百九十六話 決戦



 

 『おい! 俺が相手をしていてやるから、そのあいだにメルヴァを止めろ!』

 グレンの口から出ている言葉が、アストロスの古代言語だったことを、アズラエルはすべてが終わってから思い出して絶句するのだが、今は普通に会話が成り立っていた。

 メルヴァの進撃に合わせて、ラグ・ヴァーダの武神と兄弟神の戦いの舞台も、北へ北へと移動している。

 『俺たちの力と夜の神の力がぶつかれば、クルクスも無事じゃすまねえ!』

 グレンの言葉はもっともだった。だが、アズラエルはラグ・ヴァーダの武神の剣先をかわしながら、言った。

 『もう、メルヴァは止まらねえ』

 そう言いつつも、アズラエルは、走っているメルヴァに手を伸ばす。巨神の姿から見たら、メルヴァはまさにネズミのような大きさだった。だが、アズラエルの手を黒雲が阻んで、メルヴァの姿をかくした。

 『焦るな』

 アスラーエルの声がした。

 『もうすぐ、あっちの勝負がつく』

 アズラエルは、黒雲を背負って駆け抜けるメルヴァを見た。彼に、一瞬だけ郷愁を呼び起こしたメルヴァの姿。

 かつて、ガルダ砂漠で出会った華奢な少年の面影は、どこにもなかった。

 

 

 ――メルーヴァ姫よ。

 月の女神よ。

 ルナよ。

 わたしはいったい、あなたをどんな名で呼んだらいいのだろう。

 まるで、わたしは新月、あなたは満月。

 わたしとあなたは同じ名を持ち、同じ目的に向かって歩みながら、ついに顔を合わせて名を呼びあうことはなかった。

 

 三千年前、わたしがアリタヤで、あなたがメルーヴァ姫だったときも。

 二千年前、あなたがイシュメル、わたしがドクトゥスとして生まれ、メルーヴァと名乗ったはじめのときも。

 千年前、あなたがルーシーで、わたしが盲目のサルディオーネ、チャンドラだったときも。

 

 千年前、はじめてわたしはあなたと相対した。

 あなたはやさしくわたしの手を取って、願いを聞いてくれたけれども、わたしは目も見えず耳も聞こえず、話せなかったので、この口から、あなたの名を呼ぶことはできなかった。

 今もそうだろう。

 あなたを呼べるだろうか。

 いいや、きっとわたしはあなたに会えない。

 わたしはクルクスの扉で力尽きるだろう。

 来世こそは、あなたと向き合って、その名を呼ぶことがかなうだろうか。

 愛しいわたしの妻とともに並んで、あなたに会うことがかなうだろうか。

 一度でいいから、あなたと語り合いたかった。

 ZOOカードの世界ですら、一度も会うことがかなわなかった、友よ。

 友と、そう呼んでも構いませんか。

 あなたは、わたしと、ずっと近いところにいた気がしたのです。

 

 わたしの心は歓喜に満ちています。

 今、終わる。

 すべてが終わる。

 走り続けてきた私のゴールは、あなたのもとだ。

 わたしは、サザンクロスからではなく、ラグ・ヴァーダから走り続けてきました。

 マリーの死を知った、あの日から。

 ああ、もう少し。

 もう少しですべてが終わる。

 

 ルナ。

 わたしの友よ。

 どうか、わたしの願いを聞いてくれ。

 今こそ、すべてを終わらせてください。

 

 

 

 「くっそ! 押されてる!!」

 サザンクロスから、アクルックス方面の武神の対決を見ていたアマンダたちは、アストロスの兄弟神が、武神の刀剣をかわすのに精いっぱいの状態に、歯がみしていた。食いしばった歯のギリギリ鳴る音が聞こえてきそうで、バーガスなどは、武神ではなく、隣の女どもに震えあがった。

 「おまえらが戦えば、あっけなく武神に勝つんじゃねえか」

 それほどの迫力だった。

 たしかに、素手で戦っている兄弟神にくらべ、武器を持っているラグ・ヴァーダの武神は優勢に見える。

 「あのふたりの武器は!? 剣はないのかい!?」

 レオナが叫び、アマンダが自分のコンバットナイフを振りかざして叫んだ。

 「アズラエルーっ! あんた、自分のナイフどうしたんだい!? あたしの貸してやろうか!?」

 メフラー親父は苦笑し、

 「見てろい、まあだいじょうぶだ」

 と言った。

 「まだ余裕がある」

 銅像顔ではどうにも判別しがたいが、兄弟神は、笑みを湛えているように見えた。

 「油断を、誘ってンだ」

 

 

 「ああっ!!」

 フライヤたちも、手に汗をにぎりながら、シャトランジ! の対局を見ていた。

 ツァオの、剛腕が振り下ろされた。ベッタラが一撃でやられてしまった一閃だ。

 だが、エマルは踏ん張った。足こそはよろめいたが、コンバットナイフをかざした右手、そして交差した左手は頭上で、腰はしっかりと衝撃を受け止めた。

 受けたのはいいが、なかなかエマルは反撃に出ない。

いままでフィルズ(将軍)に一撃で倒されていた駒とは違い、女闘士(アマゾネス)は、おそるべき強さで防戦していたが、押されているのはあきらかだった。

 それは、エーリヒとクラウドにもわかった。

 

 「――やはり、アストロスにいる夜の神と、アストロスから離れている太陽の神の加護では、夜の神のほうが強いのか」

 悔しげに、クラウドがつぶやく。シェハザールのうすら笑いが、彼らにも見えそうだった。

 夜の神は、今まさに、アストロスの地、クルクスで発動している。対して太陽の神は、地球行き宇宙船にいる。物理的距離の違いが、こうも影響の差をもたらすとは。

 細かに分析すれば、それだけではない。夜の神は、妹神とクルクスの民たちをも守ろうとして力をつかい、対して太陽の神は、船内にいる者たちを焼き尽くさないよう、気を配っている。

 これでは、威力にちがいがあるのも無理はなかった。

 だれもがそう感じたのは、フィルズを取り巻く夜の神の黒炎と、女闘士(アマゾネス)を取り巻く太陽の炎の大きさが、ケタ違いだからだ。

 「しかも、フィルズのそばで、ラグ・ヴァーダの武神も戦っている」

 エーリヒもつぶやいた。フィルズの黒炎は、夜の神だけでなく、ラグ・ヴァーダの武神の力も混じっているだろう。

 

 中身のエマルが、いくらL系惑星群最強のコンバットナイフの使い手でも、ツァオも、王宮護衛官で最強の実力者だ。

 駒となる人物の実力も互角、士気も、おそらく互角。

 となると、あとは、神の加護によって、勝負が決まる。

 

 ――このままでは、エマルが負ける。

 

 エマルが防衛に負ければ、クイーンが取られる。

 すなわち、ラグ・ヴァーダの武神の刀塚である墓碑を、滅ぼせない。

 エーリヒは決断し、クラウドに告げた。

 

 



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