャトランジでもない駒になっているし、それぞれが掲げた星守りが、なにを意味するのか、どう作用するのか、だれにもわからなかった。 (神々の加護のもととなる、星守りの力は、無視できない……) エーリヒは思案した。 デビッドである、弓騎士(アーチャー)からは、相変わらずまっすぐに、オレンジの光が出ている。 対局は進み、今、デビッドの前方先には、同じ「昼の女神」の星守りを持つフィール(象)――ボラがいる。 エーリヒは、ふと、ボタンを押してみた。対局の順番に関係なく、ふたたび、アーチャーから弓が放たれた。 『あれ!?』 デビッドも首をかしげた。アーチャーの矢は、フィールを貫かなかった。同じ空色の光をもつフィールに、吸収されてしまった。 「――!」 「なるほど……そういうことか」 シェハザールは笑み、エーリヒはうなずいた。 同じ星守りを持つ駒は、取れないのか。 クラウドも、対局表を見ながらつぶやいた。 「そうなると、また話は変わってくるぞ」 ボラという王宮護衛官のフィール(象)は、そのままc-4まで進んだ。 d-3には、太陽の守りを持つエマルがいた。 「女闘士(アマゾネス)を、c-4へ」 エーリヒの宣告とともに、エマルが動いた。エマルがコンバットナイフで突きにかかると、ボラが応戦した。 「見ろ! 戦ってる!」 やはり、チェスやシャトランジの通常の対局とは違う。まさか、取りに来た駒に対して、そのマスにいた駒が防衛するとは。 だが、エマルはつよかった。二、三度応戦したあと、ナナメ横のボラの駒、フィールは、音を立てて砕け散った。 「エマルーっ!!」 アマンダとレオナは声を張り上げて叫び、フライヤたちはふたたび歓声に沸く。 「ファラスをa-5へ!」 地球の星守りを持ったジリカが動き、エマルがピンされる。次の手で、エマルは取られる。 「守護者(ガーディアン)をc-3へ」 こうすれば、エマルがとられても、イシュメルのガーディアンが、ファラスを取る。そして、ペリポのフィールがノワの「暗殺者(アサシン)」を取りに来ても、キングで取れる。 エーリヒは無表情でうなずいたところで、気づいた。 「キングは動かんのか!?」 キングの駒からは、動く方向を示す緑の光が出ていない。クイーンからもだ。 おそらく、クイーンは一度きりしか使えないのだろうと察していたが、まさか、キングも動けないとは。 「……!」 エーリヒは絶句した。完全にアテが外れた。これ以上の失策はない。 あわてて、ルフがa-6に移動した後、イシュメルをd-2へもどした。 エーリヒとシェハザールの行き詰まる攻防が続くなか、ラグ・ヴァーダの武神と、アズラエル、グレン兄弟神の戦いも、すさまじさを増していた。 胸の皮一枚を斬られたグレンは、すぐさま体勢を立て直したが、斬られた場所から腐食していくようにイヤな煙が漂った。だが彼は、にやりと笑うと、ゆっくりと、手のひらで、ギズをなぞっていく。 ジュウ、傷口を焼くような音がして、腐食は止まっていく。 ラグ・ヴァーダの武神が身構えたそのときだった。 後ろから強烈な回し蹴りが来て、ラグ・ヴァーダの武神は、アクルックスを抜けて海のほうまで吹っ飛ばされた。 『バカ野郎! ジュセ大陸まで吹っ飛ばす気か!』 グレンの怒鳴り声。 『悪ィ』 アズラエルは謝ったが、心配は無用だった。吹っ飛ばされたラグ・ヴァーダの武神は、たちどころに刀剣を構えなおして、突っ込んできた。 『タフな野郎だ』 グレンが呆れ声で言った。戦うごとに、三千年前の記憶がよみがえってくる気がする。 この武神は、異様なまでにタフだった。 頑丈で、頑強で、倒れない。 さっきから、何度グレンの拳が、アズラエルの蹴りが、武神の身体を撃ったかわからない。けれども、この化け物は倒れない。 三千年前もそうだった。 武神は、斬られても斬られても、アルグレンの懐に飛び込んできた。自身が斬られることもいとわぬように。 アルグレンは、耐久力に負けたと言っても過言ではない。 三千年前と、おなじ失敗をする気は、グレンもなかった。 |