「あたしもやるわ」

 ソフィーが腕まくりをした。

 「バカ! ちょっと待て!」

 あわてて、フランシスが止めた。

 「三年くらいいいじゃない! きっとわたしだって、八十年は生きるわ!」

 ハイパーレスキュー隊時代ならまだしも、この宇宙船にいるなら大丈夫よと、ソフィーは突拍子もないことを言った。

 「いや、いや、でも、おめえ、さすがに寿命は――」

 おばあさんが言ったように、いくら平均寿命がそれだけあったとしても、人の寿命はそれぞれちがう。 

 「寿命を与えても、もどってくるってンなら、話は別だが」

 バグムントがぼやいた。

 ロビンの地獄の審判があったとき、チャンやバーガスには寿命がもどってきた――今度も、そういうシステムなら、協力しないでもない、と彼は言外にいったが。

 

 「バカタレ! 神さんはよう見とる。見返りのない純粋な思いだから、神さんは受け取られるんじゃ」

 「寿命がもどってくると思うて手を突っ込んだら、もどってこんぞ」

 「じゃから、無理にやらんでええというとるじゃろうが!!」

 

 ナキジンとカンタロウがバグムントに牙をむくのをしり目に、いつのまにかアルベリッヒが、商店街メンバーにまじって、腕を突っ込んでいた。サルーンも、クチバシを突っ込んでいた。アルベリッヒが代表して、「三年!」と叫んだ。

 

 「コラーっ!!」

 ナキジンがあわてて駆けつけたが、遅かった。アルベリッヒとサルーンは、馴染みすぎていて、気づかなかった。

 「おまえさんらはよしなさい!」

 アルベリッヒとサルーンは、腕とクチバシを抜き取り、すべてが済んだ後だった。

「いや、わたしたちはけっこう長寿だよ? 100歳はざらにいる」

 アルベリッヒはあっけらかんと言った。

「サルーンもわたしと同い年まで生きるからね」

「ねー」

とでもいうように、タカは、アルベリッヒの腕で首をかしげた。

 

ヴィアンカとチャンも、シャツの袖をまくりだした。

 「おまえさんら!」

 カンタロウもあわてたが、ヴィアンカは首を振った。

 「やらせて」

 「やらせてって、おまえさん、」

 「あたしは見返りなんて求めてない。協力したいだけよ。宇宙船の危機なのよ? あたしにもやらせて。あたしの命はね、この宇宙船にもらったようなものなのよ!」

 二人目の夫も、もう望めないと思っていた子どもも授かった。なにか、恩返しがしたいのだとヴィアンカは言った。

 「わたしも、このあいだ、五年ほど、寿命を頂いたそうですから」

 チャンも譲らなかった。

 「もらった分をお返しするだけです」

 ふたりは、呆然とするカンタロウをのけて、寿命塔に腕を入れた。それぞれ、「五年分、お返しします」と、「五年分あげるわ! あたしの命をつかって!」と叫んだ。

 

 「ったくよう。しょうがねえなあ」

 女房がやって、俺がやらねえわけにいかねえだろ、とフランシスも、ソフィーといっしょに、太い腕を突っ込んだ。

 「よし! 持ってけ三年!」

 「あたしは五年、奮発するわ!」

 「おまえさんら……」

 

 寿命塔が、虹色に輝いた。ソフィーとフランシスが腕を抜いた瞬間に、くすぶっていた大路の炎が、あとかたもなく消えた。

 「――おお!」

 「よしみんな、後に続け!」

 それを見ていた商店街の者は、はげまされたように、つぎつぎに腕を入れる。

 「五年!」

 「あたしも五年!」

 「ボク、まだ三十二歳だから、八年あげましゅ」

 五歳くらいの子どもが、紅葉色の手のひらを、寿命塔にぺったりとつけた。

 

 最後まで迷っていたのはバグムントだった。彼は、そっぽを向いて、タバコに火をつけていたが、三十二歳の幼児が手を入れたとき、さすがに苦々しげにつぶやいた。

 「俺は、三十まで生きねえと言われたんだ」

 「あんた、もうすぐ四十になるじゃない」

 ヴィアンカのツッコミに、バグムントは怒鳴った。

 「ああそうだよ! おめーと一緒で、この宇宙船にもらった命だよ!!」

 バグムントも、銜えたばこスタイルで、腕を振るった。まるで、右ストレートでも突っ込むような勢いで。

 「持ってけドロボー! 三年でも五年でも!!」

 

 寿命塔は、次々に、寿命を吸い込んでいく。「三年!」「五年!」「八年!」――掛け声が続いた。

 「わしゃ、三十年じゃ!」

 「カンタ!」

 周りから制止の声が上がったが、カンタロウはためらいもなく腕を突っ込んだ。寿命塔に異変が起こった。虹色ではなく、灰青色の光がカンタロウを取り巻いた。

 「うおー!!」

 寿命塔から、他の人間が腕を入れたときとはちがう光が、カンタロウの身体全体をつつんだ。

光が消えたとき、カンタロウはぜいぜいと息を切らして膝をついたが、不思議なことに、三十年も寿命を分けたというのに、外見的には何も変わっていなかった。

 だが、身体には、負担が大きかったらしい。

 「あんた! そんな無理をするから――」

 カンタロウが腕を抜き取ると、急に、船内の火が、一斉に鎮火した。

 セシルもサルーディーバも、マミカリシドラスラオネザも、自身の身体にかかる負荷が、ひどく軽くなった気がした。

 

 「火が、消えた――」

 「すげえ、やっぱ寿命塔は、」

 

 そのときだった。

 いままでとは比べ物にならない、最大級の火勢が、階段上から、唸り声をあげて降りかかってきたのは――。

 

 



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