「――なんじゃと!?」

 床に伏していたイシュマールは、神官たちに助け起こされて、クラウドからの通信を受け取った。イシュマールは、かすれ声で叫んだ。

 「太陽の神の加護だけ、倍加させろじゃと!?」

 

 『頼む! あまりにも、夜の神に対して、太陽の神の力がちいさすぎるんだ』

 イシュマールは絶句した。

 いまでも、宇宙船が燃え尽きそうなのに、これを倍加したら、今度こそ、ほんとうに宇宙船は燃え尽きてしまう。

 だが、クラウドも叫んだ。

 『エマルの駒が取られたら、クイーンがチェックされる。そうなったら、ラグ・ヴァーダの武神の墓碑を、刀剣を――消滅させることができない!』

 「……!!」

 イシュマールは言葉を失い――しばらく黙った。

「イシュマールさま……」

神官たちが、不安げに彼の顔を覗き込んだ。

苦渋の決断だった。

 どのみち、ラグ・ヴァーダの武神を倒せなければ、アストロスも、地球行き宇宙船も終わりなのだ。

やがて彼は、「わかった」とうなずいた。

 

切れた携帯をポケットにしまい込み、クラウドも覚悟して、「シャトランジ!」盤を見つめた。

「――まさか、君と、遊園地内で死ぬことになるとは」

「ほんとうだよ。わたしだって、ベッドの上で、ジュリに見守られて死にたかった」

次の業火では、さすがにここも無事ではすむまい。

だが、最後まで対局はしなければならない。

相手の「シャー」をチェックするまで、ここからは動けない。

クラウドは、アトラクションの外にある水源をたしかめに向かった。無駄とはわかっていたが、水源の水を放出した。シャトランジ! のアトラクションの周りに、水が流れていく。これで、すこしは持つだろうか。

 

イシュマールは、同時通信で、各地にいるサルーディーバたちに告げた。

 「聞こえとるか、皆の衆!!」

 『聞こえています!』

 『ああ、聞いている』

 『はい、聞こえています!』

 

 東南では、サルーディーバが――西北ではマミカリシドラスラオネザが――西南では、セシルの代わりにカルパナが、通信を受け取った。

 いま、マミカリシドラスラオネザとサルーディーバは休息していた。セシルの魔術師としての力は、想像以上に偉大だった。ラグ・ヴァーダの武神に目をつけられただけはある、力の強大さだ。

彼女はいま、百五十六代目サルーディーバとともに、たったふたりきりで、船内の火を消し止めている。

 

 「ええか。いまから、太陽の神の力を倍加させる」

 

 『――!』

 サルーディーバもマミカリシドラスラオネザも、戦慄した。

 『宇宙船が燃やし尽くされるぞ!』

 さすがにマミカリシドラスラオネザは抗議したが、イシュマールは、クラウドからの伝言を、そのまま伝えた。

 このままでは、太陽の神の加護が弱いエマルのほうが負ける。エマルが負ければ、クイーンに王手がかけられてしまうことを。

 「クラウドたちも、苦渋の決断だったじゃろう……」

 イシュマールは苦しげにいった。

 「カルパナさん、セシルさんに伝えてくれ。勝負が決するまで、なんとか、K19区だけは――いや、遊園地だけは守り抜いてくれ!」

 『はい! お伝えします』

 

 『――そのような事態では、しかたありませんね』

 サルーディーバは、ふらつく身を起こした。足がガクガクする。立っていることさえままならない。ここまで神力をつかったのは、はじめてだった。

 (今度こそ、わたくしの力は、消滅するかもしれない)

 サルーディーバは、首にかけている真月神社の肌守りを――ルナからもらったそれを、ギュッと握りしめた。

 (どうか、わたしにお力を)

 

 「みなで、わたしの名を、合唱せよ!!」

 マミカリシドラスラオネザは、神官たちをかき集め、自分の名を盛大に歌うよう、依頼した。もちろん、クラウドの声も大音量で流して。

 

 「セシルさん!」

 電話を切ったカルパナがセシルの方を向くと、セシルは、聞いていたようにうなずいた。

「K19区だけは、ぜったい守らなきゃ……」

カルパナは、セシルの口元に、ミネラルウォーターを持っていった。彼女は汗だくだった。彼女の手の中にある水源は、どんどん、火を飲み込んでいく。

セシルは「ありがとう、生き返るわ」と笑み、

 「カルパナさん、危ないから、水の中にいて」

 

 「みんな! ええか、あとすこしじゃ! 」

 ナキジンが、商店街の者を、階段下に集めていた。

 そこには、かつて階段頂上にあった寿命塔が出現している。寿命塔の名が表示される部分には、「地球行き宇宙船」の名があった。

 

 地球行き宇宙船は、太陽のように燃え盛っている。

この勢いが、まもなく倍加する。

 K33区には、マミカリシドラスラオネザが。

 真砂名神社奥殿では、百五十六代目サルーディーバが。

 K27区には、サルーディーバが。

 海近くのK25区では、セシルが――八転回帰によって、神官の前世を蘇らせたセシルが、海の力で炎を消し止めていた。

 

 「これは、いったいなに!?」

 ソフィーが困惑顔で寿命塔に触ろうとし、「ちょっと待った」とバグムントに止められた。

 「まださわるな。寿命を取られる」

 「え!?」

 

 真砂名神社に避難したソフィーにフランシス、アルベリッヒとサルーン、チャンとバグムント、ヴィアンカは、寿命塔を見上げた。室長と副室長は、ここにはいない。二度目の火災で火傷をしてしまい、ハッカ堂で手当てを受けていた。

 「これが、寿命塔」

 ヴィアンカはソフィーたちに説明した。地獄の審判にいたメンバーは知っている。

 「わたしがみんなを呼んだ理由は、これよ」

 

 「この寿命塔に、分けたい寿命の年数だけ言って、腕を突っ込むと、寿命を分け与えることができるんじゃ」

 「寿命を……」

 ナキジンの説明に、アルベリッヒがごくりと喉を鳴らした。

この塔は、「地球行き宇宙船」の名を表示しているが、残りの寿命数のところに、数字はなかった。

 「ようするにこれは、地球行き宇宙船の“寿命”を伸ばすって、考えていいのか?」

 アルベリッヒが聞くと、ナキジンはうなずいた。

 

 「ね、みんな。一年くらいでいい。協力しない?」

 ヴィアンカは、皆に告げた。バグムントだけは大層イヤな顔をしたが、彼がなにか言う前に、ナキジンが「ダメじゃ!」とさえぎった。

 「わしらは、三百年も五百年も寿命がある連中ばかりだからええが、おまえさんらはせんでいい」

 ハッカ堂の主、カンタロウも、ヴィアンカたちを止めた。彼らを寿命塔に寄せ付けないように、腕を広げて妨害した。

 「わしらは、三百年から、五百年の寿命がある。それは、寿命塔に表示されたから、知っておる」

 「おまえさんらは、百年そこそこだろうが、そのまえに病気で亡くなったり、事故で亡くなったりするひともおるじゃろ? 皆が皆、百年生きるわけじゃにゃい。やめておきなされ、いま、寿命塔で、ひとりひとり確かめとる時間はないでね」

 紅葉庵の看板娘も、反対した。

そのあいだにも、商店街の若者たちは、「五年!」だの「三年!」だの言って、腕を順繰りに入れて行く。

 



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